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ノブリス・オブリージュ ~引きこもり令嬢が何故聖女と呼ばれたか  作者: 剥製ありす
第四章 貴族令嬢の彼女が何故革命を叫んだか
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第1話 金蘭の

「きゃー! 姫ー‼」

「素晴らしい、これは……誠にすばらしい!」


 劇を演じ終えた私たちは舞台の上、割れんばかりの大歓声に包まれていた。出番が終わって袖で控えていたクラスメイトたちも次々に隣へ戻ってくる。全員が揃ったところで改めて閉幕の宣言があり、歓声と拍手は更に大きくなった。まさに学園が揺れているようなという表現に相応しい、いや、ホールが崩れてしまわないか本気で心配になるほどのものだ。その中でも一際高く響く、最早悲鳴のような声の主がミラさんだったのには若干苦笑気味な顔になりながら。けれど心は何処か、やりきった達成感とそれがこんなにも高く評価されている満足感で晴れ晴れとしていた。


「やったわね、アリス」

「……るな」


 ふと掛けられた声に隣を向いて、同じく満足そうに不敵な笑みを浮かべるルナにこくりと頷きを返した。そういえば、演劇の最中は夢中で気がつかなかったが、ルナも随分役に入り込んでいた気がする。特に終盤の、悲恋を抱えながらも前を向こうとする姿は演技とか、そういったレベルのものでないようにすら思えた。まるで本当に悲恋を悲しんでいるように見えたのだ。最後の愛していますというセリフなんか、本気でドキドキしてしまったほどだ。……“その直前のこと”もあって、未だに私の心臓は早鐘を打ったままだ。


「ね……、るな」

「うん?」


 なあに、と優しげに尋ね返すルナの様子はやっぱりいつも通りに見えて、私はそれを尋ねるのをやめた。きっと役に入り込みすぎてしまったのだろう。いや、そうでなくても、だ。なんとなく、ここで聞くのは、ダメな気がした。

 どうしたの、とちょっと怪訝そうにする親友に首を振って。


「ううん、なんでもないっ」

「そっか」


 止まない声援の方に目線を戻したルナに続いて、まだ仄かに火照っている唇を指でなぞりながら、ひとまずそれ以上は考えないこととした。きっと忘れようとしても、忘れられない思い出になるだろうな、とも予感しつつ。次の出し物のために舞台を空けるべく、惜しまれながらも私たちは舞台脇の階段へ降りていった。


「王女殿下、フェアミールさん。本当に凄かったですわ!」

「そ、そおかな……」

「ふん。当たり前じゃないっ」


 注目を浴びながらも観客席の隣を抜けていく過程で、私たちの後ろを歩いていたクラスメイトの少女がそう褒めてくれた。ルナは当然、と無関心そうにしながらも、その頬は緩んでいる。どうやら嬉しいらしい。少女もそんな態度をまるで気にした様子もなく、矢継ぎ早に感想とは名ばかりの褒め殺しをしてくれる。そのキラキラの瞳に心からそう言ってくれているのだというのを理解しながらも、どうにも落ち着かなくて早く席に着きたいだなんて思ってしまう。曖昧にありがとうと笑顔を返しながら、そそくさと席へ向かう。通り過ぎた観客席の最後尾で、ベルさんとミラさんが此方に小さく手を振ってくれた。


「……さ、それじゃゆっくり他の発表を楽しみましょう」

「うん」


 クラスメイトたちが各々の席へバラけて行って、私とルナもようやく自分の席へ腰を落ち着ける。勿論、隣の席だ。

 ふっ、と一息。ざわざわと、きっと私たちの話をしているのだろう、ちらちらとまだ視線が感じられる。中々良い、いや、今まで最高の出来の演技をした自覚はあったが、こうも長々と会場を沸かせるほどだとは思わなかった。なんとなく、次の発表のクラスに申し訳ないような気さえしてしまう。この状態の舞台に上がるのはきっとかなりのプレッシャーがあることだろう。温めすぎた、ということである。むしろここからが本番だというのに。


「だ、だいじょうぶかな」

「さあね。でも別に、悪いことをしたわけではないのだし」

「うん……そーだけど」


 まあでも、これ以上そんな気持ちを表に出すのは控えておこう。ここまで劇を成功させられたのは、ルナを始め突拍子もない提案を快く受け入れてくれたクラスメイトたち全員の成果である。それに水を差すようなことはしたくないし、ともすれば他のクラスへの侮りなんかとも取られかねない。大人しく、内心で反響を喜ぶに留めておくのが吉だ。


「……――――次は、第二十九期生全クラス合同の魔法演舞です!」


 ある程度観客の熱が引いたのを見計らって、司会の女性が一段トーンの上がった声で会場を次の発表に進めた。舞台に上がるおよそ百人近くの生徒。第二十九期だから、一期上の先輩方だ。司会の女性は“魔法演舞”と言ったが、それは一体どのようなものなのだろうか。演舞というだけならなんとなく予想はつきそうだが、それに魔法が付いているとなるとイマイチ想像し難い。そのまま魔法を織り交ぜた舞踏なのか、はたまた魔法を観せるようなものなのか。ワクワクと募る期待は顔に漏れていたようで、ルナが薄く微笑みながら教えてくれた。


「魔法演舞っていうのは、十数期前から始まったこの学園特有の文化よ。例えば炎の魔法、水の魔法を使う二人が魔法を出しながらくるくる絡み合うように回ってみたりとか、色んな魔法を使って色鮮やかに踊るの」

「ほへー」


 なるほど、どうやら前者の方の想像に近いらしい。炎や水は考えるまでもないが、身体強化の魔法なんかも中々上手く映えそうだ。例えばそれぞれ身体硬化と強化を使う人を組み合わせれば、普通は出来ないような変則的な舞踏を踊ったりなんてことが出来そうだ。でも、屋外なら未だしも、広いとは言えホールの中である。炎や水なんかを使って危なくないのだろうか。まあ、その辺の安全策は勿論為されているのだろうが、それにしても後片付けなどが大変そうなものだ。それをそのまま尋ねると、ルナは一瞬きょとんと可笑しな顔をして。


「……ああ、アリスは逆に、一般的な魔法をあまり見たことがなかったりするのね。魔法で発現させた炎や水っていうのは、使用者の魔力を源にしているわけだから。ちょっと踏み込んで精密な扱いを覚えれば、簡単に消したりもできるのよ」

「ふえぇ……」


 初耳である。それならば確かに後片付けも楽に済みそうだし、本人が注意して、更に周りもと二段に安全装置を置けるので危険もそこまではなく思える。いつか教会で考えた魔力がエネルギーの塊であるという予想自体は的外れではさそうだが、そんな応用が出来るとは考えもしなかった。魔法の世界はまだまだ果てしなく奥深い。……なんて、まだほんの触りの部分しか学んでいないのだから、知らないことの方が多いのは当たり前なんだけれど。


「ほら、始まるわよ」

「ぇあ、うんっ」


 そうして意識は舞台へ。壇上では既に準備を終えた数人が演舞を始めるタイミングを伺っていた。他は再び袖に隠れていて、流石に全員が同時に踊るようなのは壇上の広さの問題もあってしないらしい。じっと目を凝らして、彼らが動き出すのを待って。そこから数秒、一人の少女がサッと中心に躍り出た。


「はじまった……っ」


 それを合図に、舞台は一気に動き出した。滑り出しは穏やかで優雅なステップ。一番初めに動いた少女を主軸として、彼女がゆったりと舞うその周りを他の生徒たちが彩る。まだ魔法は使われていないように見えるが、使われていなくとも十分に出来上がっている。実際には音楽は流れていないのだが、それでも聞こえてくるダンスのリズムに合わせて体を左右に揺らす。ルナの視線を感じて、また隣に顔を向けた。


「……なあに?」

「えっ……い、いえ、楽しんでるわねって、そう思っただけよっ」

「うん? うん。とっても!」

「そう、それはよかった」


 私が言うのも何だか変だけど、と続くボヤきに反応は返せなかった。わっと湧いた歓声に従い、素早く舞台に目を戻す。中心の少女が、ついに魔法を使った。しゅるりとその手の先から飛び出した水流が、まるで羽衣のように彼女に被さる。失敗して本当に触れてしまったらびしょびしょになりそうだ。


「湖のほとり、をお題にした演舞みたいよ」

「みずうみ」


 すかさず入ったルナの解説にふんふんと相槌を打つ。それを前提として見れば、中心の彼女が湖だとして、その周囲の踊りはふわふわひらりと風に揺れる花草を表しているのだろう。そこまで理解すれば彼女らの踊る姿は簡単に長閑な自然の情景へと置換されていって。なんとなく、心地いい風さえもが香るようだ。


「きれい」


 その朗らかで鮮やかな舞に目を奪われる。リズムを揺らしていた自分の体もいつの間にかふわっとリラックスしていて、まだ肩に残っていた緊張やプレッシャーがじんわりと抜けていった。ぽうっと見蕩れている間も演舞は進んでいき、最後に壇上の全員が中心に集まって水の魔法を使い、舞台の上に大きな花を象った。


「ぱちぱち」

「……それ口で言うの?」


 ああ、本当に綺麗だった。最後の花はリリウムクラスの象徴のものらしい。なら、今演舞をしていたのはきっとリリウムの人たちがメインだったのだろう。……そういえば、最初に袖に引いた人たちは結局この演舞中には出てこなかった。となると次もあるはずだ。また別のテーマに沿った演舞を見せてくれるのだろう、と更に期待が高まる。

 しかし、一番初めがリリウムというなら、次はどっちなのだろうか。コクリコか、アイリスか。……いや。たぶん、コクリコだろう。安直な考えだが、コクリコとアイリスを比べた場合、魔法の平均的な技量が高いのはやはりアイリスだろう。であれば、そっちをトリに持ってきそうだ。


 今のリリウムの演舞は水の魔法をメインとしていたが、それならコクリコは炎をメインとするのだろうか。それで、アイリスは両方を織り交ぜて、みたいな……必要になりそうな技量を考えるに、あながち間違いでもなさそうだった。


「アリス?」

「うんうん。とってもたのしみ」

「……んん。アーリースー?」


 すっかり思考の内側に引きこもっていた私をツンツンと何かが突いて。ハッと顔を上げれば若干不機嫌そうなルナがいた。いや、というかずっと隣にいた。そんなことも忘れてしまうほど演舞に熱中してしまっているのだ。……それに、傍にいてもほとんど気にならないくらいに気を許しているということでもある。見学の時はあれほどビクビクしていたというのに、よくもこんな短期間でここまで仲良くなれたものである。もしも何か神秘的な、それこそ待雪物語に出てくるような天使なんかにそういう運命だった、と言われれば即座に納得出来るだろう。とはいえ、ルナ以外の人はやっぱりまだ少し、怯えてしまったりする時もあるのだけど。


 ……いけない。また思考の海に沈みかけていた。とうとう心配の色すら混ざり始めた親友の瞳に、へにゃりと笑顔で応える。


「……っ、こほん。だ、大丈夫?」

「ごめんなさい。ちょっと、かんがえごと」

「そう。……その笑顔は、あんまり簡単に人に向けちゃダメよ」

「……ふえ」

「学園が聖女の狂信者だらけになるから」

「えっ」

「なんでもない」


 たまにわからないことを言うのはベルさんやミラさんと同じらしい。類は友を呼ぶということだろうか。ミラさんもそうだが、やはり根本的なところで大好きなベルさんに似ている部分があるから短い時間で仲良くなれる、なりたいと思うのかもしれない。


 それはともかく。話しているうちに、次の演舞の準備が終わったようだ。先程と同じように多数が中心を囲むような形で、今度は少女ではなく三人の青年がそこに立っている。彼らがテーマのメインのものを表現するということだろうか。


「今度は、夜の焚き火がお題らしいわ」

「きゃんぷふぁいあー」

「え?」

「なんでもない」


 いつか施設にいた頃に、突然やってきた監察の連中が“不要なもの”とした娯楽品や備品の数々を燃やしながらそう言ったのである。資源が足りないから我々に強制労働をさせているのではなかったのか。まったく理解に苦しむ奴らである。……と、一瞬蘇りかけた前世の記憶を葬り去った。


「アリス……?」

「う、ううんっ」

「本当に大丈夫? さっきからずっと考え込んでばかりだけど」

「だいじょうぶっ」


 それでもまだ顔を覗き込むようにして案じてくれるルナ。これはいけない、すぐに意識が内側に行くのは私の悪い癖だ。色々考え込むのは学園祭が終わってからにしよう。優しい(無性に)│親友を安心させるべく《触れ合いたくなって》、きゅっと手を握った。これも、以前までなら考えられないことである。王女様の手を勝手に握るなんて、その場で処刑されても文句が言えないくらいのことだろう。

 ……でも、今の私にはそんな躊躇や恐れなんて塵一つほどもなかった。


「ちょっと!? ……――――ああ、もうっ。が、学園祭が終わるまでの間だけだからね!」

「うん。ありがと、るな!」


 ルナがそれを快く受け入れてくれるのを、私はもう知っているのだから。

次回更新は本日18時です。

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