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第2話 無気力系主人公の体育

決まった。この表情だ。


登校してからホームルームが始まるまでの時間。

社交的なやり取りが濃厚に行われるこの時間。


「昨日のドラマ観た?」「あの漫画の最新刊さぁ・・・」「昨日、俺のボケモン逃げ出しちゃった・・・」「魔王倒した」


様々なやり取りが行われる教室でのひと時は、何気に大事な山場だと俺は思っている。

魔王倒した奴が何故こんなところにいるのかとか、些細な問題は置いておいて、この時間は確かに重要ではあるが、だからといって無気力系男子が、朝1番に教室に入るなどというようなヘマをしてはならない。


遅刻寸前が望ましい等というのは、ラノベ初期の設定であり、我が美学から言えばクラスの3分の2から4分の3くらいの埋まり具合がベストだと踏んでいる。

最も目立たず、空気と同化したスニーク状態。これに成り切りつつ教室のドアをくぐる事がポイントだ。


俺は、この新しい世界で始まったルンルンな気分を秘め持ちながらも、それを微塵も感じさせない虚ろな感じの無表情を作り、校舎に設置された大きな姿見で自信を確認し整え、教室に入った。


俺は無気力系男子。自分から挨拶するような愚行はしない。


「あっ、篠宮さん昨日も教科書見せて貰って済まなかったね。そのお詫びにイチゴのデコレーションケーキ作って来たんだ。」とか、「小林君、校舎の案内まで丁寧にしてくれて本当に助かったよ。何か人生で困ったことがあったらここに連絡するといい。恩は8億年くらい忘れないよ。」とか、気の利いたことを言ってはいけない。

無気力系主人公は、常に孤高で、そして、孤独でなくてはならないのだ。


でも、もしも、誰かが挨拶をしてきてくれたら、ほんの少しだけ、わからない程度に頬を緩め興味なさげな小声で「おはよ」と返す。これ鉄則。


そして―――、そして、今日も、誰も俺には挨拶をしてくれずに、ホームルームが始まるのだった・・・。


おい!挨拶くらいちゃんとしねぇか!?社会人の基本だぞ!ボケが!!

あぁ?孤高?孤独?本音と建前だ!わかるだろう!?


転校してから数日、こういう感じの朝を過ごしている。




今日の2時間目の科目は「体育」だった。

ラノベやアニメでよくある、運動神経自慢大会のアレだ。

脳筋活躍の時間と呼んでいる。


無気力系主人公として、この体育の時間に俺の実力を晒してはいけない。目立ちすぎず、目立たなすぎず、微妙なラインをキープしながらクリアしなければならない訳だ。トップでも真ん中でもドベでもいけない。ククク、なかなか俺に相応しいイベントではないか?


皆で着替えた後、グランドに集合し準備運動をする。一説によると準備体操というものにさほど意味は無いとの話もあったが、無気力系らしく少し面倒くささを醸し出す動きで皆よりも約0.15秒動きを遅らせながらそつなくこなす。誰も俺の事を意識していない。孤高の天才。無気力系主人公具合は、完璧だ。


さぁ、準備体操が終わった。

何をするんだ?サッカーか?ヤキューか?バスケッボーか?ブドーというのもあるらしいな。いずれにせよ、予習はバッチリだ。ありとあらゆるシミュレーションが成されている。さぁ、かかってくるがよい!



「えー!」


生徒達の面倒くさそうなブーイングがあがった。


何でも持久力テストとかいうやつをするらしい。

延々と校庭を走り続けろという体育担当 鬼瓦 鉄氏(おにがわら てつし)先生の指令が下ったからだ。

ただ走り続けるだけで学習していると見て貰えるなんて、一体どういう教育方針なのだろうか?

社会に出たら、ただ走り続けるだけでは働いているとは見て貰えない。


魔物か凶暴な動物でも放たなくて良いのだろうか?そうすることによって多少の犠牲は出るかもしれないが生命の尊さというものを知る事が出来るであろうに・・・。


もしくは規定の周回をこなすことによって、生活に役立つガジェットや一粒食べたら1週間何も食べなくても良い栄養満点の豆とか、7つほど集めたら蛇が出てきて何でも願い事を叶えてくれる球とかの景品が貰えるとか、そういう風に報酬制にすることによって人間の持つ欲心をくすぐり、邪神の餌をばら撒く恐ろしさを知るとか、意味を持たせることもあるだろうに・・・。


いや、しかし、この世界のルールのことだ。

もしかすると、そういう仕事もあるのかも知れないな。深い。深すぎるぞ異世界!


「はいはい、いいかお前ら、うだうだ言ってないでやるぞ!はい、スタート!」


鬼瓦氏のどうでもよさげな掛け声で持久力テストとやらが始まった。


始まってすぐにどうしたものかと頭を抱える。いや、実際に頭を抱えているのではない。そんなの無気力系主人公っぽい動作ではないではないか。


顔面無気力無表情のまま、何を悩んでいるかというと生徒たちの態度である。

余程この持久力テストというのは嫌われているのだろう。俺だけではない、皆が無気力系生徒と化しダラダラと時間が経過するのを待っているかのような走り方なのだ。


否、持久力テストが嫌われているのではない。「それをやる意味」が分かりにくいのだ。頭の中では持久力のテストだと理解しているのだろうが、それが己の人生に一体どう役に立つというのか、それが見えにくくわかりにくい為、モチベーションが上がりにくいのだろう。ご尤もな話である。


「あー」


そんな状況を打開すべく口を開くが、このような状況を打開するのは無気力主人公を生業とする俺の役割ではないと気付き口を閉じた。


「なぁ、窪田。知っているか?最近、お前、鈴奈にアピールしてんだろ?俺にはわかるんだぜ?鈴奈はああ見えて実は筋肉好きだ。お前の密かに鍛錬している太ももとふくらはぎを何度も見せつければ一コロだろうぜ!」


なんて、アドバイスしてモチベーションを上げ、更にはカップリングに貢献するなど、無気力系男子のキャラじゃない!


ようやく無気力系ライフを始めたというのに、たったの2話で「熱血系主人公のように生きてるからラノベのような事件が起きすぎて今更モブになれない」なんてタイトルに変更するわけにはいかないじゃないか!?


「なんだぁ?どうした田中?」


田中は俺の名前だ。今日は初日とは違う。そうそううっかりはやらないぜ。


「えっと・・・あー。随分面倒な授業だなと思ってね・・・」


一瞬で考え付いた28項目から無気力男子最有力候補の一つを口にする。


実際は、青空の下、少し肌寒い空気の中で、久しぶりに無意味にも体を動かすというのも、意外だが最高に気持ちいい!面倒などと言う奴の気が知れん!という気持ちはしっかり抑えて窪田君に応えた。


「マジで超面倒だぜ。」


窪田・・・お前、こんな最高の環境が全次元でどれだけあるかわかってんのか?

ある世界では地球が破滅の危機に陥って宇宙戦艦トマトだかキャベツだか忘れたが、地球を救う手立てを探しに宇宙へ旅立つようなことだってあるんだぞ!?


他には、外見は幼女の様なロボットだが、戯れに地球を拳で縦割りしてしまうような危機に瀕している世界だってある!

窪田!貴様は感謝が足りない!目を覚ませ!貴様が如何に恵まれているのかを!この世界が如何に幸せにできているのかを!


いけない!俺は、無気力系主人公。世界を熱く語ってはいけない。


「あー、たりぃ。あの鬼瓦の野郎ぶん殴ってやりてぇよ」


続けて暴言を口にする窪田に地球2個分を破壊に導くパンチを見舞った・・・妄想をした。

だがしかし、そうだな。そういう事を口にする奴は将来何の役にも立たなさそうだ。

ここで生きているのが辛くなるくらいボコボコに粛清してやろうじゃないか。


・・・いけない!怒りを抑え無表情をキープ。


「もぅ俺ギブ。保健室行って休んでくるわ」


ホケンシツ?休んでくる?

そうか!その手があったか!無気力系男子は敢えて授業を受けないという黄金解!

窪田、お前なんていう無気力の鏡なんだ!

俺は心の底から窪田という人間をリスペクトした。


だが・・・。


「窪田ぁ、マジかー。んじゃ俺もー」


「じゃ、私もー」


と保健室行きがぞろぞろと続く。


なんだ?一体どうしたことだ?保健室行き片道切符は無気力系の特権ではないというのかっ!?


そうこうしているうちに、生徒の半分近くが校庭から消えた。


そして、この場で崩れ去った無気力系黄金解に代わる、次の手をあれこれと考えているうちに、俺の脳内はあちこちに脱線しトリップし、最終的には第7次元相対性否定論を組み上げるに至り、気づけば体育の授業は「何事もなく」終了していたのだった。


そして、その日も、何事もなく終了した。


寝たふりをしながら夕方になり、誰からも声をかけられず、皆が帰ったのを見計らって顔を上げ俺は独り呟いた。

「別に・・・寂しくなんかないんだからね!」

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