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ノブリス・オブリージュ ~引きこもり令嬢が何故聖女と呼ばれたか  作者: 剥製ありす
第一章 奴隷労働者の彼がいかにして貴族令嬢になったか
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第7話 引きこもり令嬢、部屋を出る

「騎士様とお姫様は結婚して、幸せに暮らしました。めでたしめでたし」

「ぱちぱち」


 パタンと本が閉じられて、口と手で拍手をする。いやはや、なんというか、とにかく王道だった。騎士が化け物に連れ去られた姫を助けて、そのまま結婚という流れの物語だ。けれど王道の王道たる所以(ゆえん)か、やはり綺麗な収まりだ。


「おもしろかった」

「お気に召したようで何よりです」


 そう言ったベルさんの顔もどこか満足気だ。

 次は何がいいかなぁと机に積まれた絵本に視線を走らせていると、廊下から足音。父だろうか。


「いらっしゃったようですね」

「おとおさま?」

「はい、では私は入れ替わりで失礼しますね」

「うん」


 とベッドをギッと鳴らして立ち上がったベルさんが扉の方へ向かって、そのまま開けて一礼。もちろん入ってきたのは父だ。


「っと、ベル。ありがとう」

「いえ。ちょうど、絵本を一冊読み終えたところでした」

「そうか、……ええっと、おはよう、アリス」

「おはよ、ございます」

「はは、いつも通りでいい」

「おはよぉ」

「うん、おはよう」


 なんとなく丁寧にした挨拶を苦笑される。少し騎士物語の余韻に引っ張られた。

 そんなやり取りを微笑ましそうに見守ったベルさんはやがて失礼します、と部屋を出て、静かに扉が閉じる。二人きりになって、ちょっぴり気まずそうに頭を掻いた父がとりあえずベッドの横までやってくる。

 机の上の本を一瞥して、次に私を向いた。何か言いたそうに口をもごもごとさせて、もう一度頭を掻いた。


「……ぅ?」


 その先を促すように首を傾げると、気の抜けたように父が笑って、頭を撫でられる。抵抗するでもなく大人しくそのままにされていると、ベッドの横でしゃがんで。


「なんだ、その……アリスは、外に出てみたいとか、思っていたりするか?」

「おそと?」


 唐突な文脈で飛び出したそれに目を丸くして、今までを振り返る。

 なるほど、ろくに部屋の外へ出ていない。たまに水浴みのために隣のテラスへ連れられるくらいである。我ながら引きこもり生活を満喫しているなぁ、と苦笑すると、それを見た父がなぜか悲しそうな顔をして。


「……いや、すまない。そうしたのは私だというのに」

「えっ」


 すみません、一体なんの話ですか、と聞くわけにもいかないので自分なりに噛み砕く。

 別に部屋の外に出るのを禁じられていたわけでもないし、迷惑をできるだけかけぬように大人しく、という思惑もあるが、何よりベッドから動かなくていい生活が幸せだった。

 なにせ全部ベルさんたちメイドさんがやってくれるのだ。食事も掃除も、体を清めるのから絵本などの娯楽まで。……あとおむつ。

 いや、だが確かに、父の視点で見れば今まで自分が放ったらかしにしていたからそうなってしまった、みたいな見方もあるのかもしれない。

 初対面の時もそんな感じのことを言っていたし、きっと罪悪感というフィルターを通して見た私の苦笑を別の意味に捉えてしまったのだろう。それならばすまないという言葉が出てくるのはなんら不思議なことではない。

 父の思考回路を完全に理解した私はまったく気にしてないよ、と伝わるように微笑みを携えて、唇を開く。


「だいじょうぶ」


 すると父はなぜか金鎚で頭でも叩かれたかのように口を開けたまま固まって、また俯く。一体どうしたんだと見つめる私を他所に唇の端を噛むようにすると、無言のままにまた頭を撫でられる。


「……きっと、アリシアに……母さんに似たんだろうな」


 独り言のように漏らされた言葉に困惑が加速する。おかしい、私の思考トレースは完璧だったはずだったのに。どこで食い違ったというのか。

 むむむっと考え込んだ私の髪を梳く手が止まって、じっと瞳を見据えられる。真摯な色に染まった金色に一旦考えるのをやめて、父の言葉を待つ。


「アリス」

「ぁい」

「……なにも、なにも遠慮なんてしなくていい。お前が私に気を遣う必要なんてない。好きなだけわがままを言っていいんだ」


 一体何を以て遠慮していると取ったのだろうか。

 いや、そうか。時々忘れがちだが、この身は幼いのだ。子供が駄々もこねずにずっと部屋の中、ましてやベッドの上から動こうともしないとなればそれは心配にもなろう。

 これは参った、私としてはこのままで十分満たされているのだが、それは父やベルさんの目には違うように見えているということだ。それこそ、私がわがままを言うのを遠慮しているように。

 ならばここは一つ子供らしいわがままでも言っておくべきだろう。例えば父と一緒になにかしたい、とか。うん、それがいい。

 それに今はあくまでこの幼い身だからこそ引きこもり生活を享受できているだけで、できればもう働きたくなどないがこの先ずっとこのままというわけにもいくまいし、こんな生活をさせてくれる父やベルさんには恩返しをしたい。

 加えて私はこの家の唯一の娘で、この先父が再婚などをしなければ必然的に私が跡取りになるはずなのだ。それはつまり、今父がしている仕事をきっと私もすることになるということ。

 それならば。


「……おしごと、みたい」


 今の内からその仕事をそばで学んでおくのはきっと無駄にならない。仕事において引き継ぎというのはスムーズに行えねばならないのだ。たとえそれがペダルを漕ぐだけの仕事であったとしても。

 ……子供らしいわがままかつ、将来必要になることを学べる。これは建設的な提案ができたと満足気に頷く。頷いてから若干のドヤ顔で父の潤んだ目を見て……潤んだ?


「えっ」

「あぁ、アリス……」


 ああ、神よ。主よ。おしえてください。なぜおとおさまは泣いておられるのですか。

 誰でも思いつくような発想を建設的だとドヤる私がそんなに哀れだったろうか。


「すまない……、本当に……」

「なにが」


 思わず口に出した疑問は当然のごとくスルーされ、堅く胸の中に抱き締められる。薄々気づいてはいたが、どうも私は他人の思考を追うのが下手らしい。


「本当に、それでいいのか……?」

「うん」


 私的にはベストなわがままである。もっと、ぬいぐるみが欲しいとかの方が良かったのだろうか。でもぬいぐるみはベルさんがくれたものがあるし、絵本は新しいものを持ってきてもらったところだし、特に欲しいものがなかった。

 あんまり物欲がないのは前世の影響だろう。安息と自堕落を求めるのと同じで。


「……わかった。でも、少しずつでいい、少しずつでいいから、アリスの本当のわがままを聞かせてくれ。父さんからのおねがいだ」

「……ぅ、うん」


 別に嘘を吐いた覚えはないのだが、とりあえず曖昧に頷いておく。微妙な表情になったのは仕方のないことだろう。

 ぶつぶつと何事か考え込む父はよし、と深く瞬きをして。


「なら、今日は館の中を回ろう」

「おうちを?」

「ああ、そうだ。おうちの中をまったく知らないのも困るだろう?」

「うん」


 確かに、自分の家なのにその内装や構造をまったく知らないというのはそもそもおかしな話だ。今までは部屋の中で完結していたからいいが、活動範囲が広がるであろうこの先はそういうわけにもいかない。

 でもなんだか、ちょっぴりドキドキする。五年ぶりにもらえたたった一日の休暇が明けた後の出勤の時に少し似ている。同僚の目が気になるのだ。この場合気になるのはメイドさんたちの目で、出勤と休暇の比率も逆だが。


「すぐ、いく?」

「そうだな、今日の仕事はもう終わったから、ちょうどいい。……立てるか?」

「うん」


 いくら体力がない私とはいえ、さすがに立って歩くことくらいはできる。……走れるかはちょっと疑問だけど。


「ほら、手を貸してやろう」

「あぃがと」


 案の定体がすごく重く感じたので素直に甘えて手を借りる。ベッド脇のスリッパのような靴に足を通して、ぐっと立ち上がる。


「ん、ん……」

「大丈夫か?」

「だいじょぶ」


 いや、まあ、こんな生活してた自分が悪いのだが、ちょっと過保護過ぎる気もする。別に嫌というわけでもないけれど。


「よし、行こうか。まずは二階からだ。おいで」

「うん」


 父と手を繋いで、少し後ろをとてとてと着いていく。もちろん、白くまのぬいぐるみはしっかりと片手に抱いて。そして扉が開かれて、その先へ一歩踏み出した。

 まず視界に入ったのは、部屋の手前の壁にかけられた絵画。天秤を持った少女の絵だ。

 そういえば、この絵は聖女様の絵だったのか。さっき読んでもらったばっかりの絵本の表紙を思い出して、一人納得する。

 右、左。チラチラと視線を彷徨(さまよ)わせる。右へ行けば突き当たりの扉の先にテラスがあって、きっと行ったことのない左の廊下の先に階段があるのだろう。

 なんとなく顔を上げて、父を見上げる。するとちょうどこっちを向いた金色の瞳と視線がぶつかって、ちょっぴり眉尻を下げながらも微笑んでくれる。

 私はそれがなんだか恥ずかしくなって。

 慌てて顔を俯け、抱き上げたぬいぐるみに口元を隠すのだった。











 スノウベアーのぬいぐるみに顔を隠したアリスを片手で撫でてやり、歩き始める。しばらく見とれていたらしい聖女の絵画は、それを知らなければアリス本人の肖像画にも見えてしまいそうだ。

 アリシア譲りの整った可愛らしい顔立ち。愛らしく伸びたまつげは、けれどその暗い金色の瞳に()られてむしろ儚さを際立たせる。そして、その髪だ。アリシアは金髪だったし、私は今や白髪まじりになってしまったが、元は純粋な黒髪だった。先祖にも、というか、王国中を探してもこんな綺麗な白銀の髪をした者はいない。もしかすれば帝国にだっていないかもしれない。

 聖女さながらのその髪色。毛先までサラサラの絹のようなそれは腰までも伸びている。これ以上伸びたら、さすがに少し切った方がいいかもしれない。巻く、結うという選択肢もあるが、ここまで真っ直ぐな毛をそうしてしまうのは勿体(もったい)ない。

 もしかすればアリスは、本当に伝承にあるような聖女の降臨なのかもしれない。そんなまさか、とは思うが、その明らかに年齢に見合わぬ聡明さと、異常なまでの優しさ、寛容さがそう思わせる。

 先ほどもそうだ。きっと親も知らずに閉鎖的環境で暮らしてきたがゆえの外への無関心、いや、無関心な振りをしているのだ。無意識に。

 そんな(いびつ)になるまで心を傷つけてしまったというのに、アリスは“だいじょうぶ”だと言う。微笑みさえ携えて。そんなわけはないのに。あるいは、それすらも歪んでしまったのか。

 ならば、自分が、解していかなければならないのだ。その壊れかけの、複雑に絡んだ心を。もちろん、私一人ではそれは成せまい。そもそもベルがいなければ対面すらできなかったのだから。


「ゆっくり、ゆっくりな」

「ぁい」


 その小さな手をしっかりと握りながら、足元にじっと視線を合わせては慎重に階段を下りる娘を見守る。もしかしなくても、階段を下りるのも初めてな娘。そう、自分だけではきっとこの子を幸せにすることはできない。ベルはもちろん、その他の協力者、例えば友達が、彼女には必要だ。

 選択肢の一つとして、六つになれば一応あの王都学園に入学できないこともないが、確か今までの最年少でも十四歳だと聞いた。

 この娘自身が望めばその限りではないが、若過ぎれば馴染めないだろうし、いくらアリスでもさすがにその最年少以上を基準として進められる勉学にはついていけないだろう。


「よし、もう少しだ。がんばれ」

「んぃ、しょ、と」


 すとん、とやっとの思いで階段を下りきったアリスは達成感でも感じたのか満足気で、それを見ていると思わず微笑みが零れてしまう。そうだ、もちろん先のことは考えなくてはいけない。だが今は、この子の世界が広がったのを喜ぶべきだ。


「よしよし、がんばったな」

「ふにゃっ」


 わしゃわしゃとちょっぴり乱暴に髪を乱してやるとアリスは奇妙な声を出して、首を振ると鬱陶しそうに目にかかった前髪を退けた。その無機質な瞳に反して、アリスは意外と表情豊かである。ともすれば不気味に感じるものかもしれないが、私やベルにとってはそんなことはなかった。

 アリスは確かに笑うし、泣くのだ。そしてそれは、彼女がまだ完全に心を鎖していない証拠である。なればそれを不気味がることなど、とてもできなかった。


「ほら、そこの部屋が父さんの書斎だ」

「しょしゃ……?」

「ああ、書斎。仕事をするところだ」

「なるほぉ、しょさい。おぼえた」


 何がなるほどなのかはわからないが、たぶん覚えたばかりの言葉を使ってみただけだろう。たまに見せるそういう子供らしい一面は聡明過ぎる娘に年相応の微笑ましさを与えていて、なんとも安心する。

 それにしても、初めてのわがままが仕事を見たい、とは、本当に。裏のない、本心からの表情で紡がれたそれはきっとそのまま役に立ちたいという気持ちの表れで。なんと、献身的な、いや、あまりに自己犠牲に過ぎる。

 そこにいて、幸せになってくれるだけでいいというのに。どんな可愛らしいわがままでも叶えてやる用意があるというのに。けれど、初めてのそのわがままを否定してやるのもどうだ。

 なれば、とそれを口実に部屋から出して、いずれは館の外にまで、世界を広げてやるのだ。今後のために。アリスの幸せのために。


「それじゃ、おしごとをみせてやろう」

「うん」


 いつもより少しだけ高いその声は、本当に嬉しそうで。

 だからこそ湧いた悲しみを胸にしっかりと刻んで。

 やがて書斎の扉を静かに開いた。

次回更新は本日18時に三話分です。

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