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猫耳の従業員は参加する

 馬車と行列がホテルの前を通過する間に、ロディマスは少女を連れて店へと戻っていた。

 帰ってみるとリジオはいきなり魔法で掻き消えた相棒がパレードの最中に出ていって不審者を止めたものだから、呆れたような驚いたような感心したような。

 とても微妙な顔つきで彼を迎えたことに、どことなく申し訳なさを感じるロディマスだった。


「お咎めは無しか?」

「今のところはそんな感じだ」

「まさか行列の真横に出現するなんて、誰も思いつかないよ」

「それができたことが一番の問題かもしれんな。それよりもこの子だ」

「あー……一応、事の顛末を見届けたつもりだけど。その後どうしたんだ」

「俺に直接預かれと、姫様のご命令だ」

「姫様が? お前に直接か」

「そういうことだ。だから預からなければならない」

「おいおい、なんて無茶をするんだ」


 元神官は人助けをしたはずのロディマスが、それ以上の厄介ごとを抱えて戻ってきたと頭を抱えていた。

 もうすこし別の言葉はないのかと、炎術師は閉口した。


 ついでに連れて帰ってきた少女がいやに憔悴しきった顔をしているから、彼は「本当に預かるのか」と質問する。


「ご命令だからな、仕方がない」

「アデル様から? さっきの出来事は上から見ていたが押し付けられたのか?」

「押し付けたってお前……犬や猫の子供じゃないんだぞ」

「まあそれはそうだが。お前どうする気だ、というよりどうしてこうなった」

「そうさな。細かいところは本人に聞かなきゃわからんが。父親は無実だとそう叫んでいた」

「無実、ねえ……」


 まだ太陽は昼の空にも上りきっていないというのに、目の前にいる少女があまりにも疲れきった顔をしている。

 リジオはロディマスのいきなりの行動を問いただしたい気もあったが、まずは少女を休ませることにした。


「とりあえずこの子を休ませてやらないか? どう見てもまともな状態じゃない」

「そうだな。お前名前は何と言う?」


 ロディマスが問いかけても少女は、ピクリともせず、頬すらも動かさないで無表情のままだ。

 あの行列に走り込んでいった彼女はどこにいったのか。

 あの時は気にならなかったが今になってよくよく見れば、少女の衣服は所々破れていて、小さな生傷もいくつか目に入てきた。


 これまで散々な目に遭ったのだろう。

 炎術師が触れようとしたら、その時だけは肩を震わせて彼女は拒絶を示した。


「おい、大丈夫か? 俺はロディマスという。こいつはリジオだ。何も怪しい者じゃない。ここ安全だ。わかるか?」


 それを聞いて少女の瞳に一瞬だけ理性が光が灯った。

 しかし、それはすぐに消えてしまった。


「もう遅い……無実だったのに」


 その寂しげな一言を彼女は口にすると、全身の力が抜けてしまったかのようにふらりとその場に崩れてしまった。


「おいっ」


 床の上に倒れ込みそうになった彼女をロディマスが抱え上げると、彼女はとても軽く、全身の力が失われているかのように感じた。

 人形のようでそうでもなく、生きているはずなのに当たり前の気力がない。


 命というものを持っているはずなのにそれを失ったかのように動くことができない存在。

 男たち二人は、彼女のような存在をよく知っていた。

 それは戦場という過酷な環境の中で、生きることを諦め死神がやってくる寸前の戦士たちと同じような臭いを身に纏っていたからだ。


「……ここで休ませようと思ってな。反対か?」

「いいや。もう苦しむだけ苦しんだんだろう。ここは安全だと言ってしまったんだ。彼女を守ってやらなきゃならないよ」

「お前ならそう言ってくれると思ってたよ。ただ困ったことがあってな」


 この子は女性だ。

 男である彼らが服を脱がしたり世話をしたりなどしたらそれこそ目覚めてから揉め事になりかねない。


 もし、アデルの遣いが来たときに「彼らに襲われそうになりました」なんて言われた日には、命がいくつあっても足りない。


「世話を頼むとしたら……」


 元神官はホテルの上層を指さして言った。


「ロメリアの部下の女性。もしくはこのホテルの女性従業員に任せるのが一番だね」

「この子がこんな状態になるまで誰が捨てておいたのか、俺にはそれが気になる」

「まあ、ここにいきなり押し込んでくるようなことはないと思うけれど。僕が上に行った方がいいんだろうね」

「頼めるか?」

「嫌だと言っても行ってくれっていわれそうだから、そうなる前に行くことにするよ。ところで彼女名前は?」

「あー……いや?」


 この調子で大丈夫なんだろうか?

 リジオはロメリアと対面することだけは避けたかった。

 盗賊ギルドの一員になったとはいえ、彼女のことをどうにも好きにはなれない。


 ホテルの従業員か誰かに頼んでみるか。

 そう考えた元神官は、とりあえず一階にあるホテルのロビーに顔出してみることにした。

 このホテルはさすが盗賊ギルドの支配者の一人が経営するだけあって揃えている従業員もまた、普通とは思えない身のこなしをしたりする。


 仲間としては心強いけれど敵になったら相当厄介だ。

 ロビーに下り、カウンターで従業員の一人にそれとなく話をする。

 すると彼は奥に入り、連れて出てきたのはこのホテルの副支配人だった。

 副支配人は自らその名をクレイグと名乗った。


「すると何ですか。我らが姫様が直接預かると命じたということですか」

「まあなんというか……うちの相方の話を総合するとそういうことになるね」

「いやしかし、いきなりそんなことを言われても」

「わかるよ。僕が君の立場だったら困惑してとりあえず上司に報告するしかないだろうから」

「そこまでわかっていただければもう少しご理解いただけると思うんですが」

「ロメリアは、このホテルにトラブルを持ち込むことは許さない?」

「……ええ」


 静かに頷く副支配人は品の良い紳士だった。

 五十ほどを過ぎたその頭髪には白いものが混じり始め、丁寧に揃えた髭が彼の年齢にちょっとした威厳を加えている。


 これで副支配人というのだから、支配人はもっと年配の男性なんだろう。

 そんなどうでもいいことを考えつつリジオはどうしたものかと頭を捻った。


「報告をしてくれというわけじゃないんだが。しばらく預かることにはどうしてもなってしまいそうなんだ。姫様のご要望とあれば、多分……」

「オーナーもと首を横に振ることはないでしょう、多分」

「しかしトラブルは困る。そうなんだよね?」

「そちらのお店の中で全て納めていただけるのであれば我々は感知致しません」

「実は困ったことがあるんだ」

「お手伝いできる範囲であれば協力いたしますが」


 ふむ、と大きくため息をついてリジオはじつは、と切り出した。


「それで彼女が来てくれたと」

「そういうこと。ルルーシェという名前らしい」

「ルルーシェ、か。どういう扱いになるんだ」

「その女の子がある程度元気になるまではそばで世話をしてくれるっていう条件。まあ、彼女も……」


 普通じゃないのは見てわかるだろ? と、そこまでは言葉に出さずリジオは首を傾けて理解を求めた。

 ルルーシェ。

 見た目は二十歳をいかない、アデルと同じかそれより少し上の……金色の猫耳を持つ獣人の少女。


 大きなアーモンド型の瞳は青く、頭の上に二つ並ぶ獣耳の内側の毛は真綿のような白。

 彼女もここの従業員だから、盗賊ギルドの一員なんだろうとロディマスは理解して頷く。

 どこまで信用していいのかわからないがこうしてひとりの居候が舞い込んだのだった。



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