二
酷く同情するが、それよりも今がホルルシェに取り入る絶好の機会である事に気が付く。
「そうですわ、殿下。それならばホルルシェ様を私の屋敷に招待させて頂きたいと思います。私からも、宰相である私のお父様にホルルシェ様を紹介させて頂きますわ」
ホルルシェは益々愕然とした様子になるが、今の内にホルルシェの後援者の一人になる事が出来れば、後の成功者になるホルルシェに恩を売れる。
全面的協力をするという態度を表面上は令嬢らしくにこやかに、だが明確に宣言する。
「私はフェミリアル公爵令嬢として、ホルルシェ様を支持致します」
ホルルシェやルーヴァ二、そして静かに近くで控えていたギオルドの視線も全て私に集まるのを感じる。
ホルルシェの瞳は動揺に揺れていたかと思うと、こくりと喉仏が上下するのが見えた。きゅっと固く唇を結び暫し俯いたかと思うと、再度顔を上げた時のホルルシェは覚悟を固めたように真剣な表情をしていた。
「俺を信じて下さる二方の信頼にお応えできるよう、精進致します。若輩者でありますが、何卒よろしくお願い申し上げます」
ホルルシェが深々と頭を下げるのと反対に、確かな手応えを感じて私が心の内でガッツポーズをしたのは私だけの内緒だ。
そして、明後日にはホルルシェを屋敷に招く約束を取り付ける事に成功した。
「今日はご苦労だった。後の時間は好きに過ごすといい」
「ベベルボード様、お部屋までお供致します」
ルーヴァ二の言葉に素早く動いたギオルドが頷いたホルルシェを連れて行くのを見て、私は席を立ち上がってホルルシェを呼び止める。
「ホルルシェ様、今日はとても素晴らしいお話をありがとうございました。ホルルシェ様はとても聡明な御方なのですね」
感激した風を装ってさりげなくホルルシェの両手を取って包み込み、満面の笑みを向ける。照れたようにホルルシェは顔を赤くして、何度も頭を下げてくる。打算抜きで、可愛い人だと思う。
「ホルルシェ様に再び会える日を楽しみにしておりますわ」
「お、俺も! た、楽しみにしてます……!!」
ピンっと背筋を伸ばして、湯気でも出るんじゃないかってぐらい顔を熱くするホルルシェに思わず笑ってしまう。
手を振って見送っている間、ずっとホルルシェは私の方を見たまま部屋を出て行った。パタリと閉まった扉に、背後の存在を思い出して現在の状況に大きな溜息を吐きたくなる衝動を堪える。
「そなたは人に取り入るのが上手いようだな」
温かみのない声に背筋がひやりとしながら、笑みを絶やさずに振り返る。ルーヴァ二の探るような鋭い視線が私を見据える。
「この胸の感激を伝える事ができていたようで嬉しいです殿下。ホルルシェ様のような若き才能を見出す殿下の慧眼に感服致しました。流石は殿下ですわ」
「そなたの舌はよく回る」
鼻で笑うルーヴァ二に、笑顔がひくつきそうになるが表情には出さないように努める。
再び着席し、ルーヴァ二へと向く。
「殿下はお喋りはお嫌いですか? 私は殿下の事を知りたいと思っています」
「嫌いではない。狡猾な人間の方が理解できる。聞くが、そなたは私の何が知りたいと思う?私はそなたのその腹の内には多少の興味はあるが、そなたに何も求めてはいない」
お喋りを狡猾さに変換するところは貴族として理解できないわけではないが、冷淡なルーヴァ二らしい。
私に対しての態度をはっきりと口にされた事は怒りよりも清々しさを感じた。私もルーヴァ二に対して何も求めていないのだから丁度いい。
どうせ腹の内を疑われているのなら、いっそ態度を変えてみる事にする。
「殿下が私に何も求めていなくとも構いませんわ。ただ私は、先を長く共にする者同士として殿下と友好な関係を築きたいと思っています。私のデメリットを考慮し、そこだけは信じて下さいませ」
現状、ルーヴァ二の不評を買う事は、まだ力がない私にとってのメリットがないから今は本心だ。
「殿下はホルルシェ様が考案された機関をどこまでお考えですか?」
「低コストかつ迅速な大陸の横断を可能とする陸による輸送路の開拓、大量生産を可能とした工場の技術革新。それに伴う雇用量の増加、これらによる産業、貿易の発展を目標と考えている」
返事を期待していなかった予想とは違いルーヴァ二はあっさりと答えてくれて少し驚いてしまった。
だが、前世の記憶によれば個人的な内容以外のものであれば、主人公のシトアの質問に意外にも素直に答えてくれていたのを思い出す。ルーヴァ二は王太子としての自らの立場には真摯だった。
「聡明なお父様が殿下やホルルシェ様のお考えを否定するとは思いませんが、私からも殿下のお考えが実現できるよう、お父様に進言致しますわ」
「協力者を名乗るなら、そなたは私が述べた事以外に、どうすればこの国が発展を遂げると思う?」
ルーヴァ二なら持ちかけてくるだろうとは予想はしていたが、出来れば避けたかった話題に体に力が入る。蒸気機関の利用を大いに考えているルーヴァ二が容易く思いつく事ではきっと鼻で笑われるだけだろう。
どうすればルーヴァ二が納得するか……前世の記憶を必死に、だけど表面上は笑みを浮かべたまま思い出す。
「……教育機関の需要を高めるのはいかがでしょう? 人間性の成長、集団生活による協調性、学生による可能性の発展を望めると思います」
「なぜそう思う? 教育は家庭教師で事足りている。加えて必要な人間性は自ずと社交界でも身についてくる。優秀な者は自然と才を出すものだ」
「ですが、高額な費用が掛かる家庭教師は家庭の水準が求められ、社交界に出られるものは身分ある者に限られます。それではホルルシェ様のような才ある平民が身分のみで切り捨てられます。これがいかにあらゆる可能性を潰しているか殿下ならご理解頂けると思います」
貴族には、生まれながらの身分により、少数の特権階級の優れた人間だけが政治や文化にかかわる資格があると考える貴族主義が多い。教育を家庭で修了し、身分ある者だけが集う社交界に幼くして出るロレン国はその傾向が強い。だから、ルーヴァ二が貴族主義の主張をすれば話は終わってしまうが、ホルルシェの事がある為ルーヴァ二に対してその杞憂はなかった。逆に、ルーヴァ二だからこそ出来る話だ。
「だからこそ、身分関係なく人が集う事ができる教育機関を設け、利用するのです。需要を高め、集団生活を送らせることによって同じ思想や志を持つ者を協同させ、時に貴族に平民を支援させる。貴族が才ある平民を発掘する場としても、ホルルシェ様のような平民にも機会を設けるチャンスにもなり得ます。それが功績となれば我が国の発展に繋がると私は考えます」
貴族として生きる事に長けるだけなら、ルーヴァ二の言うようにわざわざ教育機関に通わずとも家庭教師や社交界に出るだけで事足りる。だが、身分に関係なく才ある者が芽を出す為の機会を設け、功績が上がる事を目的とするならば、平民も通う事が許されている教育機関は支援者と要支援者の需要の増加として大いに利用できる筈だ。