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第1話 無気力系主人公異世界に転移する

あらすじをお読みになってから本文を読んでいただくことをオススメいたします。

というわけで、ほぼ無限にある次元・世界の中で、割と俺の欲望を果たし得そうな場所を見つけ出した。


曇り空にわずかばかりの雨が混じっている。


「雨か。天才の、いや、元天才の門出を祝う露払いの様な天気で、転校初日を迎えようとは、なかなかこの世界の『神』というのも粋な計らいをするではないか」


誰と話に俺はそう呟いた。

善は急げと早速異世界にやって来た。様々な手続きを終えて、俺はこの世界に単身、引っ越してきた。


転校手続きとか、役所手続きとか、そういうラノベ上面倒くさい話は「技術」によってこの一文で済ませたことにしておく。だって、誰もそんな話を読んでワクワクしないだろう?


黒い傘を差し雨を避けながら、『学校』という、ラノベでよく異世界召喚の窓口になりがちな場所へ向かう。長かった髭も剃り、肌艶も髪型もなるべくこの世界の標準と平均を計算し造り替えた。今の俺は、どこからどう見ても、至って普通の男子学生である。紺色のブレザーに身を包み、ネクタイは少し緩め気味で、無気力系男子という設定でいきたいから、目元を切れ長にするか少しタレ目がちにするか大分悩んだが、結局「切れ長タレ目がち」という設定で落ち着いた。


頭脳にインプットしてある地図によれば、この角を曲がれば『校門』が見える筈。

と、その手前の電柱の下に段ボール箱が置いてあり、「にゃーにゃー」と鳴く生き物が見える。

雨の日に、段ボール箱の中で鳴く『仔猫』


あぁ、ラノベだ。俺は今、猛烈に感動している!


案の定、箱の中には仔猫が入っていた。よしよし。ここは俺が手厚く・・・。


「いや、待て。俺は今日から無気力系男子としてデビューしなくてはならない」


独りごちながら、仔猫を助けた場合の無気力系男子スケジュールと助けなかった場合のスケジュールが脳内起動し、ここで仔猫を抱き上げるまでは可。しかし、家で飼うのは不可。と結論が出る。


「・・・くっ!・・・す、すまない・・・。来世・・・幸せになってくれ・・・」


込み上げるその感情を押し殺し、その場を立ち去ろうとする。


「みゃーみゃー」


猫に目を落とすと、つぶらな瞳が俺という人間を心底頼っていることを感じ取る事が出来、思わず抱きかかえようとピクリ、手が動く。


いけない。それはいけない。俺は今日から無気力系で生きていくのだから。


衝動を押し止めて立ち去り気味に言った。


「・・・し、幸せになるんだ・・・ぞ」


「にーにー」


「・・・・・・」


「みーみー」


「おぉぉぉぉ!神よ!!!あなたは何という惨い試練を私に与えたもうたのかっ!!!」


この世界の神の非情さに思わず天を仰ぎ叫んでいると、俺の膝上位の身長の女の子がサッと通り過ぎて、段ボールの仔猫を抱き上げ言った。


「おかーたん!みぃちゃんこんなとこにいたよー!」


そして、恐らくその親であろう女性が


「よかったわねぇ。もう、今度から窓を開けっぱなしにしちゃダメよ」


と優しく女の子を窘める。


どうも飼い猫だったようだ。たまたま捨てられていた電柱の下にあった段ボールの中に、たまたま雨が降って来て雨宿りに寄った猫が、たまたま鳴いていたらしい。

みぃちゃんとやらは、飼い主らしき親子とともに去っていった。


ラノベとは、1分1秒の誤差すらも許されない類稀なる奇跡のシチュエーションの連続!

・・・・・・俺は、この世界で、生きていく!

猫が助けられた安心感と、何もしていないのに何かを達成したかのような充実感を胸に、俺は初めての校門をくぐったのだった。



さぁ、俺にとって初めての学び舎、否、無気力系主人公を謳歌すべき戦場!


やはり初陣が大事だ。

特に自己紹介は言葉を選び、場の空気を読み取り、一帯を制することに全力を投じなくてはならない。

そして、その上で、断じて、目立ってはならない!


「あー、みんな静かに!」


30代半ばのこの小僧が、俺のクラスの担任らしい。この世界の学校というシステムは大体網羅している。学校ごとに若干の違いがあるようだが大差はないようだ。

40名ほどが入るこの空間に、担任の声が良く通る。声の質、大きさからして程よいリーダーシップが取れる人物であろう。


「あー、突然だが、今日は転入生を紹介する。はい、では、田中君」


「・・・・・・」


「田中君?」


先生から言われてハッとする。

たなか?あぁ、そうだった。

俺のこの世界での新しい名前だったな。色々と考え事をしていたものだからうっかりしていたよ。


「皆さん。おはようございます。田中 彷徨です。上から読んでもたなか かなた、下から読んでもたなか かなた。趣味はバスケ、特技はサッカーです。これからよろしくお願いします」


完璧だ。ラノベ主人公は、大抵格闘技や剣術系の修行の体得者が多かったが、この世界の現代青少年における違和感なし+好まれる趣味ランキング上位に入るものといえば、バスケとかサッカーって言っておけばオケ。的な記述を俺は見逃さなかった。


上から読んでも下から読んでもを入れることにより、ちょっと捻った努力をチラ見させ、しかし、それを敢えて台無しにするという無気力的棒読み自己紹介。


完璧だ。

我ながら完璧に出来たと思う。因みにサッカーやバスケという認識は、そういうスポーツがあるくらいしかわかっていない。まぁ、無気力系は部活動には入らないというのが定番だから問題ないだろう。


「あー、篠宮。隣の席に着いてもらえ。暫くの間教科書とか見せてやってくれ」


案内されて席に着くと、うら若き清楚系美少女がニッコリと微笑み


「田中君。よろしくね」


と小声で挨拶してくれた。


あぁ、よろしく。篠宮さんといったか?この香水は○○だね?センス良いんだね?俺も、○○は―――。と脳内で0.001秒ほど会話案を組み立てたが、無気力系男子は会話にノリノリではいけない。


「あ、よろしく」


そう。これだ。この、「俺人間に興味ないんで。」って言わんばかりのこれこそが無気力クオリティー。

完璧すぎる返しに俺は今、猛烈に感動している!


ホームルームが終わってから、そのまま国文学の授業に入った。早速机を寄せて教科書をシェアするが、ラノベによくある甘い女の子の香りが漂ってきても反応してはいけない。


ラノベの設定は大事にしたいものだが、現実の女子というものは儚くて綺麗で慎ましやかではない。


(もちろんこんな話を読んでくれている読者諸氏はこれに該当しないというフォローを敢えて入れておく)


が、無気力系男子として一目置かれつつも、目立たず騒がない立ち位置に居なくてはならないわけで、中々気を遣う日々になりそうだ。うっかり俺の教養が溢れ出さないように気をつけなくては・・・。


「・・・か君。田中君」


「・・・へ?」


「田中君、先生から当てられてるよ?」


しまった!授業イベント中だった。

教養は溢れ出なかったが、尻から噴き出る様な間抜けな声が漏れてしまった。

どうやら担任の小僧が俺を指名してきたようだ。無気力系男子としてここはクールに決めなくてはならない。大丈夫。偶然ではあるが、「無気力系キャラは先生から指名されて一回で元気よく「ハイ!」と返事して立ち上がってはいけない。」という条件は守られている。

多少間抜けな声を出してはしまったが、今のところ天は俺に味方してくれているようだ。


さぁ、よかろう、どのような難解な定理でも関数座標でも神々の使い給うた文字の事でもなんでも問うが良い!


「田中、大丈夫か?その頁の下の段から読んでくれ」


「えっと、大丈夫です。この段の下・・・こ、これを、読む・・・んですか?」


訂正する。天は俺に味方などしていない。神は、この世を見捨てたようだ。


しかし、この世界は・・・一体何なのだ?


そこには、「京野 うん子」という著者が書いた読者の感想に対する返信が綴られていた。

無気力系男子に、これを、読めというのか?

・・・先生、あんた、鬼かっ!


歯噛みした。

しかし、ここは異世界。俺は生まれ変わると誓ったのだ。別に誰に誓ったわけでもないけど、憧れのバイブル「ラノベ」の生活を無気力に貫き通し、俺は生きると!

そして、今こそ戦の時!ここは戦場!いざ尋常に、勝負!!


「・・・それでは、参ります。


にゃんにゃんにゃにゃん。

にゃーにゃにゃにゃにゃー。にゃーにゃーにゃ。

にゃにゃにゃにゃーにゃにゃにゃにゃーにゃー。


なーごなーごにゃーん。にゃにゃにゃ。


にゃん! にゃにゃにゃん!


にゃんにゃにゃにゃん。


            にゃんにゃにゃんこ」


・・・・・・暫く、教室を静寂が包み込んだ。


何の強弱抑揚もない「にゃんにゃんにゃん」の連呼に人は一体何を感じるというのか。

異世界の異世界たる摩訶不思議さを思い知ったところで、俺は燃え尽きたように椅子に崩れ落ちた。


「た、田中君。お疲れ様」


聖母の様な眼差しで篠宮さんが俺を見ている。元天才、にゃんにゃんに散る。


「あー、つ、次を木下」


先生!あんたわかってたろう!?戸惑う位ちょっとまずかったなって思ってんだろう?畜生!

だが、大丈夫だ。次の奴にも同じ洗礼が降り注ぐはず!そうなる事によって、浮いた俺の存在が少しばかり薄れるはずだ!


「はい、感想有難うございます。拙作にもかかわらずの応援に、感謝の極みでございます。益々、腕を磨き更なる精進をここに決意し感想に対する返信とさせて頂きます。」


抗議する!!!何で俺のところだけにゃんにゃんにゃにゃんなんだよ!?ふざけんなよ!?

と心が荒れたが、俺は無気力系男子主人公。スカシタ顔して居眠りしたふりをする。

誰に話しかけられても、誰に何を聞かれても、反応しないクール系。それを貫く。


ピクリとも動かず、ただただ無気力に時が過ぎるのを待つ。


待って、待って待ち続けて・・・。


「あのぅ、すいませんがね。もう校舎閉めるんですわ。帰ってもらえませんかね?」


「え?」


戸締りの係のおじさんに声をかけられ気が付くと、辺りはもう、夜になっていた。


元天才、無気力系男子1日目。爆睡に散る。


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