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ノブリス・オブリージュ ~引きこもり令嬢が何故聖女と呼ばれたか  作者: 剥製ありす
第三章 貴族令嬢の彼女がいかにして友を見つけたか
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第1話 さようならとまたねの違い

「――――それでは、新入生を代表して、“ルーンハイム・ロード・ルーネリア”王女殿下より宣誓のお言葉を賜りたいと思います」

「……ふん。敬意はきちんと持ち合わせているようね。いいわ」


 見学の時以来の学園、いよいよ入学のためにここにやって来た私は、広場を囲むように連なるその巨大な校舎の内の一つ、集会場、或いは講堂などと呼ぶべきであろう広いホールのような空間でめまいを起こしそうになりながらもなんとか直立していた。


 周囲を囲むのは自分と同期の新入の生徒たち。やはり上流階級の通うらしい故か、人数は精々百を少し上回るくらいだ。

 軽くその十倍の、付き添いの家族・従者や学園側の人々の目線を浴びれば、記憶にして実に二度目の入学とはいえど、緊張してしまうのは仕方ないことだと思えた。


 ……いや、或いはこのような“入学式”に参加するのは初めてだからかもしれない。


 前世の学校など、大抵が養育施設からそのままエレベーター式に学校という名の監獄へ移動するだけである。最初に生徒番号という管理のための識別番号を与えられ、後はプライバシーも何もない劣悪な寮へぽい、だ。

 そういう意味では入学式どころか、まともに“学校”で学ぶこと自体が初めてだとも言える。


「べる……」


 不安からか、後方の保護者用の席で見守ってくれているだろうベルさんたちに無意識に振り返りそうになって、けれど相棒を抱き締めて堪える。

 隣の青髪の青年が訝しげに私を見た。


「子供……? 」


 いや、あなたも子供です。


 思わずそう開きそうになった口を更に相棒に押し付けて抑え、ぷいっと目線を逸らす。


 まあ、客観的に考えて私がかなり場違いなのは自覚している。

 一応入学に必要な最低限の年齢は満たしているとはいえ、実際は十五歳から十八歳が大半を占める中、ポツンと一人ぬいぐるみを抱えた“六歳児”がいれば何の冗談だと言いたくもなるだろう。私だってそんなものを見れば自分の正気を疑う。


 因みに相棒は当然、自由時間以外は持ち込めないものと思っていたが、式が始まっても何故か誰も回収しようとしなかったので流れで抱えたまま参加してしまっていた。

 むしろ回収して欲しかった。元から違和感が凄いのに、これではもう浮きまくりである。


 ……しかし。私がこうも緊張しているのは、何もそれだけのためではなかった。

 チラチラと露骨に注目を集めているのに必死で気づかないふりをしながら、壇上に上がっていくくるくるロールの金髪の少女を見た。


「……私はルーンハイム・ロード・ルーネリア、八歳。当然知っているでしょうけれど、アイツ……いえ、国王陛下の娘にして現状唯一の王位継承者。つまり次期女王よ」


 ――――そう、私と同じ今期の新入生、つまり同期に、なんと王女様がいるというのである。


 もしも接する機会があるとすれば、拙い言葉遣いで礼を欠いた態度だと誤解されないだろうか。勿論最大限気を付けるつもりだが、きっとベルさんとミラさんにもフォローしてもらうことになるだろう。


「おうじょ、さま」


 声を出さずにほとんど唇の動きだけで零したはずのそれを拾ったのか否か、王女様のその常に不機嫌そうにつり上がった目が、確かに私を捉えていた。

 キッと疑問に細められた左右で色の違う瞳。右目はルビーのような淡い紅で、左はエメラルドのように明るい緑。そのどちらもが健康的に白い肌と金色の髪によく映えていて、如何にもな高貴さを感じさせる。


「……ふん。最初に言っておくわ。私の敵に回った者には容赦しない――――」


 彼女は興味を失くしたように私から目を離すと宣誓を続けた。式の進行の女性が時折困ったようにちらちらしているのを見るに、大分アドリブが含まれているらしい。学園長こと祖父はその横で笑っていた。


 ざわつく周囲の子供たち。明らかに反抗的な態度になった子も何人か見かけられる。

 ……当然だろう。きっと今まで、彼らにとって一番上は自分か、親くらいだったのだ。それがいきなり、自分よりも幼い少女に脅迫に近いことをされても大人しく従えるはずもない。


 しかし上下の格差というものに慣れている私にとって、王族、即ち階級のトップに位置する彼女がそう言った発言をしたのには別段、違和感も反感も覚えなかった。


 私がしたいのはあくまで、“マリアーナ内”の労働環境や保障その他諸々を出来る範囲で改善すること。そしてそれによって権力、少なくとも“フェアミール家”に関わる反感を“しあわせ”で和らげ、ベルさんたち始め大切な人たちが以前の襲撃のようなことに巻き込まれないようにすること。

 故に王族、それも次期女王らしい彼女に悪い意味で目をつけられるのはその目的に仇する行為であり、ならば彼女に反抗する気は更々ないのだ。


「以上。八歳だからって、舐めないことね」


 私より少し大きな胸を張って堂々と宣言した彼女はつんと顎を上げてロールを揺らすと、お付の人に守られながら壇を降りた。


「はちさい」


 きっと私がいなければ今期で、いや、史上最年少での入学だったに違いない。父は今までで一番若い新入生で十四歳だと言っていた。

 ……なるほど、途中私を見たのは自分より更に若い、というか最早幼い童女、つまり私が列に紛れていたのに驚いたのだろう。


「まずい……? 」


 なら、もしも、彼女が最年少であることに誇りを持っていたとすれば。

 ……それは少々拙いことになるかもしれない。

 あの目を離した後の“ふん”という吐息に含まれていたのが、“生意気な”という敵意でないことを祈るばかりである。


「では、学園長……」

「うむ」


 彼女が列の先頭に戻ったのを待って、次に進行の女性が促したのに従って壇上に歩み出たのは祖父だ。やはり、家族が学園長というのはどうしても違和感というか、妙な感覚だ。

 祖父は私たちを見渡すようにするとざわめきが収まるのを待って、やがて最後の話し声が消えたところで満足そうに頷いて。


「……さて。君たちは今この瞬間から、この学園の生徒となる」


 静かに始まった歓迎の言葉に耳を澄ませる。

 王女様が話題を掻っ攫ってくれたおかげか、私への注目は大分マシになっていた。

 ホッとしながら少し肩の力を抜いた。このままずっと張りっぱなしであったら、きっと今夜は筋肉痛に悩まされるところだったろう。


「知っての通り、この学園は他の都市に点在するものと比べて極めて特殊で、かつ一番規模が大きい。それは君たちの周り、同期の仲間の多さが示しているじゃろう」


 うんうん、と数人が同意するように頷いた。

 てっきりこの人数は少ないものだと思っていたが、そうではないようだ。

 いや、前世の、“大量の資源の管理”といわんばかりの扱いを参考にするのがいけないのだろう。

 本来の学校というのは、こんなものなのかもしれない。


「一つ、質問がある」


 それから祖父は数秒の空白を置いて。

 ごくりと喉を鳴らす音が幾つか聞こえた気がした。


「――――君たちは、この学園に何をしに来た? 」


 その問い、或いはそれぞれの本質さえも含むそれに対する反応は様々だった。

 何を言っているんだと口をポカンとさせる者。

 高圧的だと受け取ったのか、不機嫌そうに眉を顰めた者。

 ただ黙って次の言葉を待っている者。

 そして。


「しあわせの、ため」


 ――――胸に秘めた信念をより滾らせる者。


 私は瞼を閉じて、決意が揺れていないことを確かめた。


 魔法学園とは言うが、何も魔法ばかりを学ぶわけではない。見学の際祖父は、貴族階級の者が多く通う都合上、その貴族としての心構えや社交、社会の仕組み。また常に“管理”が付き纏う立場故の算術などに加え、簡単な護身術なども習うと説明していた。


 そしてそれらはすべて、この先私に必要になるものだ。

 貴族だからというよりは、目的のために。私は色々なものを学ばなければならないのだ。


「勿論、学びに来たのじゃろう。社交に重きを置く者もいるじゃろう。君たちがどう過ごそうとワシらはほとんど関与しない。……だが一つだけ、君たちに、絶対に学んで欲しいことがある」


 しかし祖父は、それよりも大事なことがあるという。

 気付けば私は、いや、私たちは皆、祖父の話に惹き込まれていた。


「“友”」


 高い天井と大きな壁にゆっくりと反響した“友”という音。

 沈黙が支配するホール、祖父がたった一言だけ発したそれは、しかし何よりも大きく響いて。

 今度は、全員が目を丸くしていた。


「……知識。技術。人脈。魔法を始め、ここで学んでもらう数々は勿論すべてこれからの君たちに必要なものだ。しかし、同時にそれらすべてはあくまで、そう。剣や盾にすぎないということをわかって欲しいのだ」


 その言葉の意味を、何故だか私はなんとなく知っているような気がして。

 祖父があると言ってくれた“才能”というのは、この感覚のことなのかもしれない。


「いくら丈夫な盾を持とうと、どれだけ鋭い剣を持とうと、それを正しく使えなければまるで意味がない。君たちは何より、君たち自身を磨かねばならんのだ」


 そのために友を。友人と過ごす日々という繋がりで以て自らを成長させて欲しいと、祖父はそう言っているのだ。


「おともだち」


 ……友、友か。そういえば、私には今まで友人と呼べるような存在がいただろうか。


 ベルさんもミラさんもカルミアさんも、クロリナさんや師匠、ラブリッドさんも。私の持つ繋がりには必ず“上下”があった。

 アヤメだって、友だちではあっても、どうしても“友人”にはなれないのだ。

 前世などは考えるまでもない。


「……おともだち」


 そうしてふと目を落とした先、そこには変わらず相棒がいた。

 後ろで見守っているはずのベルさんが、隣で大丈夫です、と頭を撫でてくれた気がして。

 私は小さく微笑んだ。


「だいじょうぶ」


 やっぱり、館を離れて、まったく新しい生活が始まるのは不安なのだ。

 お友達はできるかな、とか。

 ちゃんと勉強に付いていけるかな、とか。

 ずっと考えないようにしていても、ちゃんと整理して区切りをつけたはずでも、いざ始まるとなるとどうしてもそれは湧いてくる。


 ……けれど、そう。大丈夫だ。私一人では無理かもしれなくても、隣でベルさんやミラさんが支えていてくれる。それに、祖父だっているのだ。


「ワシはマッグポッド・マウリスタ。君たちの成長を願うこの学園の長として、歓迎しよう」


 気付けば新入生の誰もが、熱意に溢れる瞳で祖父を見ていた。

 変化がわかりにくい私の瞳だって、きっと負けないくらいに煌めいていた。


「――――ようこそ、ルーネリア王立魔法学園へ! 」


 やがて木霊したのは勿論、割れんばかりの拍手だった。
















「とおさま」


 ベルとミランダを隣に、鈴を転がすような愛らしい声で期待と不安を織り交ぜにして私を見つめるアリス。そしてそれを見つめ返す、私やカルミア、クロリナ殿。

 学園の門の境を挟んでそれぞれ外と内に立った私と娘は、これでしばらくお別れだ。

 時間を作って様子を見に来てやることは出来るが、あまり干渉しすぎるのはよくないだろう。自立と成長のためには、長期休暇の時に戻ってくるくらいがきっと丁度いい。


「わたし、がんばる」

「アリス……っ」


 まだ少し幼さの残る舌回りでそう言ったアリスを、思わず抱き締めた。

 ……ああ、いけない。涙はもう、昨晩に枯らしてきたはずだったのだが。


「とおさまぁっ……」

「ああ、アリス……」


 私の涙を見てつられたのか、アリスは小さな手で抱き着いてきながら声を潤ませた。

 するとその顔を私の胸に埋めて、細く嗚咽を漏らしながら服を温かく濡らしていく。


「お嬢様……」


 ほろり、と菫色の瞳から零れた涙を彼女は拭って。

 入学式に同席させて欲しいという願いには驚いたが、なるほど随分慕われているらしい。


「アリス様ああああぁぁっ! 」


 その横で号泣するカルミアに、少し笑みが漏れた。

 まったく、来た時に比べると別人かと疑うほど感情豊かになったものだ。

 ラブリッドに対してはまあ、相変わらずらしいが。

 だが最近、手紙のやり取りをするようになったらしい。それを話している時のあいつは、平静を装いながらも喜んでいるのが丸分かりの声色だった。


 ……そしてカルミアが手紙を送るようになった理由、それもアリスの言葉が切っ掛けらしい。

 伝えられる時伝えなきゃダメだと、そう諭されたらしい。まだ二桁も数えぬ童女が、である。

 それに経験に基づく説得力が伴っているのだから、本当におかしな話だ。


「ははっ……」

「とおさま……? 」


 目を赤く腫らして見上げたアリスの頭をがしがしと撫でてやる。

 崩れた髪の毛が顔にかかって擽ったそうにしながらも、止めようとはしなかった。


「アリスなら、大丈夫だ」


 ……ああ、大丈夫だ。この娘なら、大丈夫だ。

 きっと学園でも上手くやっていくだろう。

 今までこうして、数多の人々と手を繋いできたように。

 きっとまた無条件の善意を振り撒いて、好意で以て輪を広げていくのだろう。


「……うんっ」

「よし、いいこだ。……そろそろ、父さんたちはマリアーナへ戻る」


 まだ片付けねばならない仕事は山ほど残っている。

 それにいつまでも一時の別れを惜しんでいるのは、アリスのためにもならない気がした。


 アリスは寂しそう顔を伏せながらぎゅっと、最後にもう一度抱き締めて離れると全員にそうして回って、それから顔を上げるとふわり、不器用に笑顔を作った。


「きをつけてね」

「ああ」


 やはり気遣いは欠かさぬその額に一つ、キスをしてやって。


「……ベル、ミランダ。任せたぞ」

「お任せ下さい。私は姫の騎士ですので! 」

「勿論です。私はアリス様の従者ですので」


 似たようなことを言ってアリスの手を握った二人の瞳は頼もしく。


「がんばれ、アリス」

「……うんっ! 」


 ならば私は、影からそっと成長を見守るのだった。

次回更新は本日18時です。

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