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炎術師ロディマス

 

 数週間前、西の大陸、とある魔族の国の平原。

 神と魔の争いは、天の彼方にある神々の国だけでなく、こんな辺鄙な片田舎まで波及していた。


『神の陣営』に所属し、一軍を預かる巨漢の炎術師ロディマスは、この戦争に参加して数年が経過していることに思いを馳せた。短く刈り込んだ金髪と、涼やかで知的な青い瞳が指揮官としての苦労を忍ばせる。


 眼の前に広がるのは魔王軍の陣営が控える砦で、そこには2万からの敵がいる。

 肩越しに後ろを向けばそこにあるのは、味方が守る城がそびえている。


 両者の中間点には、それぞれ数名の兵士たちが集まっていてこれから何かを始めるかのようだった。

 周囲をぐるりと見渡してみると平坦な荒れ地がどこまで続いている。


 守るに難しくて攻める易いこの城を、2年間もの間よくぞ乗り通してきたものだと、ロディマスは自嘲気味に笑った。


「このクソッタレの戦争がさっさと終わればいいんだ」


 そうすれば、みんな故郷に帰れる。

 東の大国、神聖ムゲール帝国を支配する姫巫女から、軍を預かってここまでやってきた。まだ、家路への帰路は見えない。


 海を隔てた東の大陸からやってきた彼らは、西の大陸のこの場所では魔王の軍勢と、土地の所有権を賭けて数年がかりの小競り合いを続けている。


 どちらの軍隊もそれぞれに戦闘能力が高くまともに戦っていたのでは死傷者が増え続けてしまう。


 そこで両軍の代表が話し合い決まったのがそれぞれの軍隊を率いる長が一対一で対決をして勝敗を競うというものだった。


『神の陣営』、聖軍からはロディマスが。

『魔の陣営』、魔王軍からは麗しき女性司令官が互いに剣と槍を手にし、一定時間を争う。


 最初の頃はさっさと決着がつけばいいと考えていたロディマスだが、一週間、一ヶ月、半年もするころになればその思いを改めていた。


 まずどちらとも強すぎるのだ。

 ロディマスも敵の女将軍も強すぎた。


 ついでに今彼らが駐屯している場所は、四方を魔王軍に囲まれており、もし勝利してしまったら全方位から一気に攻め込まれることは想像に難くない。


 そう気づいてからは昼食前のほんの1時間だけ、お互いにそれぞれの陣地から均等に距離を置いた場所で、部下たちから声援を受けて手抜きをするわけでもなく勝利を狙うわけでもない。


 そんなお飾りの戦争が今日もまた始まろうとしていた。


「まあまあ、ロディマス。おまえがやらないと、僕に回ってくる。それは困るねー僕は氷の精霊王様の神官だから」


 副官のリジオ。銀髪に紅の瞳をした優男は、ロディマスとは親戚に当たる。

 彼のひょろっとした外観は、筋骨隆隆のロディマスの横に立てばマッチ棒のように頼りなく見えた。


「俺だって炎の女神様に仕える司祭だぞ……神官も司祭も変わらんだろうが」

「役職の高さ低さを比べてる場合じゃないよ。戦うのは君の役目、考えるのは僕の役目。国境を出てくる時にそういう約束をしただろう?」

「ちっ……古い話を持ち出す奴だ」


 ロディマスは炎をまとわせた長い槍をその手にすると、つまらない会話だとぼやいた。

 そんなぼやきは後ろの砦で待つ仲間たちからの、やじによって掻き消された。

 

「大隊長ー、俺たちのロディマスー! 勝ってくださいよー! あんたに賭けてるんだからな」

「勝手に俺に賭けるな!」


 怒鳴り返すと、やんややんや、と銅鑼や鐘が打ち鳴らされ、鼓舞される始末。

 土日祝日を除き執り行われるこの、代表戦。

 その勝敗を勝手な賭けの対象にしている輩がいるのだ。ほぼ味方全員が参加する違法賭博。呆れたことに……胴元は副官リジオだった。



 ロディマスはやれやれとため息をついた。

 いつの頃からか、聖戦は決まった時間に始まって決まった時間に終わるビジネスライクの場所になり変わってしまった。

 挙句、今となっては賭けの対象となる始末だ。嘆かわしい。


 一方、敵方はといえば、華奢な人型の女魔将がこちらに出向いてきた。魔王軍七大幹部の一人、『聖櫃せいひつ』のジークフリーダ。

 顔の大半を仮面で覆い隠した彼女はミステリアスな麗人だった。


「ジークフリーダ様ー! そんなオーガみたいな変人、真面目に相手することないですよ! 無事に戻ってきてくださいねー!」

「おいこら、ロディマス! うちのお姫様に手出ししたらただじゃおかねーぞ、聞いてんのかコラ、炎術師!」


 恫喝の声‥‥‥いや、黄色い声援も混じっている。

『魔王軍』の陣営には、『神の陣営」と比べて明らかに女性が多い。

 彼女はその声に片手を挙げて応じる。


 魔王軍の幹部ジークフリーダ。

 これから戦うはずの相手は、本当に魔族か? と疑いたくなるほどに美しい。


 目元を覆うマスクすら、彼女の神秘性を高め、さらに美しさに拍車をかけている。返事でなければ是非、夜の社交界ダンスを申し込みたいところだ。


「俺にだけ非難の声が集まるのは不公平だろ……?」


 浴びせられる罵詈雑言に、ロディマスは不満の声を上げた。

 美しい女将軍は、彼のぼやきを耳にして慰めるように声をかけた。


「まあ、仕方ないわね。そういうものかもしれないし」

「いつか背中を味方に討たれそうな気がして怖い」

「なら、せいぜい気を付けてくださいね、ロディマス」

「この茶番もさっさと終わればいいんだが。そうはいかないか」

「形だけの戦争……お遊びをしていれば、神々も魔王様も満足だから……仕方ないわ」


 女将軍は困ったような顔をして、腰からすらりと剣を引き抜いた。

 途端、前後の陣営から溜息と拍手やら、剣を盾を叩き合わせてガシャガシャと喝采の声が上がる。


 魔王軍の美しい女将軍は聖軍からの人気も高いのだ。

 これもまたロディマスには不満の一つだった。


 後ろから聞こえてくる中には、「俺らのジークフリーダ様ー!」なんて声も混じっている。

 思わずロディマスは、味方へと怒りの咆哮を上げた。


「うるせーぞ、おまえらっ! どっちの味方なんだ‥‥‥クソッタレが!」

「フフフ、かわいそうなロディマス様」


 それを聞いて、ジークフリーダは口元に手をやってクスクスと無邪気に笑う。

 毎日のように繰り返されるこの光景に、炎術師はいい加減うんざりとしていた。

 まあ、そろそろ始めるか。ロディマスは胸内でそう呟いた。


 戦いの場は両陣営の活気にあふれていた。

 これまでのやる気が無さそうな雰囲気は消え、ロディマスとジークフリーダの周囲には、目に見えない緊張感が張り詰めていく。


 この戦地に配属されて二年、また同じ朝が始まる。

 巨躯の炎術師は炎をまとわせた槍を空高く掲げ、開戦の合図を示した。

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