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005: リアル

「おおー!すっげー」

 

 レンガ造りの家々が連なる街並みに、賑わいを見せる商店街。日本から一歩も外に出たことない俺からしたら、海外旅行にでも来ている気分だ。


「ヒビヤ殿、グリーンコックスは初めてですかな?」


「そうっすね。まぁ行くとこだいたい初めてなくらいの田舎もんなんで」


「はっはっはっ。ご冗談を。ヒビヤ殿の体つき。仕事でついたとは到底思えません。きっと育ちが良いのでしょう」


 中肉中背で、筋トレなんて今までしたことなんてない。子供から働くのが当たり前なこの世界では、俺の体は綺麗に写るらしい。こちとら根っからの引きこもりゲーマー体質だってのに。過大評価すぎる。

 

 ーー今俺達はアリシア、というか皆の夜ご飯の買い出しに来ている。何かアリシアの助けになりたいと名乗り出たものの、事務作業を任された俺は生憎と、文字が読めず役立たずもいい所だった。加えて簿記の勉強なんてしたことない俺は、四則演算以上の役割を持てない。


 故にこうしてマスヴィウムさんに付き添って買い出しに行っているというわけだ。まぁ、マスヴィウムさんだけでは無いんだが。


「ハッ!ホラもここまでくると笑えねぇよ。こんな、なんも知らない無一文がいいとこ育ちとは到底思えねぇ」


「ぬぐ、ガキんちょよう。確かに俺は平々凡々野郎だが、そこまで言われちゃ黙ってらんないな。俺は勇者だぜ。勇者。まぁ確かに不可抗力でなっちまったもんだが。きっとこう、今にもすごい力がーー」


 勇者という単語を聞いた途端スチアートが眉をピクリと動き、血相を変えて俺に咆哮をぶつけてくる。


「ふざけろ。貴様。勇者だと?貴様如きが?ナメるなッ。お前のような軽薄で胡散臭い男にその言葉を口にする権利はない!アリシア様がお許しになったとは言え、俺は決して認めない。お前がアリシア様の寝首を搔く前に俺がお前を叩きのめす!」


 周囲の目線が集まり、たちま注目の的となる。


「っち。俺がアリシアを狙うわけが無いだろ。俺はただあの娘の力になりたいだけだ。お前こそどうなんだよ。お前とアリシアに何があんのかは知らんけどよ。子供の決意なんてたかが知れてんだよ。ガキんちょは所詮がきーー」


「うるさいっ!」


 スチアートは鋭く黄金の瞳で俺を睨みつけてくる。人集りはますます増え、何事かと有象無象の衆ができあがる。


「今日の夜更け。コックグランの丘上で貴様を待つ。その腰の剣が飾りでないというのなら」


 コートをなびかせその場を後にする。


「まぁ落ち着きましょうぞ、ヒビヤ殿。その前に、屋敷に帰って夕飯の支度を始めなくては」


「……はい。マスヴィウムさん」

 

 

 

 ※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 屋敷に着くとスチアートの姿はなく、キャントが一人でせっせかと料理を始めていた。案外家庭的だなと思いつつ、俺はもちろの如く料理など出来ないので食器を並べる等をしていた。


「まーた喧嘩してんの死体君?普段あの子はそんなに他人に興味がないんだけどね〜。お姉さん気になっちゃうな〜あの子をああまでさせる謎の死体君のこと」


「いや、別にそんなんじゃないさ。ただちょっとまあ、突っかかって来るから、売り言葉に買い言葉的なやつだよ。定型文。定型文。喧嘩でもなんでもないさ」


「ふーん」と言って会話が途絶え、ガチャガチャと料理に専念している。いい香りが立ち込んできて、お腹の虫が喜んで悲鳴を上げている。


 ーーその時屋敷の扉が開く。


 玄関と言えばいいのか、エントランスとでも言えばいいのか。扉のまえの大きい広間にそいつはいた。


「おーやおやおや。どーも初めまして。お初の顔でしたかね。私はベルティア・ヴィ・アダマスです。以後、お見知り置きを」


「おおう、なんだか見るからに怪しそうな野郎だな」


 白いおカッパの髪に、豪華なローブを羽織っている。指や首もとにはアクセサリがジャラジャラと付けられて、いかにもって感じで胡散臭い。


「どうしてお前がここにいる」


「うーん、手厳しいねーミスキャント。今日はちょーっと様子を見に来ただけさ。なーに君たちの姫さんに手を出そうってんじゃないんだからさ」


「ベルティア殿。今日はお帰りいただいた方がいいかと。こちらも、色々立て込んでますゆえ」


「そーしようかな。邪険にされるのは慣れてないから、心が痛くて仕方ないよー。出直すとしちゃおうかな。それじゃあまた」


 変な喋り方だ。どうもテンポが悪い。


(ん?なんだあれ)


 ーー線。確かゴブリン達と戦った時も同じ線が。皆には、見えてないのか?


 その線はベルティアと名乗る男のローブに紐づいてる。蜘蛛の糸のように、ふわふわと空中を浮かんでいる。その線の先には一人の老男。マスヴィウムに繋がっている。


(なんで、マスヴィウムさんに……。それよりなんの意味があるんだこの糸)


「ふふ」


 帰り際、俺にだけ見せるようにベルティアが微笑みをかけて行ったように見えた。


 なんだアイツ。俺にはそんな趣味ないんだが。ホモはよそでやってもらいたい。俺には今、アリシアという心のリトルマイエンジェルがいるんだからな。


「そういや、アリシアはどこだ?」 


「アリシア様はまだ帰ってきてないよ〜。ああ見えて忙しい方だからね〜」


 アリシアがどんな身分で、何をしているかは俺は知らない。一度聞いてみたが、何となくではぐらかされてしまった。


(俺はアリシアのために剣を振ろうと決めたんだ……今は信用出来ないかもしれないが、きっと信頼を勝ち取って、アリシアのためにあの力を使おう)


 あの力。ゴブリンと戦った時に感じたあの剣技。あれがあれば、何だか誰にも負ける気がしない。理由は特にないけれど根拠のない自信がある。きっと剣を握れば力が湧き出てくるだと直感的に感じている。あの放課後の学校で、意味深な言葉をかけてきた女ーーあれによれば俺は勇者。記憶がなく、ピンと来なかったが、今ならわかる気がする。あれがその為の力。


(はぁ。分からないことだらけだ。VRゲームもどきの異世界。バグを起こしたかのような最初の選択場面。アリシアが言うにはモンスターなんて滅多にエリアだった所に謎のゴブリンの郡勢。死んだ後の記憶の欠落。放課後に見たあの女。それに、アリシアのこともーー)


 キャントが作った夕飯を早々にたらふく食べ、夜の街に足を運ぶ。皆は仕事が残っているらしく、一人で寂しい晩餐をおくった。アリシアから見繕ってもらった剣を腰に携え目的の丘上を目指す。

 

 

 

 ※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

「よく来たじゃねぇか。ホラ吹き野郎」


「だーれがホラ吹きだこら。別に俺が名乗ったわけじゃないんだよ。勇者ってのは。周りが言うからちょっと乗っかっただけだっつの」


「ベラベラと喋るために呼んだわけじゃねぇ。抜けよその剣。飾りじゃないのなら」


 雰囲気が変わる。スチアートから抜かれたその剣は俺に向けて敵意を表している。


 息が詰まる。


 ーー常軌を逸している。としかいいようがない。たった軽口を交わすように煽っただけの会話でここまで本気になるのか。ここでの常識は今までの俺の人生辞書じゃ到底処理が追いつかない。


「別にそんなつもりじゃないんだよ」なんて言えば首元を一瞬でかっ切られそうだ。それだけの殺意の眼差しを感じる。


(くそっ。アリシアを慕うやつと対立なんてしたくはないのに)


 鞘に手を当て、その剣を引き抜く。重い鉄の塊。普段の俺なら持ってるのだけで精一杯のはずの代物。それが軽々と持てている。そんな小さな発見に気づく事が出来ないほどの感情が俺を埋めつくしていた。


(あ……れ、なんだこれ)


 力が上手く入らない。握っている手と剣の柄が汗でぐしょぐしょだ。息の吸い方ってどうだったっけ?それに頭が重くなってきた。


「はぁ……はあ」


 視界が歪む、汗でスチアートが上手く捉えられない。


 手が、足が、心が怯えている。

 頭の中で映像が流れ出す。血。血。血ーー

 ゴブリン達との戦いで見た光景のフラッシュバック。


「ハァッ!」


 飛びかかってくる金髪の獣人。


「ーーっぐ」


 剣を剣ね受け止め……否。弾き飛ばされる。


「っかは」


そこからは一方的なまでの暴力。フラフラな状態の俺を尽く痛めつけてくる。実力を分からせるかのように。


「この程度で勇者だと。ふざけるな!好みの女に尻尾震っているだけの駄犬が。なんの能力もない。なんの力もない。かと言って見上げるほどの頭脳も賢さも持っていない。環境だけに身を委ね、そこにあぐらをかいているようなやつが、本気でアリシア様のお心を傾けられるとでも思っているのか」


「っち。くそ。しかた……ないんだよ俺は。はぁ……はあ。平和な国の平和な一般市民だからよ。お前に言われる筋あ」


「うるせぇよ」


 言葉を遮るように。低い声で唸る。


「俺は向上心がないやつが嫌いだ。特にお前のように、安全な場所で何もせず、ただのうのうと、平和を食い散らかす。誰かの苦労の上に立つ食事を何も知らないような顔で、ただぶくぶくと貴様の胃袋に持っていく。その様が気に入らねぇ。そして俺が……僕が心から望む勇者の名を語るお前が、大嫌いだ!」


 言葉の終焉を機に、一瞬で間合いを詰めてくる。


「はぁっ。てやぁ!」


 防戦一方。恐怖と血みどろの記憶で上手く剣が握れない。


(くそ、線が。あの線さえ出てくれれば……)


 ゴブリンを薙ぎ払ったあの線は出てこない。見えていない。感じられない。


 ーー自惚れ。

 異世界転生で勇者。そんなの期待しちまうじゃねぇか。ラノベみたいに最強主人公って皆に慕われて。敬わられて。

 何かチート級の能力なんかがあったりしてアリシアにも好かれるんじゃないかって。期待してた。でも現実はこうだ。

 いつも何かに不満そうで。退屈に感じてて。何も起きない現実に毒を吐いて。周りに流されながらも、平穏に坦々と社会の歯車になる自分に酔っていた。

 それは神様は許してくれなかったのだろうか。





「お前は終わりだ。ニンゲン」

  

 


 

 

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読んだ感想です。 キャラクターの一人一人が立っていて、見ていて飽きないなと思いました。 世界観の構築もしっかりしていて、作者様の想像がそのまま読者の胸にすとんと落ちる感覚はとて…
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