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ランクSの炎術師、引退してバーのマスターになる。やってくるのが普通じゃないお客様ばかりで困るんだが?  作者: 秋津冴
第一章

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暗殺者は夜闇とともにやってくる


 ◇


 奇妙な二人組がその建物に近づいたのは夜も更けた頃だった。

 三連の月。

 赤、青、銀のそれらは配置を入れ替えて天空に在ることで季節を知らせる。


 今夜は青の月が最初に在って赤の月がその影に入ってしまい、ついでに銀の月もその後ろに在ってさらに闇が深く照らし出す影は色濃くなっていく。

 影の内側に潜み、闇と入り混じるようにしてそいつらはやってきた。


 アデルの仮の宿となったアパートの上階を目指し二人は壁をすいすいと登っていく。

 まるで重力の縛りを受けないような、そんな身のこなしだった。

 一人は丸いからだの体型からして女と分かるし、一人はしなやかな線のように細い肉体の筋肉の使い方から男だとわかる。


 どちらも長い尾と白い獣耳が夜闇によく映えていた。

 獣人だ。

 四階の半分突き出たバルコニーに二人は軽やかに飛び上がると、そこで腰や背中に差していた獲物を抜き放つ。

 すらりとしたそれは、腕から下程の短剣だった。


 しかし、どこかおかしい。

 月光の照り返しを受けてもなお、その刀身は光を吸収するかのように輝かないのだ。

 ただぬらりと墨色ににぶく幾度か月光に反射したあと、それは彼らの手元にすうっと溶けるようにして見えなくなる。


 片方が点呼をとるように手を掲げ、それが降りてから目で確認しあうと彼らは三階へとその身を踊りこませようとした。

 が、その時だ。

 狭い通路の中に充満したガスに火が奔るかのように、朱色と青の炎が二人を覆い尽くした。

 二条の炎は絡み合い互いに意志がある生き物のように二人組を束縛すると、その場に炭の縄となって固まってしまった。


 二人の口にはそれがさらに絡みつき、声を自由に発せられないようにしてしまう。


「ぐあっ……! つ……」

「なっ……どういうことよ!」


 静かな問いかけと全身を焼かれる痛みに小さな悲鳴が上がる。 

 男の方は火傷の痛みにのたうち回り、女の方はただ静かに耐え忍んでいた。


「大声を挙げられると困るからな。静かにしてもらうぞ、御二人さん」


 夜の沈黙の中に静かな威厳のある声が響くと、四階のバルコニーに通じる扉がそっと開き、二人の侵入者はその中から出て来たぶっとい腕に縄を引きずられて姿を消した。




 光りが灯ると室内には五人の男女がいた。 

 二人の男女の侵入者、それらを炎の魔法で捕縛したロディマスとその作業を見守っていたリジオ。

 それに、三階の自室から四階へと上がって来た……ではなく。

 四階のバルコニーの入り口と三階の出入り口を魔法でつなげたその部屋の主、姫巫女ことアデルだった。


「分かりやすくやってきてくれたわねー。呆れるくらい台本通り」

「だから言ったでしょうが、姫様。俺たちがいればいちいち、危険なことをなされる必要なんてないんだって……」

「あー、もう。うるさいのはいいから!」


 早くそいつらから状況を聞きだしなさい、とアデルは顎で示す。

 ロディマスはやれやれと肩をすくめるとその腕に炎のナイフを作り出した。


「痛いぞ? 嫌ならさっさと吐くことだ。ああ、安心していい。こっちには神官がいる。つまり、何度でも蘇生できる。そういうことだ」


 にこやかな微笑みとは裏腹に恐ろしい脅しを告げたあと、笑顔のままロディマスは火傷の痛みに震える男の胸に……そのナイフを突き刺した。

 悲鳴は一度。


 それも明確な音ではなくひどく不器用でくぐもったものだった。

 まるで足の小指を自分でしたたかに打ち付けた時のような、そんな音だった。

 かりそめの死ではない、明らかな断末魔が室内に響き渡る。 

 炎術師と神官の結界でその音は外部に響かないとはいえ、聞いていても見ていてもそれは居心地の悪いものだった。


「……殺せとは言ってないわよ?」

「蘇生ならリジオのお手の物だ。気にする必要はないですよ、姫様」

「そういうことを言ってるんじゃないの。私の目の前で軽々しく命を奪うなら……もういいわ。さっさと蘇生させなさい」


 彼ら二人に出会い、この場所の采配を任せると決めたのは自分だったとアデルは思い出す。

 ここで口出しをすることは信用を損ねることにもなりかねない。

 壁際に背中を預けて佇むアデルの合図を受け、ロディマスはリジオを見た。

 神官はもう蘇生の措置を終える手前だった。


 呪文を唱え、傷口を塞ぎ、止まりかけた心臓を回復させて意識を戻してやる。

 戦場ではなんどもなんども、魔族相手に行った拷問だ。

 彼にかかれば、蘇生など手慣れたものだった。


「誰かさんも死にたくなければ、喋ってくれると助かるんだがな?」


 水底で空気を失い溺れていた人間がするように、盛大な音を立てて蘇生された男は息を吸い込んだ。

 押し付けるロディマスの太い腕から逃れるようにしてもがくも、それは適わない。


「誰に雇われた?」

「しっ、しるか……」

「そうか」


 彼の口から否定の言葉が二度、三度と繰り返されるたびにロディマスはその胸に何気ない顔で炎の短剣を叩きこみ、リジオは蘇生させた。

 四度目、五度目と続いたところで男がようやくこくこくと頷いた。


「言うっ、言うから……やめてくれ。もう死にたくない……」

「いい仔だ」


 ロディマスは短剣の腹で彼の頬をぴしゃぴしゃと叩くと、「ほら、姫様にあらいざらい吐いてしまえ」とその顔を向けさせる。


「ひめ……? 姫巫女様? まさか!」

「その、まさかだ。お前たちは襲っちゃいけない存在を襲っちまったんだよ」

「嘘だ、そんな……嘘だ。俺たちは大火を起こした犯人を捕まえるためだと」

 そう男が言い募ると、傍らで見守っていたリジオが一笑に伏した。

「そんなはず、ないだろう? この部屋にいるのが誰かってのはともかく……。犯人を捕まえるためにこんな武器は持たない。暗殺用か? 今時、毒を塗った剣先なんて流行らないぞ。どこの手の者だよ」


 男はロディマスが。

 女の方はリジオがアデルがそれと気付かないように拷問にかけていた。

 全身を冷たく襲う凍気に女の方は身体を振るわせて耐えようとしている。 

 自殺を許さず、口答えも、反撃するために必要な思考をじわりじわりとその全身から奪っていることにアデルはようやく気付いた。


 リジオが女の侵入者の懐から取り上げた短刀の刀身がびっしりと凍り付いているのを目にしたからだ。


「放っておけば手足が壊疽を起こして胴から離れてしまうぞ? それとも凍り付いたそれを目の前で粉々に砕かれたいか? そうなったら二度と元には戻らない」


 こんなふうに、とリジオはわざと短剣を極限まで凍らせて、それを床にたたきつけた。

 女の目がそれを凝視し、男も自分たちに残された選択肢は一つしかないことに気づいたようだった。


 しゃべること。 

 それ以外、生きることも死ぬことも許されない永劫の地獄が待っているのだと、二人は理解したようだった。


「誰かの指示……かは、知らない。本当だ! ほんとうなん、だ。いつも、あれを殺せ、と。それだけを命じられる……それだけなんだ」

「ほう? 命じたやつは?」

「お頭が。ボスが、いつもつなぎを付けて来るんだ。俺はそれ以外、知らない」

「だとさ?」


 男の方がはいたのはそれだけだった。真実かどうかはこの際どうでもいい。

 役に立たない情報を持つ者をそれ以上しゃべらせる気はロディマスには無かったようだ。


「ああっ……エレダム。うそ、そんな! 助けるって、ひどい……」

「そんな約束をした覚えがないな」


 ロディマスが男の首に力をくわえるとごりっ、と嫌な音がした。

 アデルが思わず顔を背ける。

 女の目の前にいたかつての相棒は、いまは舌を口の端からだらんと垂らしたただの肉塊と化していた。


「こうなりたいか、どうかはお前次第だ。今度は約束しよう。命は助けてやる」


 絶望に濁りかけていた女の瞳にいくばくかの希望の光が宿る。

 ロディマスが頷くとリジオは彼女を縛っていた冷気を引き戻し、女に回復魔法と抵抗ができないように神経を制御する緊縛魔法を改めてかけていた。


「……それで。どこの誰に雇われた?」

「違う」

「何が違う?」

「腰の物入れを探れば分かるわ」

「物入れ?」


 開いて爆発でもしたらろくなことにはならないと思い、ロディマスはその中を光の精霊に探らせる。

 そして出て来たのは爆発物でも魔導具でもない、一枚の金属のプレートだった。

 手の平大のそれはどこかで見覚えのある絵柄が彫刻されていて、それを目にしたアデルたち三人はやれやれとため息を漏らす。


「まじかよ。悪い冗談だ」

「本物のようだけれどね。まさか身内と戦っていたなんて……どうします、姫様?」

「どういうこと?」


 アデルは半ば理解しながら不可解な現状を再確認する意味で尋ね返した。


「こいつ、武装警察ですよ。一介の捜査官が殺しをするようになったなんて……」

「王都の武装警察も堕ちたものねー」

「どうすんだよ、俺。捜査官を殺しちまったじゃねーか……」


 呆れたように最高権力者に言われてしまい、侵入者は恥じいった顔をしてうつむいてしまったのだった。




 今日のロメリアさん


 あの二人が来てからというもの、どうも王都が騒がしいんだけど。

 武装警察はホテルにやってくるし、炎術師は殺気なんか放つからお客様から苦情が止まないし!

 うちのホテル、本当にこれから大丈夫なのかしら……?

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