第40話 ドラゴンイーター
悪夢だ…一匹でも苦戦したあの漆黒の未知の化け物がざっと数十匹、上空を埋め尽くす様に漂っている。
依然と同じくすぐには襲ってくる気配はないが、そうなるのも時間の問題だろう…戦いは避けられない。
一方、奴らを迎え撃つこちらの戦力はと言うと…。
リュウイチとドラミは今のところ無傷に近い状態だ…魔力はそこそこ消費しているがまだ戦えると思う。
だが俺は右腕を失ったうえに体中に深手を負っている…おまけに今しがた魔力も枯渇した所だ…正直立ち上がるのもしんどい。
『…昼寝はこいつらを片付けた後でだな…』
俺はよろよろと身体を起こた…しかし全身のあちこちから激痛が伝わってきて身体が固まる。
まずいな…これでは空を飛ぶ事も駆け回る事も出来やしない…これではただの足手まといだ。
しかし俺の前にライラとメグが現れ戦闘態勢を取って身構えた。
『お前たち…どうして?』
「何だか分からないがアレともう一戦構えるんだろう? あんたは大きな仕事を終えたんだ、あとはアタイたちに任せておきな!!」
『ライラ…巻き込んでしまって済まない…』
「気にすんな、乗りかかった船だ…最後まで付き合おうじゃないか!!」
ライラたちの助太刀はとてもありがたい。
だがせめてもう一頭、ドラゴンがいてくれたなら…今となってはドラゴを失ったのは大きな損失となってしまった。
ドラゴは『竜殺しの剣』の破壊の際に鱗一つ残さず消滅してしまった…奴とは最後まで分かり合う事は出来なかったが、最後の最後に力を貸してくれた事には感謝しかない…彼の時間稼ぎが無かったら俺達は全滅していたのだから。
「あれは…負の感情が集まった所に何処からともなく現れると言われる『命を喰らう者』…」
メグがうわ言の様に洩らした言葉を俺は聞き逃さなかった。
『メグ、あれが何だか知っているのか!?』
「ひゃい!?」
『教えてくれ!!あの化け物が何なのか!!』
相変わらず俺の姿に怯えているらしいがこの際構っていられない…今はどんなことでもいいからあの化け物の情報が欲しかったのだ。
「…あれは『命を喰らう者』…別名『竜を喰らう者』とも呼ばれる存在で、『地上に憎悪満ちる時、空の裏側より現れし黒き獣、全ての命を喰らうであろう…』…そういう言い伝えが記された古文書を以前どこかで読んだ事があるんです…人の記録が存在しない古から『命を喰らう者』はこの世界に幾度となくやって来た事があったらしく、当時の地上に住まう者が団結してあれを退けたと…」
別名『竜を喰らう者』か…以前に俺とドラゴはあの化け物の仲間に喰われかけた事があるのでその別名は実に的を得ている…要するに屈強な種族であるドラゴンより強いという意味でその二つ名が付いたのだろう。
俺達にとっては実に不愉快な話だが。
『そうか、あいつらはここ最近現れたものでは無いという事なんだな…しかしなんだってあんなものが存在するんだ? 普段は裏の世界とやらに住んでいるというのならわざわざこちらの世界に出て来ることは無いじゃないか…』
「私にそんなこと分かる訳ないじゃないですか…!! なんなら直接聞いてみたらどうです!?」
『それはそうだが…』
珍しくメグが感情的になっている…言ってる事はもっともだが、奴らと会話は成立するのだろうか? 見た所、知性を持ち合わせているとは到底思えないのだが…。
「どうしたのパパ? あの子達とお話したいの?」
ミコトが俺とメグのやり取りを聞いていたらしく、俺に話しかけてきた。
『ミコト、危ないから下がっていなさい…』
「あたし、分かるよ…あの子達の言ってる事が…」
『って…ええっ!?』
なんですと? ミコトにはあの化け物の言葉が分かるのか? まさかこれは『竜人』たるこの子に備わった能力なのか?
『確かに奴らは常にうめき声の様な音を発しながら空を漂っている…あの音にも意味があるのか?』
「うん、さっきから『滅びよ…』だとか、『憎悪に囚われし愚かな生命よ…』、『我は世界の均衡を保つ者…』って言ってるよ」
『何だって!? こんな侵略まがいの事をしておきながらどの口が言うんだ!!』
「パパ…怖い…」
『ああ…ごめんな、お前に言ったんじゃないんだよ…』
ミコトを怯えさせてしまったが、俺の疑問は当然と思っている…別の世界から来てこちらの生命を脅かしておきながら随分と尊大な物言いだな。
『世界の均衡を保つ者』だって? 何様だ!!
こちとら俺達ドラゴンが『世界を保つ者』として世界を管理しているというのに。
「『強大な力を持った者はおごり高ぶり、やがて世界を破滅に導く…我々はそれを良しとしない』…だって…『我らは常に力ある者が力無き者を蹂躙していないかを監視している…』とも言っているわ…」
ミコトは通訳の様に俺と『世界の均衡を保つ者』の間に立っている…一抹の不安はあるが、少し対話を試みてみるか…。
『ここドラゴニアは俺達が住まう世界だ…あんた達には手を出してもらいたくないのだが…』
ミコトが頷き空に漂う『世界の均衡を保つ者』に向かって両手を広げる…そうして何やら聞き慣れない謎の言語を早口で呟き出したのだ…まるで呪文の詠唱の様に。
この呼びかけは『世界の均衡を保つ者』単体にではなくすべての個体に向けられている。
やがて奴らの返答が帰って来たらしく、ミコトがこちらの言葉で翻訳してくれた。
「『世界はそこに住まう者たちだけのものでは無い…一つの世界のほころびは別の世界のほころびを生む…』」
『何を言っている? 一つの世界? 別の世界? ドラゴニア以外にも別に世界があるのか?』
奴の言い分だと、SFや創作で言うところの『並行世界』的なものか、全く別の世界が複数存在しているのではと推測できる。
自分で聞いておきながら何だが、奴の返答を待たずとも答えは『YES』である事は明白。
何故断言できるか…それは俺が『転生者』であるからに他ならない。
『転生者』である俺には前世の世界で人間だった時の記憶が薄っすらだがある…しかしそれは完全に独立したものであり、人間界…便宜上そう呼ぶが、その人間界に生きていた時はここドラゴニアの存在は当然知らない訳だし、逆もそうだ。
生粋のドラゴニアの住人に俺のいた人間界の話しをしても信じてもらえないだろう。
ある意味世界を俯瞰で見る事が出来る者のみがその存在を認識できるわけだ…だからこの質問は俺の認識を確定させるため敢えてしたともいえる。
「…返事がないわ…答える気が無いみたい…」
だろうな…恐らくこれは大っぴらになってはいけない事実なのだろう…要するに奴らはうっかり口を滑らしてしまった訳だ…あんな恐ろしい成りをしておきながら意外と迂闊なのだな。
『そうかい…だがな、仮にお前らがいくつも存在する世界の均衡を保つ特別な存在なのだと仮定して言うが、他の世界の存続の為にこの世界が一方的に蹂躙されるのをこの世界の者が黙って受け入れると思うのか?
応えは決まっている…徹底的に抗わせてもらおうじゃないか』
『世界の均衡を保つ者』のやっている事はそのまま前世でのいじめ体質や、この世界における種族差別となんら変わらない。
自分らに不利益を与える者、不都合な者、不愉快な存在を全面排除しようとする排他的思考だ。
俺はそんな事は絶対に認めない。
しかしミコトがいま俺が言った事を伝えた直後、『世界の均衡を保つ者』たちに動きがあった…とうとう俺達に向かって進撃を開始したのだ。
大方、俺が世界の均衡を破る危険分子とでも判断されたのだろう…遅かれ早かれこうなっていたんだ、今更驚きはしない。
『みんな来るぞ!! 気を付けろ!!』
『ああ!!』
『はい!!』
先陣を切ってリュウイチとドラミが飛び立つ。
「『火炎放射』!!」
「『光円斬』!!」
二人は各々固有の攻撃魔法を繰り出し『世界の均衡を保つ者』の群れに向けて放つ…炎や電撃をくらい消滅する化け物たち。
だがやはり数が多すぎる…仲間が目の前で消滅しているのもお構いなしに別の個体がリュウイチたちに迫る。
あっという間に『世界の均衡を保つ者』たちに取り囲まれてしまったリュウイチとドラミ…魔法で必死に抵抗するも徐々に追い詰められていった。
『ああっ…!!』
『大丈夫かドラミ!?』
『うん…少し掠っただけ…』
化け物の牙に抉られ、ドラミの左肩から夥しい量の血液が滴る…あれはかすり傷なんて生易しいものでは無い。
『くそっ…!! ドラミに近付くな!!』
リュウイチがドラミを庇いながら必死に『火炎放射』で応戦するも、誰かを守りながらの戦闘は隙を生む事になる…リュウイチも奴らからの攻撃を次第に受け始めたのだ、身体に傷が増えていく。
『ぐううっ…あいつらが大変な時…俺は自分が情けない…』
俺はただ上空を見上げ兄弟たちの戦いを見守る事しか出来ない…なんともどかしい事か…いや、何も出来ない自分に腹立たしさすら覚えた。
「リュウイチおじさんとドラミおばさんが危ない!!『疾風斬』!!」
いつの間にかミコトが上空へと移動しており、風属性の切断系魔法を放っていたのだ。
超高速の鋭利な衝撃波がリュウイチたちを取り巻く『世界の均衡を保つ者』をズタズタに切り裂いていった。
『ありがとうミコトちゃん…!!』
何とかリュウイチたちも無事だった…しかし戦闘に参加してしまった以上、ミコトもターゲットと認識したらしく、一体がミコトに向かって突進して来たのだ。
『ミコト…!!』
すぐにでもミコトを庇いに前へと出ようとしたが身体が言う事を聞いてくれない…このままではミコトが…。
「『螺旋覇道撃!!』
間一髪、駆けつけたライラが突き出した剣先から放たれた渦を巻く衝撃波がドリルの様に怪物の身体を穿ち、内側から引き裂いた。
『ミコト!! 無茶をするな!!』
「…ごめんなさい…」
ミコトの攻撃でリュウイチたちが助かったのは事実…だが親としてここは娘を叱っておかなければならない…ミコトには命の奪い合いである実戦に生半可な覚悟で参加して欲しくなかったからだ。
一旦、体勢を立て直す為に俺達は一カ所に集まった…周囲を警戒できるように背中合わせになって。
以前の戦いで分かってはいたが、奴らは身体を完全に消滅させないと倒す事が出来ないのだ…神聖属性が付加されたものならばその限りではないのだが、今この場にそれの使い手は俺以外には居ない。
しかしその俺も今は完全に魔力が枯渇してしまって魔法が使用不能な状態に陥っている。
魔力は時間で少しづつ回復はするのだが、そんなのを悠長に待って居る時間は無い。
万事休す…俺達は更に不利な状況へと追い込まれてしまったのだ。




