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ノブリス・オブリージュ ~引きこもり令嬢が何故聖女と呼ばれたか  作者: 剥製ありす
第五章 引きこもり令嬢が何故聖女と呼ばれたか
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第17話 運命

「……すごい」

「ああ、やはり王宮は美しい。外から見る分には、だが」


 ルナが行動を開始したと報告を受けた私たちは二手に別れた。聖女親衛隊ことレイラたちは王都各地の貴族の館、自分たちの親のもとへと帰って行った。私の救出の成否に関わらず、王都へ帰還したらすぐに家へ戻るという約束だったらしい。まあ、当然だろう。誰だって家族が大事だ。

 一方私たちは護衛されながら街道を進み、王宮外周部へ直行。第一街道と呼ばれるその道は学園へ繋がる道でもあり、普段は多くの人で賑わっている。通ったのは結局五回か六回だとはいえ、なんとなく立ち並ぶ店の雰囲気などを覚えているくらいには馴染みがある。それもあってか、シン、と人気(ひとけ)のないその様子は余計に異様さを感じさせた。ちなみに護衛の騎士さんたちもやはりアヤメが気になるようだった。ラブリッドさんは大方マリアーナ・アイリスから聞いていたのだろう、特に気にした様子はなかった。


 ……そして到着した王宮外周部、王宮を環状に取り囲むその鉄柵の外側には、所狭しと騎士たちが並んでいる。彼らの警備する――――実際には包囲なわけだが――――コの字型の巨大な建物、王宮。私はそのあまりの存在感に圧倒され、一瞬状況も忘れて見惚れてしまった。

 元は更に鮮やかだったのだろう、年季を感じさせる外壁は赤土色を基調とし、柱部分はベージュで統一されている。灰色の屋根は様々な彫刻で彩られ、中央の建物の屋根付近には大きな時計が埋め込まれている。……これが、王宮。イメージとは違って縦ではなく、横に大きいのはかつてこれが建てられた当時の王家が身分の平等を意識していたことの顕れだったりするかもしれない。少し前まで王都にいたというのに特に意識していなかったこの王宮は、こうして改めて視界に収めればとてつもなく、ただ単純に美しかった。

 思わず零れた、そんな素直な感想に父が複雑な表情で答えたところで、こちらから見て正面……正門前で待機していた一団から一人の騎士がこちらに駆け寄って来た。


「将軍!」

「ああ。状況はどうだ?」


 ラブリッドさんは焦れったそうに敬礼を返すと即座に状況を尋ねた。まだ外周の包囲が解かれていないことから内部の制圧は完了していないのだろうが、見たところ騎士たちは緊張を保ちつつも落ち着いた様子。悪い事態にはなっていないと思いたい。


「はい。先ほど王宮内部から抜け出して来た女中に話を聞いたところ、王女殿下による内部蜂起はひとまず成功。目標を除く、従者や近衛などほとんどの人員が味方に付いているようです」

「とりあえずは計画通り、か」

「は。目標はどうやら会食の最中だったようで、現在は各所を制圧しつつ、彼らを一網打尽にすべく玉座に向かっているところだそうです」

「なるほど。しかし今この時に会食とはな。我々にとっては好都合だが……はて、中枢にも協力者がいたかな?」

「はは、御冗談を。この計画に協力するような人物なら、そもそも“中枢貴族”などと呼ばれていませんよ」

「まったくだな。……よし、報告感謝する。部隊に戻れ」

「はッ!」


 ルナはかなり順調に事を進めているようだ。それに気を良くしたのか、はたまた騎士たちの緊張を解すためか、ラブリッドさんは軽くそんな冗談を絡めるとふー、と一息ついて。それから何処か悲しそうに王宮を見上げた。


「……堕ちたものだな」

「だからこそ、変えるのだろう? ラブリッド」

「ハッティリア。……お前は事情が違うからわからんかもしれんが、仮にも一度忠誠を誓った相手に対し剣を向けるというのは悲しいことだよ。その相手が彼らだからではない。私が騎士だからだ」

「騎士、か。……俺はただ、アリシアを守るために戦っていたからな」

「ああ。確かに、お前は騎士って柄じゃない。勇敢な一人の男だよ」

「やめろ。アリスや義父上の前だ。恥ずかしい」

「ほっほ、今更なにを言う。そんなお前だからアリシアを任せられたのじゃ」


 言った祖父と同様、父とラブリッドさん、それから私とベルさんも、みんな母の名に寂し気な顔を浮かべたが、誰もなにも言及しなかった。心配したように見つめるアヤメを大丈夫だよ、と撫でつけて。唯一面識のないミラさんはちょっぴり居心地が悪そうだった。


 少し悲しい沈黙の中、ふと振り返った祖父がすまん、と言って街道の方へと戻って行った。その先の角、路地の入り口辺りに若い男が一人、こちらを伺うようにして立っている。察するに、諜報部の者だろうか。何か各地の新しい情報でも入ったのかもしれない。……でも、こんな状況で路地裏にあの人と二人、というのはちょっとだけ心配だ。そんなことはないだろうけど、もしかしたらあの男の人が実は祖父と敵対する派閥の人だった、とか、反体制派が諜報部のフリをしていた、とか……いや、考えればキリがない。祖父が大丈夫だと判断したなら大丈夫なのだろう。


「わうっ」

「えっ……」


 それでもやっぱり心配で眺めていると私の不安を感じ取ったのか、アヤメが一つ鳴くと祖父の後を追う姿勢を見せた。私の身体的安全はとりあえず確保されていると判断したのだろう。少しでも精神負担を減らそうとしてくれているらしい。

 迷うが、直接目にした祖父の実力に加えアヤメが付いてくれるなら安心だ。ありがと、と横腹を撫でるとアヤメは嬉しそうに鳴いて祖父の後ろを追っかけていった。気付いた祖父がまずアヤメを、次に私の方を見てどうも、と手を挙げ、そのまま路地の方へと消えていった。

 そうして視線を王宮へ戻そうとして、けれどなんとなくベルさんとミラさんを見る。そっと頭が撫でられた。


「どうされましたか、アリス様」

「う、ううん……」

「大丈夫ですよ。アヤメが付いてれば百人力です、私も助けられましたから!」

「うん。……そだね、ありがとっ」


 祖父の心配をしていたのを察した二人が励ましてくれて。

 まあ、すぐに戻ってくるだろう。革命がいよいよ大詰めのところまできて、余計に慎重というか、臆病になっているのかもしれない。悪いことではないけど。


 ……ともかくあとは、ルナが無事出てきてくれるのを待つばかり――――と、その時。

 にわかに王宮の方が騒がしくなる。視線を戻し、鉄柵の向こう側へと目を凝らす。私たちだけでなく、待機していた騎士たちまでもが同じ行動をしていた。

 どうなってる、ルナたちが出て来たのだろうか。ここからでは上手く見えない……


「……あれは」


 ラブリッドさんが一点を凝視して呟く。視線を追ってみるが、鉄柵に張り付いた騎士たちの背中に阻まれてやはり見えない。誰からともなく上がった歓声が、次々に連鎖して膨れ上がっていく。思わず耳を塞いでしまいそうなくらいだった。

 焦れったい、べる、だっこ……。


「――――リスッ、アリスはッ……!?」


 同じく食い入るように王宮を見つめているベルさんの手を引っ張って抱え上げてもらおうとして、ひっきりなしに大きくなる喧噪の中にそんな声を見つけて。


 独りでに足が動いた。

 ギギギ、と開かれた門の内側。騎士たちを掻き分けるように顔を出した真紅深緑の双眼と、目が合った。


「るなぁっ……!」

「……っ、!? アリス!」


 視線も声も、その一瞬だけは世界の外にあった。

 ただ私と、ルナだけが。同時に直線となって駆け寄り、抱き締め合った金と銀だけが、その世界にあった。


「ああアリス、アリス、無事だった……よかった……」

「るな、るなぁ……」

「大丈夫? 怪我とか、ない?」

「うん。るなは?」

「ええ、大丈夫よ。……本当によかった」


 服が汚れるのも気にせずにその場に座り込み、ルナと抱き締め合いながら互いの無事を確かめ合ったところでようやく世界が追いついた。

 存在を取り戻した声や視線が次々と知覚される。髪色のせいですぐに察せられたのか、あれが聖女様か、などと至る所で話されているのに気付いて、脇目も振らずに走り出したというのにしっかり手に握られたままだった相棒を抱きかかえて熱い頬を隠した。それを見たルナがへにゃりと安心したような、あるいは苦笑するような表情をして。遅れて駆けて来た足音はベルさんとミラさん、そしてルナの背後からもステラさんがこっちに歩いてきた。


「私というものがありながら。王女殿下はよほどフェアミールさんに夢中のようで」

「ステラさん。ご無事で何よりです」

「貴女方も、ノクスベルさん。王女殿下ほどではないかもしれませんが、私も心配しておりました」


 ステラさんの調子もいつもどおりのようだ。実際にはそれほど長く会っていないわけではないというのに、何処か懐かしさすら感じるこの雰囲気に安堵すら溢れた。素直に、ルナたちとこうして無事に再開できたのは喜ばしいことだ。

 ……でも、まだだ。不安が一気に晴れてついつい緩んでしまったが、まだこんな風に浮かれているべきではない。


「るな」

「ん」


 一言で理解したルナが私の背中に回していた腕を解き、立ち上がると門の方を振り返って示した。従ってそれを追うと、父やラブリッドさんは既に騎士たちに囲まれながら指揮を執っていた。見覚えのある顔、ルナの親衛騎士の人たちや、見慣れない服装の騎士たち。おそらく王家直属の騎士団だという近衛の人たちだろう。彼らが十全に警戒を巡らせながら引き連れているのは。


「あのひとが……おう、さま」

「まさか私たちがこんな行動をするとは思ってなかったようね。全員簡単に捕縛出来たわ。もしかしたらまだ状況を理解していないかも」


 妙に饒舌に捲し立てるルナの言う通り、縄で両腕を縛られたままなす術なく正門まで連れて来られた国王たちは呆然とした顔で、何が起こっているのかまだはっきりとわかっていなさそうだった。王国の混乱を引き起こした張本人たちだとはいえ、こうしてみると少し哀れというか、可哀想にも思えてしまう。確かに彼らもその一部であるとはいえ、何も今のこの貴族と庶民の対立すべての元凶というわけではないからだ。

 彼らの視点からすれば、自分たちがたまたま運悪くツケを支払わされることになったと言うほかない。すべての責を求めるならばそれはこうなるまで放置されていた社会システムそのもの……言うなれば時の被害者でもあった。


 なんだ、一体なにが、と強張ったままの国王に、ラブリッドさんが一歩前に出て跪いた。


「……時代は変わったのです、陛下。いや、原点に戻ったと言うべきですかな。もはや王家や貴族階級のみが贅沢を謳歌し、そのために庶民を利用するような狼藉は許されません」

「ホワイトリード、貴様ッ……将軍に立ててやった恩を忘れたか!」


 大声で叫ぶ国王。

 下げた(こうべ)にその怨嗟を甘んじて受けるラブリッドさんの傍に、父も跪いた。


「ラブリッドも私も恩義を忘れてなどいません。ですが、それと治世は別の話です。王国はいまや本格的な飢餓の危機にあります。交通網は麻痺し、庶民たちは貧困と過酷な労働に喘いでいる。それを見捨てるどころか更に追い立て、対策も講じず、彼らの血と肉で積み上げられた富をただ貪り続けた貴方方に、王国を預かる資格はありません」

「ふざけるなッ、貧民風情が! 英雄などと持て囃されて増長したか!」

「貴様ぁ!」


 それに答えたのは、父でもラブリッドさんでもなく、周囲の騎士たちだった。

 彼らにとって二人は憧れであり、最高の敬意を払っている二英雄。それを侮辱されたことで、長年抑えていた感情がついに爆発したのだろう。


「何が国王だ! 少しは王宮の外に目を向けてみろ!」

「そもそも、戦争のどさくさに紛れて賢王様から無理やり奪った玉座だろうが! この大逆者どもがッ!」


 さすがに孤立無援の状態で四方八方から責め立てられては返す言葉もなく、国王はもごもごと口を動かすと俯いて口を(つぐ)んだ。その後ろで王妃と中枢貴族たちがぶるぶると体を震わせている。……目を、背けそうになった。

 でも、目を逸らしてはいけない。この革命の首謀者である私は、この光景から決して目を逸らしてはいけない。彼らがこれからどうなるかはわからない。死刑ではなく、生きて罪を背負う方向で処罰が下って欲しい思いもあるが、重罰を科されるのは確実。どうなろうと私にはそれを最後まで見届ける義務があった。

 高まる熱気をそこまでにしておけとラブリッドさんが収めるのを見守りながら……



「……ばか」



 ルナの零したそんな呟きに。

 グッ、と。息が詰まった。


 これ以上の負担を避けようと無意識の内に考えないようにしていたのかもしれない。いや、きちんと心の奥底では理解していた。革命を起こすということが、どういうことか。だからこそルナは位置(ポジション)が最適だというのを置いても、自ら王宮制圧の任に進み出たのだ。

 そうだ。今更何を言う。……けれどそれでも、国王は、王妃は。


「るな……」


 ――――両親なのだ。

 第一王女。唯一の王女。彼らの、たった一人の娘。

 変えようのない事実。彼らは、ルナの両親だ。


「……でも」


 しかし、彼らがしてきたことも、また変えようのない事実だった。


 ほとんど育児を放任され、ただ王女としての価値だけで見られている。とても家族と呼べるものではない。……ルナはいつも、そんな風に両親のことを語っていた。


 でも、私は知っていた。気付いていた。それでもルナは、いつだって彼らのことを“両親”と呼んでいたのだ。

 零れる罵詈雑言は、まだ家族として見ているからこそのもの。ちゃんと真っ当な王と王妃になって欲しくて、だからこそ。ずっと見ていたからこそ。

 ……だってルナは、ルーネリアの姓をあれだけ堂々と名乗っていたのだから。


 どうにかして彼らを変えようと必死に努力を重ねたのだろうか。

 せめて自分が王女らしくあることで評価を上げようとがんばったのだろうか。


 私には、今のルナの気持ちはわからない。

 私が知っているのは、あの時学園で出逢ってからのルナだけ。その前のことは何も知らない。

 静かに震える親友の背中に駆ける言葉は、結局見つからなかった。


「……ルーンハイム様」

「ステラ……ごめんなさい、わたし……わかってる。自分で、決めたことだもの」

「お体を、抱き締めても」

「……うん」


 ステラさんの腕の中で必死に涙を堪えるルナ。そんな姿に気付いたのか、先ほどまで怒りを露わにしていた騎士たちはバツが悪そうに黙り込んだ。囲んでいた騎士たちが一歩下がったことで視界が開け、同じくそんなルナを目にした両親……国王夫妻は裏切り者、とばかりに憎々し気に睨みつけてから視線を外して。けれどその横顔は何処か、複雑な表情をしているような気がした。


「ありがとう、ステラ。……もう大丈夫」

「ですが……いえ、畏まりました」


 そっとステラさんから離れたルナは目元をゴシゴシと拭って、空を仰ぐように息を吐き出す。

 無神経に照り付ける太陽に瞼を瞑って、私に振り返った。


「アリス」

「るな」

「……終わらせましょ」

「……うん」


 寂し気なその微笑みが、私の心に強く刻まれる。

 ラブリッドさんが無言で騎士たちに合図して、頷いた彼らは部隊ごとに分かれて街へ散っていく。自宅に待機、あるいは避難していた庶民や貴族、魔導師たちをこの場に呼ぶためだ。


 ……即ち、計画の最終段階。

 私とルナによる、革命宣言だ。


「こちらへ」

「うん」


 ステラさんに従い、ルナと一緒に正門をくぐり、コの字の内側へ。

 気を利かせてか、私とベルさん、ミラさん。そしてルナとステラさん以外のみんなは国王たちを連れて十数歩ほど遠巻き、鉄柵のすぐそばに移動した。

 王宮中央の大きな時計を背にして向き直ると、第一街道が一望できる。ここから近い順にぽつぽつと、既に住民たちが顔を見せ始めていた。それに混ざって一番近くの角から灰色の鼻先が覗く。アヤメ……と、祖父だ。話は終わったらしい。二人はそのままこちらへ早足で寄ると、父たちの隣に並んだ。


「すまん、出てくる時を逃してしまっての」

「わう」


 確かに、あの空気の中すっと戻ってくるのは中々に気まずいだろう。そう言って髭をしゃくった祖父は庶民が集まり始めているのもあって堂々と話すわけにもいかないのか、隣の父とラブリッドさんに何かを耳打ちしていた。今さっき聞いた情報を共有しているのだろう。その何かを聞いた二人は少し驚いたような顔をすると考え込むように頷き、それから私とベルさんを見た。この宣言が終わったら、私も教えてもらおう。


「……これで、やっと」


 革命が、成されるんだ。だというのに不思議と達成感のようなものも、気の緩みや疲労すらもなかった。

 ……まあ、正確には終わりではない。まだこの後、ここでこういう宣言があり、蜂起はもう終わったのだという情報を各地に伝達せねばならない。それは主に軍がこなしてくれるわけだが、場合によってはまだ私たちも動くことになる。王女と聖女の旗印を掲げて各地を訪れ、本当に終わったのだということを認識してもらって地域を安定させるのだ。

 ともあれ、宣言自体はそんなに難しいものではない。

 “王女と聖女の名に置いて、革命は成された。私たちはここで今一度原点へと立ち返り、ノブリス・オブリージュの信念のもとに王国の復旧と再興を誓う”……そんな文言を、ルナと一緒に宣言する。もちろん私たちの声では集団の後ろの方にまでは声が届かないが、そこは軍で使用されている拡声の魔具を使って何とかするらしい。


 瞼を瞑ってそんなことを再確認していると、いつの間にかざわざわがやがやと話す声で周囲が包まれていた。再び目を開ければ、捕らえられた国王たちをいい気味だと嘲笑する人、あれが噂の、と私たちを伺うように見つめる人。それから親と一緒に戻って来たレイラたちに、学園祭の時に見かけたような気がする魔導師の人々。クロリナさんが着ていたような服装をした一団は、教会の人たちだろうか。


 ……彼ら彼女らが宣言を受け入れてくれれば、革命はひとまず成功に終わる。

 ようやく、現実感が湧いてきたようだ。


「姫」

「アリス様」

「アリス」


 一歩後ろで控えるベルさんとミラさんから。そして隣に立つルナから。声こそ出さなかったけど、ステラさんから。

 穏やかな視線が注がれる。きっと受け入れてくれる、心配しないで、と。そう言ってくれているのだろうか。


「うん。ありが―――――……ん?」


 とう、とそう微笑みを返そうとして、ふと。

 視界の端に、ナニカを見つけた。


 どうしてか、それを見逃してはいけない気がして。ザワザワと変な胸騒ぎがして。

 その違和感……いや、“既視感”の正体を、群衆の中に探す。


「アリス様?」


 先ほどまで祖父がいた路地の角。

 ふわりと風に揺れた、それは。


「ぁ……?」


 その、“フード”は。



「――――死ね」



 太陽に照らされてギラギラと反射する、いつか見た“矢”が(つが)えられたその後ろ。

 フードの影から覗く、憎悪に歪んだ口元がそう紡ぐのを。


 私は、はっきりと耳にした。

次回更新は本日18時です。

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