第17話 今昔御伽噺
「あまり刺激するな! すぐに即応が来る、それまでなんとか時間を稼ぐぞ!」
「生活を返せ!」
「そうだー、私たちの財産を返せーッ!」
期待と不安の入り混じった視線を背に、寮を出た私たちは門へと向かう。いつもはちょろちょろと心地のいい癒しを提供してくれる噴水の音など聞こえはしない。ひたすらに庶民の人々の怒号と、それにかき消されぬように張り上げたラブリッドさんたちの命令の声ばかりが響く。これでも生徒からの悲鳴がなくなったことで多少はマシになったのかもしれないが、この圧の前ではそんなことは気休めにもならなかった。
雨で濡れていく体、と相棒。……まだ、剣は抜かれていない。今にも気圧された誰かが間違いを犯しそうな一触即発の空気ではあったが、今ならまだ間に合う。ルナの親衛騎士やラブリッドさんの直属の部下など、少数とはいえ騎士の中でも精鋭と呼ばれるような人たちばかりだったのは不幸中の幸いだったかもしれない。私はそういった訓練や人の心理に詳しいわけではないが、これが新米の騎士であればとうに錯乱していたに違いない。それほどの熱気だ。
勢いよく走り寄っては刺激を与えかねないと考え、早足で歩いて近寄る。気配を感じてか振り返ったミラさんが私たちに気付いた。
「ひ、姫っ……!?」
素っ頓狂な声を上げたミラさんは慌ててラブリッドさんの肩を叩いた。そうでもしなければ声も届かないのだろう。もう一つ何か命令を飛ばしたラブリッドさんはミラさんの方を向いて、なんだと切羽詰まった様子で尋ねている。
「姫が、王女殿下がっ!」
「なに? 何を言って――――」
ラブリッドさんはミラさんの伸ばした指の先を辿って首を曲げて、そうして私と目があった。驚愕に見開かれたその瞳には何故という疑問とどうして出てきたという叱責が含まれていた。聞こえないだろうとは理解しながらも私は小さくごめんなさいと一度頭を下げて。
「アリス嬢、王女殿下! 寮へお戻りくださいッ、ここはまだ危険だ!」
最後には叫ぶようになった必死の言葉はしっかりと私たちの耳に届いて、それでも歩みは止めなかった。危険なのはわかっている。だからこそ今、その先の最悪に陥る前に止めなければならないのだ。ルナと視線を合わせ、静止も聞かずにラブリッドさんとミラさんのすぐ側まで急ぐ。
「どうして来た!? くっ……、ミランダ、彼女らを寮へ」
「まって!」
戻せ、と。ミラさんにそう命令が飛ぶ前に、喉が破れそうなくらいに声を張って遮る。今までそんな姿を見せたことはなかったからか、そのまま言葉を止めたラブリッドさんを真摯に見つめた。続いてルナが繋いだ手を離し、叫ばなくても聞こえる距離まで近寄って。
「少しだけ、時間をくれないかしら」
「……どういう、こと、でしょう。王女殿下」
「危険なのは十分にわかってる。逆に一層彼らの反感を沸きたてかねないことも」
「ならば」
「けれどここで無理やり鎮圧するようなことになれば、もう対話の道は二度と開かない!」
「それは……わかっている。だが、どの道こんな状態では彼らも聞く耳など持たん、貴族なら尚更だ!」
その剣幕に怯んだルナにハッと、年齢か、或いは王女だということを思い出したのか、ラブリッドさんは少し落ち着けた声で諭すように続けた。無論そんなことは理解していて、だがひとまずこの場は収めなければならない。一連の混乱が一応の収束を見せてから、改めて対話の場を設ける、と。確かにその方が合理的ではあるだろう。でも、人の感情は合理では動かないのだ。それでは結局、抗議を抑圧されたという反感が残ることには変わりない。それではきっと、本当にその場しのぎにしかならないのだ。一番国家の力が強く、多数の騎士団駐屯地やその他関連機関の施設が存在するここ王都でこんなデモが起こるというのは、最早庶民の人々の不満がとうに限界を超えていることの証左に他ならないのだから。
「ええ、貴族ならそうでしょう。……でも、私たちなら! ここに通う生徒たちの中でも飛び抜けて若く、王女である私と、アリスなら!」
「それは……」
ルナがそう反論したところで、ラブリッドさんは勢いを弱めた。ルナの言うことにも一定の理はあったからだ。
確かに彼らはこともあろうに貴族の“子ども”が通う、この学園に押し寄せた。武装まではしていないとはいえ、それは直接害するほどの敵意はないというわけではないだろう。学園の生徒は子どもとはいっても、みんな十代中頃からそれ以上の年齢には達していて、勿論顔立ちに若さは感じるもののその背丈などで言えばもうほとんど大人と遜色はないのだ。だがそれでも、“私たち”ならどうだろう。私は六歳、ルナは八歳。体が成熟しているはずもなく、文字通りの“子ども”だ。若いというより、幼いに入る見た目をしているのだ。彼らが貴族の子どもを引きずり出せという過激な言葉とは裏腹に武装はしていないことを鑑みるに、まだ良識が残っているはずなのだ。それならば、私たちのこの幼い容貌は、彼らのヒートアップした感情を多少は冷ませるのではないだろうか。感情は合理ではないが、同時に理性と結びついているものだ。私がつい先ほど部屋で錯乱しかけた時に、飛び込んできたラブリッドさんたちによってそれを取り戻したように。敵意を向けている相手の幼さという衝撃で以て、理性を取り戻させようということだ。
「だが、それは一時的なものにすぎない」
「ええ。でも、その一瞬は私たちが語りかける時間が確保される。説得に失敗したなら大人しく寮へ戻りましょう」
しかし、と迷い始めたラブリッドさんの後ろで、一際大きな怒声が鳴った。その主の男が門の鉄柵を両手で掴み、今にも此方側に乗り出してきそうな勢いだ。やはり、門を守る騎士の人たちとの圧倒的な人数の差がより彼らを強気にさせているのかもしれない。やがてそれらは伝染して更に増幅され、辛うじて残っている彼らの理性はついに身を潜めてしまうだろう。良くも悪くも、人は基本的に集団で動く生き物だ。
「……あの様子では、どの道暴徒と化すのは時間の問題。もうほんの少しの時間で騎士の増援が来るでしょうけれど、そのほんの少しの時間を稼ぐという意味でも、これ以外の道はないのではないかしら」
遂にラブリッドさんは唸った。ミラさんも酷く心配した表情で私を見ながらも、ルナの言うこと自体は納得しているようだった。そうして俯いたまま数秒、ラブリッドさんは複雑な色をした顔を上げて。コクリ、僅かに一つ頷いた。
「……頼む」
「そのために来たのよ」
「万が一のために、私とミランダも側に付く。その時は絶対に指示に従って欲しい。説得に失敗しても、その身は必ず守ってみせる」
「……ありがとう」
ラブリッドさんがあえて誰とは言わずに私たち四人をまとめてその身は、と言ったのは、守るのにも優先順位があるからだろう。流石に、そこは私も弁えている。もしもの時に一番最初に逃がすべきはルナだ。王女と一令嬢、従者では国家にとっての重大性が違うのである。それも、ルナは現状ただ一人の直系王女だと聞いた。彼女を喪うようなことがあれば、それこそ国家の崩壊である。この国の令嬢として、ただ一人の友人として、その時は私もそれを念頭に動かなければならない。
「……アリス」
「うん」
ベルさんの手を最後にぎゅうっと強く握って。先導するラブリッドさんとミラさんに従って門まで進む。
一歩踏み出すごとにその圧は強く大きく、ついには私たちを背中まで包み込んだ。もう、後戻りは出来ない。この先に待っているのは、成功か、失敗かだけだ。
ここが私の、そしてきっと、王国の未来への分岐点だ。
「さっさと貴族の連中を出せ! このまま門を閉めたままなら……!」
「お、おい、待て! ……あれは、誰だ? 子ども……?」
不穏なことを言い始めた集団先頭の男たちの一人が、私たちに気付いた。ラブリッドさんとミラさんの背中を通り越して体を突き刺す、幾つものギロリとした鋭い目線。肩が竦む。……でも、私は止まらなかった。ルナも、止まらなかった。ベルさんもステラさんも、それでも私たちは静かに歩み寄った。内心怯えながらも堂々とした足取りに気圧されたのか、いや、やはり幼い容姿のおかげだろう。徐々に怒声は収まり、代わりに困惑の声が広がっていった。
「べる」
「アリス様……っ」
誤魔化しきれない震えを無理やり抑えながら、ベルさんに半ば縋るようにしながら。けれど私は、私たちは、彼らの前に立った。訝しげに見つめる瞳は、すべて憎しみと悲しみで満たされている。……私はやっぱり、その目に見覚えがあった。アヤメに襲われた時にも感じたことだ。“彼ら”は、即ち前世の“私たち”なのだ。恐怖こそ感じれど、敵意など抱けるはずもなかった。理解出来ないわけがなかった。きっと王国の貴族の中で誰よりも、私が一番、そのどうにもならない怨嗟の気持ちを知っていた。よく目を凝らして瞳を覗き込めばそこには躊躇と悲哀がある。彼らも、誰も、本当は血なんて流したくないのだ。それが自分のものだろうと、相手のものだろうとだ。
「……な、なんだその目は! 出てくるんじゃねぇ、すっこんでろこのガキッ!」
「貴様――――!」
近くにいたルナの親衛騎士がその言い様に激昂しそうになったのを、ルナが手で静止する。己の感情よりも仕える主の命令をしっかりと遵守した彼が腰の剣に伸ばしかけた手を下げるのを待って、まずはルナが話を切り出した。それと同時に私もベルさんの手を離し、相棒を預けた。
「あなたたちと、話をしたいの」
「ああ!? 話ぃ?」
「ええ、話」
どうやら集団のリーダー格らしい彼は語気を荒らげながらも拒絶しようとはしなかった。怒鳴りすぎたのか、その声は少し枯れている。なんとか対話は出来そうに思えるが、ここからが本番だ。失敗すればそれまで。そうなるにしても時間は稼がねばならない。
「まず、あなたたちのこの行動は悪くなるばかりの日常生活や労働への不満からだと判断しても構わないかしら」
「お、おう……そうだ! 俺たちはずっと、自分たちが生きていくため、それから王国を支えるために必死に働いてきた。しかし現状はどうだ、あんたら貴族の連中は庶民を蔑むだけで何の見返りも、それどころか感謝すらしねぇ。向けられるのは理不尽ばかり。流石に我慢の限界だ!」
「……ええ。そうね、私たち貴族はあなたたちの奉仕を当たり前としたはおろか、こんな食糧危機に陥ってもその配慮すらしていない」
ルナがあっさり非を認めたのに一瞬、彼は面を食らったような表情をした。子供といえど、貴族なら罵声の一つや二つは飛んでくると身構えていたのだろう。実際ルナが特殊なだけで、大体の貴族はそもそも聞きもしないでその場で断罪などすら行ってしまうのかもしれない。彼らからしてみれば理不尽も甚だしく、こうした今の状況があるのはある種必然だろう。
「……なんだ、あんた。貴族じゃないのか?」
「貴族よ」
粛々と話すルナが本当に貴族なのかすら怪しくなったらしく、そう尋ねる彼は戸惑いの色が隠せていない。だが、いい調子だ。少なくとも彼はある程度の冷静さを取り戻しているように見える。他の人々も未だ敵意と警戒の色は消えていないが、ひとまずは話の行く末を見守ってくれることにしたようだ。空気の変遷を感じたのか、ルナは更に続けた。
「……私は、ルーンハイム・ロード・ルーネリア。この国の第一王女にして、現国王夫妻唯一の娘」
「お、王女だぁ? ……いや、それで。王女殿下ともあろうお方が俺たちに何の話をする。反逆罪でも下しに来たのか?」
「いいえ」
またもや否定。彼らの知る貴族という存在から尽く離れたルナは、刹那躊躇したような間を挟んで。もう一度顔を上げて彼らを真正面から見据えると、ゆっくり、はっきりと。
――――絶えず振り続ける雨に打たれながら、その頭を直角に下げた。
「なっ……!?」
そうだね、ルナ。どんな話をするにしても、まずは謝らなきゃ。実際には何も償えはしないのだとしても、その姿勢を見せることに価値が有る。今までずっと、誰もしなかったこと。貴族が庶民の人々に、今までや、そして現状の酷い状況を直接謝罪するということ。それを王女だと名乗ったルナからされたのだ。その衝撃はどれほどのものだろうか。
「ごめん、なさい」
その姿勢を僅かも崩さないルナに続いて、私も頭を下げた。ただただ、頭を下げた。所詮私は子どもである。出来ることは少ない。……でも、こうして気持ちを伝えることは出来た。貴族ではないベルさんとステラさんまでも、一緒に腰を曲げてくれて。斜め前に位置取ったまま呆然としていたラブリッドさんとミラさんまでもが、それに続いた。にわかに騒めきが広がる。だが、それを発していたのは此方側の騎士の人たちだけだった。
「ごめんなさいって、お前……」
当然こんなことではいそうですかと許せはしないだろう。だけど、彼らは確かに戸惑っているように感じた。今度は私たちが先ほどの彼のように、罵声に身構えていたというのに、彼らはそれをしなかった。受けた衝撃が主な要因だろう。しかし、その思わず漏れたのであろう声音に、対話の道が残っていることを確信した。たっぷり数十秒真摯に謝罪の姿勢をして、そして私は顔を上げた。彼らの顔には、やはり何かを迷う気持ちが浮かんでいた。
「私たち貴族は、あなたたち庶民の方々に数え切れぬ横暴と理不尽を働きました。それを、許してくれとは言いません。……いえ、言えません」
「……ぁ、当たり前だっ」
「でも」
と、そこでルナの声が途絶えた。
……ルナは、泣いていた。
それが何から来る涙なのかはわからない。けれど、屈辱に耐えるのではなく、何か自分の無力さを噛み締めるような、そんな嗚咽だった。必死に続きを紡ごうと、震える手を握り締め、唇を噛み締めて。ルナは、泣いていた。大丈夫。貴女は独りじゃない。その溢れる雫を拾うように、私は唇を開いた。
「かえて、みせます。わたしたちが、いまのあなたたちの、くるしいせいかつを。かえて、みせます」
「……な、何を言ってやがる。お前らみたいな子ども二人を信じて地獄を続けろってのか? ふざけるのも大概に」
「――――おねがい、しますッ……!」
また、言葉が止まった。私の額は強く地面に擦り付けられていた。慌てるみんなの声。泣いていたルナでさえも私の名を呼んで。……でも、私にやめるつもりはなかった。何をどう考えても、どれだけ“待つ理由”を探しても、私には結局、こうして頼み込むことしか出来そうになかった。卑怯かもしれない。でも、それでも。
「るなも、べるも、みらも、あなたたちもっ……だれのちも、みたく、ないんですっ……! みんなでわらっていられる“しあわせ”なせかいを、つくりたいのッ……!」
どうか信じてくださいと。何の根拠も、可能性を証明することも出来ないけれど。このままじゃもう取り返しがつかなくなる。誰かを傷付け、傷付けられることになってもしあわせを作りたいと決意した。でも、それは避けられるかもしれない運命へ進むのを黙って視ている理由にはならなかった。可能性はいつだってそこにある。傷付けあう未来があるように、きっと笑い合う未来だってあるはずなのだ。
こんなものは我が儘だ、駄々を捏ねているだけだ。
でも、私はそんな夢見る“子ども”だった。
「――――お前……」
ふと、彼らからの視線が和らいだような気がして。
涙と砂利と雨水でどろどろに顔を汚す私のすぐ側に、ぼろぼろのズボンがしゃがんだ。
「顔、上げろよ。……“嬢ちゃん”」
「……ぇ、ぁ」
唐突に降った優しい声に、思わず頭を上げた。難しい顔をしていた彼は、ふーっ、と大きなため息を吐いて、そして。何処か悲しげに、嘆くように空を見上げた。頬に落ちた雨粒は、まるで涙のようだった。
「……情けねえなぁ、俺たちは。こんな、自分の娘よりもちっちゃい娘が泥まみれになってみんなの“幸せ”なんてもんを願ってるってのによ」
気付けば、彼以外に声を発する者はいなかった。“みんな”が、私たちを見ていた。
「嬢ちゃん」
「ぁ、あいっ」
「――――“聖女様”ってのぁ……あながちただの神話じゃねーのかもな」
「え……?」
戸惑う私を余所に、彼は立ち上がった。パサパサの長い髪から跳ねた雨粒が、私の頬に弾けた。
雨は、すっかり小降りになっていた。
「英雄さんと、騎士さん。嬢ちゃんたちも」
「……なんだ」
「……迷惑かけちまった。すまねぇ」
今度は私たちが、言葉を失くす番だった。彼は貴族の庶民蔑視への抗議に来ていたのにも関わらず、謝ったのだ。言葉はぶっきらぼうながらも、ともすれば先ほどのルナよりも丁寧に頭を下げていた。……しかし、ここを狙って反貴族のデモを起こしたのはもうどうしようもない事実だ。私は縋るような目でラブリッドさんを見た。また難しい顔をした後、彼は何か吹っ切れたようにくくっ、と小さな笑い声を鳴らした。
「――――ああ。君たちは罪人ではない。我々が守るべき庶民だ。そうだな、アリス嬢」
「……うん」
「は……?」
呆気にとられた彼に、ラブリッドさんが深く頷いた。この場の全員に目配せが飛んだのに、その意図をなんとなく察した。つまり、ラブリッドさんは暗に彼らを重い罪に問う気はないと言っているのだ。同じくして彼らもそれに気が付いたようで、今度こそ口を開けたまま固まった。ラブリッドさんは彼らを一瞥すると、片手で顎を触りながら尋ねた。
「誰か、お前たちを煽った者がいるはずだ。違うか?」
「いや……、いや、ああ。そうだ。深くカプチョを被った顔の見えねえ男に話を聞いた。ここの生徒が裏で庶民の子どもを虐めて遊んでるってな。それがこうするのを決めた発端だ」
「その真偽までは私もわからないが……その男のことを詳しく聞かせてくれないか」
「そりゃ構わないが……」
「君たちはその男に騙され、義憤に駆られて動いた。だが其方の……アリス嬢と王女殿下が必死に頭を下げて話し合い、誤解は解かれ解決した。そうだろう?」
ラブリッドさんは態と、皆に聞こえるように大声で言った。流石に何の処分もないのは無理なのかもしれないが、この様子なら出来るだけ軽いものにしようと努力してくれるのだろう。……そして、フードを被った顔の見えない男、というのには私にも少し心当たりがあった。あの市場の事件で、私に向けて矢を放った“黒幕”だ。背後には同じ人物がいるのかもしれない。
「……それで、いいのか?」
「他ならぬ、聖女様と王女殿下がそう望んでおられるからな」
張り詰めた表情はすっかり解れ、ラブリッドさんは私とルナに一瞬微笑みを向けた。
……そっか。上手く、いったんだ。止められたんだ。
湧き始めた実感、収束する状況にようやく心が追いついた。よかった。本当に、よかった。
「ぁう、う……ううぅ」
「アリス様っ……」
「姫えぇぇ!」
「アリス――――!」
緊張の糸が解けたからか、急激に体から力が抜けていって。涙腺もその外にはあらず。恐怖とプレッシャーからの解放と、達成感と、これからの不安と。ごちゃ混ぜになった感情が、空より一足遅れた大雨模様となって。ベルさんとミラさんと、ルナ。三人に抱きしめられながら、それを分かち合う。
「……私にも、聖女様のご加護を」
そうして少し恥ずかしそうに加わったステラさんに、みんなが笑顔になったのだった。
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