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 中に入ると国の歴史を話す声が厳かに響いていた。どうやら歴史の授業中だったみたいだ。奥側でアレクシスは私に背を向け、背筋を伸ばした状態で椅子に座り、真剣な表情で家庭教師の授業を聞き入っている。熱心な家庭教師なのか、扉側を向いている家庭教師も入室してきた私に気づいた様子はない。


 バートが私の訪問を伝える為にアレクシスへと近づいていこうとするのを手で制する。ホルルシェが訪問する時間までそれ程ゆとりがあるわけではないが、一つの授業を待つぐらいなら時間はある。私情で流石に大切な授業を邪魔する気にはなれない。


 首を振った私にバートが頷く。授業の妨げにならないように、壁際にある長椅子へと座った。始まったばかりでまだしばらくは時間が掛かると告げたバートからのお茶の用意も断り、自分の立場では見る機会はこれからないかもしれないアレクシスの授業の様子を見つめる。


 アレクシスは教授している筈の家庭教師に時に質問し、意見を述べ、家庭教師すらも感服する程に激しく議論をしていた。教師と教え子というよりは、歴史家の集会場での議論を見学しているような気分だ。それ程アレクシスは博識だ。


 --それが全て自分を引き取ってくれた家族に自分の存在を必要としてもらう為の努力である事も私は記憶にある小説の内容で知っている。シトアに悲し気に話すシーンがあったからだ。そして「姉上には結局最後まで認めてもらえませんでしたが……」と零したアレクシスの内情も知っていた。小説の中のフィリリアはアレクシスが優秀である程に劣等感からアレクシスを疎んだからだ。


 頑張る貴方に優しくしてあげる事ができないのは、小説でも今の現実の私でも同じなのね。


 胸が罪悪感で痛む。つくづく自分の最悪な運命が疎ましい。


 ひっそりとため息を吐きそうになった時だ。熱弁を振るっていたアレクシスの言葉が不自然に止まったのだ。疑問に思った次の瞬間、アレクシスが振り返り目が合う。予期しないタイミングに鼓動が跳ねた。



「姉様……?」



 呆然とした声が聞こえたかと思うと、急にアレクシスが立ち上がった。ガタンッと大きな音を立てて椅子が揺れる。礼儀正しいアレクシスには珍しく粗野だ。アレクシスは大きな過ちを犯したように顔色を悪くして私の方へと早足で歩み寄ってくる。その後ろで戸惑いながらも私に頭を下げる家庭教師にひらりと手を振ろうとすれば、それよりも先にアレクシスが私の視界を埋める。


 私の前に屈みこむと、許しを乞うような悲哀に満ちた瞳で見上げられた。



「どうしてすぐにお声を掛けて下さらなかったのですか? 姉様が訪ねてきてくださったと知ればすぐに授業を中断させました。長くお待たせして本当に申し訳ございません」


「熱心な様子だったから邪魔をしないようにしていただけ……貴方が真面目に授業を受けているか確認していたのよ」



 あまりのアレクシスの落ち込み振りに思わず正直に理由を告げてしまうが、すぐにはっと我に返って冷たい姉の台詞を告げる。チクチクと針で刺されているような胸の痛みは無視だ。


 アレクシスは驚いたように目を見開かせると、何故か心底嬉しそうに笑う。あまりの天使ぷりに冷たい姉という肩書が無駄になりそうなくらい頬が緩んでしまいそうな愛らしい笑顔だ。




「気を遣って頂きありがとうございます姉様。何か僕に用があって訪ねてきてくれたのですよね? どうかまだ間に合うなら、僕にお聞かせください」



 丁寧な口調だが、私を見つめる瞳は懇願するような真剣なものだ。チラリと視線を上げて家庭教師を見れば、恭しく頭を下げて部屋を退室する。その後を、見送る為にバートが続く。


 アレクシスはというと、あんなにも激しく舌戦を繰り広げた相手だというのに、退室する際に家庭教師が隣を通り過ぎていく時も私から逸れることはなかった。



「今から私と街に出かけて欲しいの。バートも一緒に。お父様には許可を得ているわ」


「わかりました。僕は大丈夫です。姉様に誘って頂けるなんて僕は幸せ者です。本当にありがとうございます」




 アレクシスは瞳を輝かせるばかりで、私の目的等には疑問はないようだ。普通、普段から冷たい姉が急に誘ってきたりしたら身構える筈なのだが、アレクシスには私を警戒する様子は微塵もない。自分から誘っておいてなんだが、その純粋さが心配になる。



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