三
「今の我が国には貴族と平民が接する場が設けられておりません。教育機関を利用する事によって身分に関係ない場を設け、貴族と平民による関係を結べる機会を築くべきだと思っております」
学校に通ったり、他人と集団生活を強いられたりする学校は面倒な事が多い印象だけど、前世の記憶から見たその生活は決してデメリットだけではないと考えられる。
無言でルーヴァ二に見据えられる時間に長く耐える。だがようやく、不意にルーヴァ二の視線が逸らされた事に安堵する。
「考えておく」
その短い返答の後、ギオルドが部屋に戻ってきて、私とルーヴァ二の会話はようやく終わりを迎え、私は屋敷に帰る事ができた。
日は経ち、ホルルシェが屋敷を訪ねてくる当日になった。午後のお茶の時間に合わせてホルルシェは訪問してくる予定になっている。
午前中は用事がない為部屋で寛いでいると。
『姉様、アレクシスです』
規則正しいノック音と共に、アレクシスの愛らしい声が聞こえてくる。その声に癒されるけど、すぐに冷たい姉として慎重に接する。
「どうしたの? 何か急な用かしら?」
アレクシスには申し訳ないけど、言外に急を要するもの以外なら引き返せという事だ。アレクシスが訪ねてくれる度に、毎回この返しで追い返している。アレクシスは優しいから遠慮してくれるのだ。
だからいつも通り、アレクシスは困惑しているのか返事に間が空いてしまう。胸は痛むが、私は畳みかけるように告げる。
「もういいかしらアレクシス。私、出かける用事があるの」
『……お邪魔をしてしまい申し訳ありません姉様』
予想通り沈んだ声でそう言うと、アレクシスが去って行く音がする。
……後でレレイを通して、バートに甘い物をアレクシスに届けるようにしよう。私にはそれぐらいしかできない。
さてこれからどうしよう……今日はルーヴァ二との約束の日じゃないし、幼いから危険だという事で街に出かける事をお父様やお母様が渋っているから、頼んでも行ける可能性は低い。でも行ってみたい。
レレイが戻ってくるまで悩んだ末に、ダメ元でまだ屋敷におられる筈のお父様の許可を得る為にお父様の執務室を訪ねる。
ノックをするとお父様はすぐに返事を返してくれて、私は部屋に入った。
「どうしたんだフィリリア。城に向かう前にそなたの愛らしい顔を見る事ができるのは嬉しいが、すまない。僅かにしか時間がなくてな、手短に頼む」
申し訳なさそうに眉を下げるお父様に頭を振る。お父様がこの国の宰相で忙しい立場であるのは重々に理解している。独断でホルルシェを急に招いた事について申し訳なく思ったけど、ホルルシェとの関係は私にとっての今後を決める重大事だ。お父様はホルルシェについてはルーヴァ二から聞いて一度会いたいと思っていたらしいから、快く許してくれたが。そのホルルシェとは、夕食会の約束を済ませている為、多忙なお父様にはその時に紹介をする予定だ。
「ホルルシェ様の訪問のお時間まで、街に外出するお許しを頂けませんか?」
すると、予想通りお父様は渋い顔をなさる。身を屈ませ私と視線を合わせる。諭そうとする雰囲気に結果を察するが、何故か同じお願いをした時と違って即答されない事に違和感を感じた。お父様は憂うような瞳で私をじっと見つめて、まるで葛藤するかのように何かを深く考えておられるような様子をしていたかと思うと、重々しく口を開いた。
「そなたは以前とは比較できない程に成長をしている。年齢を重ねていくにつれて成長してくれれば良いと思っていたが、存分に甘えてくれていたそなたの存在が愛おしかったがゆえに今は少し寂しさを感じてしまうよ」
寂しさを滲ませた微笑みを浮かべると、お父様は私の頭を優しく撫でる。その言葉以上に思いが伝わってくるような感触に、胸が締め付けられた。
……私が捨てられる子供でなければ。
そんな事を考えてしまって、一瞬泣きそうになってしまった。何も答えられずにいると、お父様は穏やかな声で私を呼ぶ。
「アレクシスも共に連れて行き、バートを付き添わせるのなら許可をしよう。決して危険な事はせずに、バートの言葉をお父様の言葉だと思い従いなさい」
今まで許可が下りなかった事を考えるとお父様が譲歩してくれた結果だと理解しているけど、条件にアレクシスが入っているというのは私には頷き難い問題だった。
今までお父様は私とアレクシスの関係について口出しする事はなかったけど、やはり気に掛けていたという事なんだと思う。
「……わかりましたお父様。アレクシスとバートも連れて行きますわ」
酷い姉に付き合わせる事になってアレクシスには悪いが、ようやく街に外出する機会を得られたのだ。逃す事はできない。
お父様の登城の時間が迫り、私はお父様に挨拶を済ませ部屋を出た。
街に外出する許可は下りたけど……条件を考えると純粋に喜べない。
溜息を吐いて、複雑な気持ちを抱えて、私の隣の部屋であるアレクシスの部屋へと向かい扉の前に立った。飴色の扉を見つめていると、大きな溜息が込み上げてくる。
さっきアレクシスを追い払った後なのに……。
重たく感じる腕を動かし、一瞬躊躇いながらも覚悟を決めて扉をノックした。すると、すぐに扉が開き、バートが出迎えてくれる。バートは私を見て一瞬目を見開かせたが、私に挨拶を告げると中へ通してくれる。