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若き発明家との出会い


 約束の鼎談の日。応接間でテーブルを囲んで座った目の前では、そばかすが愛嬌を感じさせる顔を青ざめさせ、落ち着きなく瞳を泳がせる青年、ホルルシェが座っていた。猫のような癖のある赤褐の髪を後ろで結い上げ、身綺麗な衣服は貴族と同等のものだが、緊張に強張った様子といい素朴さを感じさせる雰囲気のせいで似合っているとは言い難い。想像していた神経質な人物像とは違い、多少頼りなさは感じさせるけど、それでも優しそうな印象に好感が持てる。



「貴方が殿下のおっしゃられていた方ですね。私はフィリリア・グレル・フェミリアルですわ。フィリリアとお呼び下さいませ。以後お見知りおきを」



 貴族は親しい者としかファーストネームで呼び合わない。だから、さりげなくファーストネームで呼ぶように言って友好的な態度をアピールする。



「わ、わた、私はホルルシェ・ベベルボードと申します。この度はこのような光栄な場にお招き下さり、恐悦至極に存じます……!」



 益々顔色を悪くして、テーブルに額をぶつけそうな勢いでホルルシェは頭を下げる。気の毒なくらい緊張しているわね。



「挨拶はそれぐらいにして要件に入る。ホルルシェ、そなたが話していた”蒸気機関”について私の婚約者にも分かるように改めて説明しろ」



 それまで黙っていたルーヴァ二の言葉にホルルシェはビクリと肩を飛び跳ねさせる。



「は、はい……! それでは恐れながら……今からお話する事はしがない私の見解であるのですが、現在我が国の蒸気機関は炭坑のみに稼働し、燃料効率が悪い事から多くの燃料消費を要しております。多額の経費が必要とする上に汎用的はんようてきな実用化に届いておりません。こ、ここまでは大丈夫でしょうか……?」



 ルーヴァ二が私にも分かるようにと命じたからだろう。ホルルシェは伺うような視線を私に向ける。優しく微笑み返せば、ホルルシェが顔を赤くしていく。目上の方に失礼だろうけど、可愛い人だわ。



「確か、この国の蒸気機関は石炭を掘る際に湧いてくる地下水を処理する為に、梁を支柱に左右に重りやボイラーを設置し、それ等を利用してシリンダー内に蒸気を満たしたり凝縮させ、水を汲みだす為のピストンを上下降する仕組みでしたでしょうか。多くの燃料消費を要するのは、一つのシリンダーを交互に熱したり冷やしたりするせいで、冷却されたシリンダーの加熱の度に石炭を消費し、それが消費の悪さに繋がっていると。そう、家庭教師の授業で聞いた事がありますわ。現状、改良方法が見つかっていないとか……」



 今では燃料消費が問題とされている蒸気機関だが、開発された当初は多額の費用を要する蓄力に代わる革新的な機関として持て囃され、この国の歴史書にも記述が載っている。だから歴史の授業で聞いた事があるのだ。

 ホルルシェが驚いたように目を見開き「その通りです!」と感心したような大きな声を出す。何故かルーヴァ二の視線を感じた気がしたけど、振り向きたくなくて気のせいだという事にした。

 と、発明家としてのスイッチが入ったように、緊張していたのが嘘のようにホルルシェの表情が真剣なものへと変わる。その見事な変わり様に、やはり発明家なのだと感心する。



「フィリリア様もおっしゃられていた現状の我が国の蒸気機関をどうにか汎用化できないかと俺は考えてきました。それで、学生時代、そこで得た学友の協力を元に研究したところ設計を行いました。こちらになります」



 緊張など完璧に消えてしまったのだろう。物怖じする事なくホルルシェはテーブルの下で握っていたと思われる設計図をテーブルに広げて私達に見せてくれる。そこには素人の私でもその凄さが分かる緻密な設計図があった。

 チラリと、密かに視線をやってルーヴァ二の反応を伺えば、見定めるような鋭い視線を設計図に向けている。まるでナイフのように紙が裂けてしまいそう……。



「この部分に注目下さい」



 ホルルシェが指を差したのは、問題となっているシリンダーだ。



「現在の蒸気機関はこのシリンダー一つでボイラーによる加熱、汲み上げた水の直接噴射による冷却、そして再びの加熱を繰り返しています。そのせいで多くの燃料消費を必要とし、効率が悪い原因となっています。だから、シリンダーとは別にこの部分に、凝縮器を作る事によって凝縮器に冷却の役割を持たせ、反対にシリンダーは常に温められた状態を保てるようにすれば、加熱に多く消費していた石炭を減らす事に成功し、燃料の効率を改良できると思います」



 ホルルシェは続いて、お湯を沸かして蒸気を発生させるボイラーから発生した蒸気がピストンを上端に達すると蒸気の吸入バルブが閉鎖されて、その代わりに凝縮器への蒸気の通過を制御するバルブが開き、冷たい凝縮器に移動した蒸気が水に凝縮する事によって通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態になり、ピストンが下降する仕組みを造り出す事に成功すると説明する。



「……そなたの説明は分かった。実現すれば確かに現状よりも燃料を減量することができるだろう。この機関を炭坑以外にも、従来の動力を必要としていた機械と連結させる事が可能になれば、人力、畜力、水力、風力に変わった動力となり、我が国の産業は大いに発展するだろう」

「はい、積み重ねと都度の改良が多く見込まれますが、私はそう考えております」



 真剣に話し合う二人を見て、ホルルシェを持て囃して取り入るべきだと理解しているのに、口が挟めなかった。

 先を見据えるルーヴァ二の鋭い瞳に、普段の不満はどっかに飛んでいき、凄い人なのだと素直に感心したのと同時に、何故フィリリアがルーヴァ二に捨てられたのか理解してしまった。



「ホルルシェ、そなたが話した事について宰相に掛け合い、次の議会にて審議させる。その場に、考案者としてそなたの出席を命じる」

「お、俺をですか……!?」



 ホルルシェは顔色を失い酷く狼狽える。無理もない、今まで平民として生きていたのに貴族の塊でしかない議会に出席させられるなんて断頭台送りにさせられたような心地だわ。



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