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ノブリス・オブリージュ ~引きこもり令嬢が何故聖女と呼ばれたか  作者: 剥製ありす
第二章 貴族令嬢の彼女がいかにして民の光となったか
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第9話 名は体を表す、魔法は心を顕す

 日傘を持って隣に並ぶベルさんの手を離さず、ミラさんの先導でまた街への道を歩いて。門を潜って市場を入って右手の道へ抜けた先に、その教会はあった。

 街よりほんの少し離れた場所、ちょうど山の入り口のすぐ手前の一角、市場の活気溢れる雰囲気とは打って変わってとても静かだ。


「きれい……」


 その中心に佇む、屋根に丸いオブジェの飾られた白い建物を見て、一言。

 館を出て常に、特に市場を抜ける時には極限まで張っていた警戒心が嘘のように鳴りを潜めた。


「建物こそそこまで大きくはありませんが、自然の中に調和したマリアーナの教会の美しさは王国の中でも随一なんですよ」

「そーなんだ」


 ベルさんの説明が果たして頭に入ったかどうか怪しい。豊かな自然に溶け込んだその姿はそれほどまでに美しかった。いかにも、神秘的な場所といった風だ。

 そうしてしばらく教会を眺めていて、今度はその隣に並ぶ平屋の建物に目が行った。

 すると今度はミラさんが視線を追って。


「姫、あれがクロリナさんの孤児院です」

「こじいん」


 なるほど、これが。

 孤児院は想像していたものよりはずっと小規模で、館よりも小さかった。

 ちょうど広間くらいの大きさだろうか。


 ……いや、しかし。

 あの時は初めて市場に来た緊張に流されて気にも留めなかったが、この教会に隣接した孤児院の院長をしているというのは、つまり。

 クロリナさんは、かなり身分の高いシスターなのではないだろうか。


「……ぐえ」


 もしかすればかなり失礼な態度を取ってしまっていたかもしれない。

 だとすれば、なおさら子供たちと一緒に服を作っているのかという質問は迂闊であった。絶対言わないという口約束で収めてくれたその器の広さには、平に感謝するばかりである。


「もう少し眺めていられますか?」

「ううん、はいろ」


 既に私が館の玄関で止まっていた分、待たせているのだ。これ以上待たせるわけにはいかない。

 景色を楽しむのは別に検査が終わってからでもできることだ。


「畏まりました」

「少々お待ちください、姫。守門(ポーター)に確認してきます」


 と、教会の入り口へ駆け寄っていったミラさん。建物ばかりに目が行って気づかなかったが、その前で控えていた、守門、という役職らしい男性に何やら話しかけている。

 じっとそれを眺めていると、またベルさんが説明してくれた


「あの方は守門と言って、教会の出入りを管理する人です。どこの教会にも必ず一人はいますが、もともとは騎士だった方がすることが多いみたいですね」

「そっか」


 なるほど、そのまま門番のことらしい。教会に何かそういった危機が訪れるというのはなんとなく考えにくいが、ないことでもないのかもしれない。何にせよ、門番なのだから元騎士が多いというのは納得できる話だ。

 そのまま見守っていると、ミラさんがその男性とともに戻ってきた。

 大丈夫です、と笑顔で言ったミラさんの一歩後ろで丁寧に礼をした彼は顔を上げて。


「お待ちしておりました、フェアミール御一行様。ご案内致します」


 彼の案内に従って、両脇を白い何かの花で彩られた道を歩いて、半楕円状の扉の前へ。その木製の扉にはやはり、シンボルマークらしいまんまるの円の中に天秤が描かれたマークが掘られていた。

 そうして彼はぎぃ、と扉を引き開いて。

 私は、また圧倒された。


「では、お好きな場所へお座りになってお待ちください。クロリナ様を呼んで参ります」

「ありがとうございます」


 後ろで何やら傘を閉じるベルさんとやり取りをして去っていった声も聞こえぬまま、ぼうっと教会の内部に目を奪われた。

 白い柱で左右を囲まれた中に長椅子が整然と並び、奥には大きな銀色の天秤の彫刻が鎮座していた。その後ろは大きな色付きのガラスが嵌め込まれていて、差し込む外の光が黄色と青、それに緑と赤に煌めいて幻想的な光景を醸しだしている。このようなガラスは、今まで見たことがなかった。

 一つだけ思い当たることがあるとすれば、前世で支配者階級の中でも極一部の者が所有していたという、〝ステンドグラス〟というやつだろうか。


「アリス様……?」

「う、ぁ……う、うん」


 横から顔を覗き込みながら言ったベルさんにハッと意識を取り戻す。

 クスリと笑ったベルさんとミラさん。続いてミラさんが奥まで並んだ真ん中辺りの椅子まで進みながら振り向いて、こちらへ、と呼ぶのについていく。


「きれい」

「はい、アリス様。私も時折ここを訪れますが、毎回感動してしまいます」


 私のペースに合わせて歩いてくれるベルさんは優しく手を握りながら、そう応えた。

 なるほど、やはり神様というのはいるのかもしれない。正にそれとしか思えぬ不思議な体験をした身ゆえ、傾いていた心はさらに信じる方へ向いた。


「少し高いですね。アリス様、私のお膝へ」

「えっ」


 木の長椅子の座面は腰の少し上くらいで、確かに私にはかなり高く、ベルさんやミラさんの助けなしでは気軽に座り降りできそうにない。

 ……けれど、膝の上である必要はあるのだろうか?


「う、うん」


 しかしベルさんの有無を言わさぬような微笑みに何も言えず、大人しく抱えられて膝の上へ。するとぎゅっと両手を私の前へ回して抱き締めるように固定される。


「……ぁう」


 きっと落ちて怪我をせぬようにという用心なのだろうが、少し過保護な気がしないでもない。

 というか恥ずかしい。甘えるのに自ら言い訳をして抵抗するのはやめたつもりだったが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 やはり、相棒を連れてきて正解だった。

 むぎゅぅ、といつものように目元以外を隠す相棒には、そろそろ私の魔力が宿り始めたかもしれない。それくらいずっとそばに置いている。

 仮に本当に宿っていたとしたら、どうなるのだろう。もしかして動きだしたりするのだろうか。

 私はじっと、その黒い瞳を見つめた。


「あいぼー」


 〝やあ、アリス。調子はどうだい?〟……みたいな。

 相棒の手を動かしながら、自律する彼と話すそんな姿を想像する。

 軽くホラーである。

 ……いや、私は一体何をしているのだろう。ベルさんの膝の上に座るというのは私にとってよっぽど恥ずかしかったらしい。


「ぶっ……!?」

「ノクスベルさん、お気持ちはわかりますが、落ち着いてください!」

「は、はい、ミランダさん……」


 また何かをわかり合う二人に首を傾げる。なんだかいつもと立場が逆なようだ。


 それはさておき、魔力の検査というのは、一体どのようにして行われるのだろう。

 騎士であるミラさんもきっと検査を受けたことがあるはずだ。今の私と同じようにドキドキしながら教会で受けたのだろうか。


「……みら」

「はい、姫」

「みらも、きょうかい?」

「検査ですか?」

「うん」


 若干言葉足らずだったその質問の意図をすぐに察してくれたミラさん。いずれミラさんにもベルさんのように心を読まれるようになるのかもしれない。私はそんなにわかりやすいのか。


「そうですね、私も教会で調べていただきました。ここではなく、生まれた地区を担当する教会での検査でしたが……どこも調べ方はほとんど同じはずなので、きっと姫も同じ検査だと思います」

「そっか。……どんなの?」


 一拍置いて、内容を尋ねた私を不安がっていると感じたのかベルさんが頭を撫でてくれて。

 ミラさんが答えようとしたところで、背後で扉の開く音がした。

 ベルさんとミラさんが振り向いて、私も確認しようとするも、見えるのはベルさんの体だけだ。


「お待たせ致しました、ノクスベル様、ミランダ様……と」


 誰かを探すような声音に、緩んだベルさんの腕から離れて、膝から降りる。座面に膝立ちになって、背もたれの上にちょこんと顔を出した。


「お嬢様」

「こんにちは、くろりなさん」

「こんにちは、お嬢様。調子はいかがですか? 」


 私の姿を認めると微笑みかけてくれて、ゆっくりこっちに歩いてくるクロリナさんの手には天秤らしきものと、恐らく何か液体の入ったカップ。これを使って検査をするのだろう。


「げんき」

「それは何よりです……お嬢様は、検査の方法を?」


 と、確認するように首を傾げたクロリナさん。


「ううん」


 それに私は首を振って否定を返した。

 普段ならベルさんや父、あるいはカルミアさんが事前に教えてくれそうなものだったが、部屋替えやあの事件の事後処理でドタバタした中であり、何より館を出る寸前まではとても元気とは言えなかった私のこともあって、伝える暇がなかったのだろう。


「いま、みらにおしえてもらおうとしてたところ、です」

「そうですか。では、改めて説明させていただきますね」

「うん。おねがい、します」


 たどたどしい敬語でそう応えた私に、クロリナさんは薄く微笑んで。

 長椅子のすぐ隣まで来たのに、立ち上がろうとしたベルさんとミラさんに少し慌てたように手で制して。


「いえ、いえ、そのままお座りになっていただいたままで大丈夫です」

「畏まりました。本日はよろしくお願いします、クロリナさん」


 続いて頭を下げたミラさん。二人に同じく頭を下げて礼をしたクロリナさんが私のすぐ前まで来てしゃがんだのに合わせて、私も膝立ちを止めて座り直した。

 それを待って、クロリナさんがやがて説明を始めた。


「検査はこの天秤と、〝感応水〟……砕いた魔石を混ぜ込んだ水を使って行います」

「かんのーすい」

「はい、感応水、です。お嬢様」


 天秤を私の隣に置いて、カップの中身を私に見せながらクロリナさんが言う。。

 それはわずかに白く濁った、ほとんど透明の液体だ。砕いた魔石を、というが、特にその粒が浮かぶような様子もない。よっぽど細かく砕いたものを溶け込ませているらしい。

 魔石は希少資源であるはずだから、この感応水とやらもきっと買おうとすればかなりの値がするのだろう。


「こちらを天秤の両のお皿に均等になるように注ぎ、そこにお嬢様の魔力を流していただきます」

「かんのーすい、に」

「はい。そうしてその後の感応水や天秤の反応によって、魔力の性質がわかります。ただ、これでわかるのはあくまで大雑把な系統、そうですね、なんとなくの種類です」

「そっか」


 わからぬ言葉が出てきたのにベルさんに尋ねようとすれば、その前に私にわかるよう簡単な言葉で言い換えてくれた。

 しかし、どうも具体的に詳しくどのような魔法が使えるかというのがわかるわけではないらしい。恐らくどのグループに属する魔法かというのがわかるということなのだろう。

 私が納得して頷いたのを見て、クロリナさんは続けた。


「例えば、体や物など、何かを強化するような魔法であれば天秤はどちらかに傾きます。強化の魔法はその表面、または内部を魔力で覆って強くするものですから、その分重くなるのです」

「ふんふん」

「けれど、例外もありますね。〝補強〟による強化ではなく、〝増幅〟による強化の性質を持った人もいます。その場合は水面の微かな揺れが増幅されて、お皿の感応水が跳ねたりします」

「ほへ……」

「他にはそうですね、炎に関するものなら感応水が熱くなりますし、水に関するものならかさが増えて溢れます」


 なるほど。それを正確に把握してというよりは、適した調べ方を模索していった結果生まれた検査方法なのだろうが、とても良くできているように思えた。

 この検査はまず、天秤が反応するか感応水自体に変化が見えるかで大きく二つに分かれるのだ。

 天秤だけに反応があれば、それはつまり質量に変化があったということで主に強化に関するものとなり、感応水の方に変化があれば、それはすなわち現象的なものとなる。

 火が生まれるのには熱と酸素が必要で、恐らく魔力は熱の部分を担当しているのだ。だから感応水は熱くなる。水の場合はそのまま、生まれた水の分が皿から溢れていくというわけだ。

 私は結局そういった技術研究に関するコロニーには進めなかったので詳しくはわからないが、魔力とは、すなわち純粋なエネルギーの塊なのではないか。


「では、早速お嬢様の魔法を調べてみましょう」

「うんっ」


 それで一通り説明は終わったらしく、クロリナさんは天秤の上部を二本の指で押さえ、その指に掛かる重量の感覚でもって慎重に調整しながら皿に感応水を注いでいく。

 経験だろう、やはりこの調整はもう慣れたものらしく、幾度か注ぎ足すとゆっくり指を離して、天秤は見事に釣り合った。ものの数十秒のことである。


「すごい」

「ふふ……ありがとうございます、お嬢様」


 ベルさんとミラさんの見守る中、私はクロリナさんに従って両手をそれぞれ左右の皿の中の感応水に向けた。


「では……」

「うん。……――――えいっ」


 そうして私は、感応水を目掛けて慎重に掌から魔力を放出した。

 ゆっくり伸ばしたそれを、溶かし込むイメージで送って。

 すると、やがて変化が訪れた。

 天秤が傾き始めたのだ。

 しかし、それはどうも強化の魔法ではない。


「……なるほど」

「やはり、あの傷を移し代えるのはアリス様の魔法の特性というわけではないようですね」

「わ、……」


 少しずつ、しかし明らかに感応水のかさが増していた。

 その分の重さで天秤が傾いたのだ。

 どうやら私は、水の魔法を――――。


「――――いえ、待ってください、これはっ!?」

「……さ、さすがは姫、でしょうか? こんな反応、騎士団でも見たことが……」

「っ、……アリス様」


 しかし〝変化〟は、そこで終わらなかった。

 零れた水が、椅子を濡らすことはなかった。

 ガシャリとバランスの崩れた天秤が倒れる。


「えっ……えっ?」


 ピキピキと音を鳴らして。

 溢れた水が、皿を伝って、落ちる前に。


 ――――その皿ごと感応水は、凍っていた。

次回更新は本日18時です。

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