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災難は突然やってきて、炎術師は冒険者を引退する 

「戦争屋は要らないんだ、ロディマス。もう聖戦は終わったんでねー、ああ。そうか、お前は炎の槍を作り出して戦うことしかできない男だったな」


 いやあ、すまんすまん。

 怒りを持って拳を握りしめるロディマスと副官を勤めたリジオの前で、デスクに座る男は片手を振ると、そう軽薄な謝罪を告げた。


 四十代後半。 

 薄くなった赤毛がそのまま性格の悪さを醸し出しているようで、思わず魔法で焼ききってしまいたくなるほどだ。

 ロディマスはぎりっと唇を薄く噛む。

 それでも、ここ魔法師ギルドの体面を守ろうと、ゆっくりと言葉を選んで告げた。


「どういうことですかね、ギルマス。いや、スヴェンソン。俺と仲間たちは先週、聖戦から戻ったばかりだぞ? その俺たちに仕事がないだと? どうやって暮せというんだ」

「いやいや、仕事がないとは言ってない。ただ、戦争屋……魔法師と言いながらやってきたことは傭兵まがいのことばかりじゃないか。それでは困るんだよ、このムゲールにおいてギルドに参加する者は公職に就くことになる。血なまぐさい野良犬がうろついていい場所じゃないんだ」


 そう言い草に、ロディマスの左腕が七彩に輝こうとした時だ。

 小さな鈴の音のような声が、ロビーに響き渡る。


「待ってください! ロディマスさん! 暴力はダメです」


 聞き覚えのある声だ。炎術師がその声がどこからしているかと思って周りを見渡したら、自分の腰に抱きついて止めようとしている、一人の女性職員の姿が目に入った。

 この距離に近づくまで気配を気付かせない彼女の成長ぶりに、ロディマスは一瞬だけ怒りを忘れてしまう。


「マーデル。お前なあ……いつからそこにいた」

「ついさっき! ほんのついさっきです。お願いだから……その腕を下ろしてください、ロディマスさん」


 頭が二つほど小さい猫耳を持つ、黒髪の獣人の少女がそこにはいた。

 五年前にはまだ黒だった階級色は、いつの間にかクラスBを現わす朱色に染まっている。

 懐かしい顔が出てきて、その成長ぶりを見せつけられたら、ロディマスはそれ以上怒りを聞いてることがバカバカしくなってしまった。

「マーデル。お前なあ……いつからそこにいた」

「ついさっき! ほんのついさっきです。お願いだから……その腕を下ろしてください、ロディマスさん」


 頭が二つほど小さい猫耳を持つ、黒髪の獣人の少女がそこにはいた。

 五年前にはまだ黒だった階級色は、いつの間にかクラスBを現わす朱色に染まっている。

 懐かしい顔が出てきて、その成長ぶりを見せつけられたら、ロディマスはそれ以上怒ることがバカバカしくなってしまった。


「スヴェンソン、やれるだけやってみてくれないか? ダメなら参加した俺たちで上に話を通しに行く。それではだめか」

「やってみるだけ、なら。やってみよう。でも上手くいくかどうかわからない」

「姫巫女様の代理が決まるまでの間は結果を待ってくれるように、俺からも皆に話をする。それでどうだ」

「それなら……代理が決まった前後でうまくできるかもしれない。約束はできないけれど」

「じゃあ決まりだ」


 そう言うと、ロディマスは笑顔で縮こまるスヴェンソンの肩を叩いた。

 スヴェンソンは痛みに目を細めて作り笑いをする。

 本人は柔らかくなれたつもりだったが、新任ギルドマスターの肩は、後から調べたら見事に外れていた。


 これで問題が一段落したと思い、ロディマスたちがくるりと背を向けたらそこには腰に手を当てて立つ、マーデルの姿が。

 そういえば彼女の話があると言っていたな、と思いだしてロディマスは首を傾ける。

 同じように笑顔で首を傾けたマーデルは、懐から何やら取り出してそれを見せつける。


「ギルド総合本部内犯罪捜査局、マーデル・リディック三等捜査官です」

「ほう、犯罪捜査官?」

「……ランクS魔法師ロディマス様、魔王ディルムッドの幹部、『聖櫃』のジークフリーダとの和解交渉について、独断専行との見方が上層部から出ております」

「なっ? おい、マーデル。何を言って……?」

「まずいなあ、あれが出てきたか」


 巨躯の魔法師の隣で、神官が片手で顔を抑えていた。

 やはりあれはまずかったのだ。

 司令部からの許可と指示を待つべきだったと、今更ながらに神官リジオは嘆息する。


「何を言っているか、ではありません、ロディマス様。冒険者ギルド総合本部はあなた様に対して戦地での背任行為を疑っております。というよりは、あなた様に対して上層部より命令が出ております」

「命令? 上層部が何をどうしろと言うんだ、マーデル」

「……」


 一瞬だけ重い沈黙が辺りを支配した。

 小柄な捜査官が次に告げる一言が、とても重要なものだとその場にいる全員が理解し、固唾を飲んで結果を見守っていた。


「おい、マーデル……三等捜査官。拝命しよう」


 もう逃げ場所はないのだとロディマスは悟り、かつての部下に命令を伝えるように促した。

 マーデルはとても気まずそうにしながら、捜査官の顔を崩さずに指令を伝える。


「ランクS冒険者ロディマス・アントレイ。戦時下において与えられた権限を大きく逸脱した敵将との和平交渉は、軍法に照らし合わせて違法行為と確認されました。これにより、冒険者ロディマス・アントレイにおける冒険者としての全権利の剥奪・及び身柄の拘束が発令されます。しかし、今までのギルドへの貢献は大きいと考え……考え……ランクSの籍をはく奪するに留めるものとします。……在籍はまだ魔法師ギルドのままです……」

「最大限譲歩した、と。上はそう言いたそうだな、マーデル」

「申し訳ありません。私には何も、申し上げることは……申し訳ございません」


 何も言うことは出来ません、の間違いだろう?

 巨躯の炎術師はそう思うが口には出さなかった。

 隣で神官がそっとささやいてくる。


「僕は君についていくよ、ロディマス。君は間違っていない。だけど、魔法師ギルドのギルマス交代劇といい、トップに君臨する姫巫女様の引退といい、この神殿都市は何かが大きく変わろうとしているのを感じる」


 たぶんそれは平和というものを追い求める行為で、最初にギルマスが述べたように「戦争屋はもういらない」のだろう。

 それは長年この国に対して貢献してきたロディマスたちからしてみれば、裏切りにも等しい、そんな行いだった。

 しかし何をどう言っても決まったものは覆らない。


「ああ、そうだな。だが、俺たちの時代はもう終わったんだ。こんな国に尽くす必要はなくなったな」

「間違いないね」


 ロディマスはそう考え、静かに幕を引くことにした。


「マーデル捜査官。指令の伝達、ご苦労だった」

「……先輩っ、私、わたし、こんなことっ」

「気にするな。俺たちは引退するよ。後をよろしくな……後輩」


 炎術師は神官を伴い、魔法師ギルドを後にする。

 マーデルは涙を流しながら、その背中を見送っていた。


 こうして、ランクSの炎術師は、静かに冒険者を引退した。





 今日のギルドマスター


 厄介者が戻って来た。

 それも同時に、二人も、だ。

 出て行った五年前にはあれだけ自分の事を虐め抜いたやつら。

 だけど、今度はこっちの番だ。

 僕は上司の最高位、ギルドマスターになったんだ。

 あんな連中なんて目じゃない……、とそう思っていた。

 しかし、現実は甘くなかった。


 あのゴリラどもには権威とか権力とかそういったものは役に立たないのだ。

 あいつらは仲間意識だけで生きている原始人のようなものだったのだ。

 見誤った。

 それ以上に、犯罪捜査局の小娘に助けられるなんて……。


 恩返しはしなくてはならない。

 どうしたものか。

 また上からおしかりをうけてしまうな。

 昇進はここまでかもしれない。


 はあ……だけど勘違いしないでくれよ。

 戦地から戻って来た仲間の補償をしたいのは……僕だって同じ気持ちなんだ。

 少しだけ昇進や立場が先に立っただけでさ。

 同じなんだよ。


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