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グランフェディックが持ってきた料理をつまみにしみじみと酒を飲んだ。考えてみれば主賓のうちの二人と一緒に飲む酒だからずいぶん贅沢な席だ。とは言っても魔族の領域ではいつもこんな感じで食事をしていたので、ちょっと懐かしい気もする。グランフェディックも酒を飲みながらぽつりぽつりと事情を説明してくれた。
グランフェディックとあのデブ公爵の関係は父親の借金問題から始まったらしい。
グランフェディックの父親であるダフタウン伯爵は、自領の小麦が不作だったときに、豊作だった南部地方から余った小麦を買い取ってきて自領で売った。主食がなければ困るだろうという領民への優しさからの行為であったが、結果として大もうけしてしまった。そして、その感覚が忘れられず、小麦相場に手を出し、案の定失敗。損失を取り返すために借金しては相場に突っ込むことを繰り返し、深みにはまっていった。
そして借金で完全に首が回らなくなったときに助けの手を差し伸べたのがデブ公爵ことブルガディ公爵だという。貴族相手の金貸しだけではなく、市井の金貸しからまで金を借りていたダフタウン伯爵の借金をまとめてくれ、金利も一定にしてくれたと父親は喜んでいたというが、
「それはあれだな……型にはめられたって奴じゃないかな?」
「どういう意味ですか?」
「多分、お前の父親に小麦の購入を進めたのはブルガディ公爵じゃないか? そして博打の勝利の感覚を味わわせて、借金させるように仕組んで、借金したらそれを助ける振りして、金利とあわせて馬鹿みたいに膨れあがった借金と情とでがんじがらめにするってことだ……心当たりはあるか? デブ公爵が伯爵領を狙う理由。さすがに魔王を倒す前だからお前自身ってことはないだろうし、お前の十三歳の妹ってのもさすがに……違って欲しいというのは願望だけどな」
「……実はダフタウン伯爵領には上質な黒鉄鋼の鉱山があって、ブルガディ公爵はずっとその採掘権を寄越せと言ってきていました」
「それかぁ。ブルガディ公爵はなんだか十も二十も金貸しを運営しているみたいだし、もしかしたらお前の父親に金を貸していた奴らも公爵の息がかかっていたのかも知れないなぁ」
ユーインがつぶやくように言った。
「……悪い奴」
グランフェディックが厳しい顔を上げた。
「父に……父に確認してみます……だけど、もしそれが本当だったら僕は公爵を許せそうもありません」
「……俺の方でちょっと調べてみるよ。だからくれぐれも先走るなよ? 俺はただのおっさんだけど、お前は立場も名誉もあるんだからさ」
グランフェディックは驚いたように俺を見て、それからこくりと頷いた。
俺も笑みを返す。
まぁ、結界魔術があれば何とかなるだろう。
俺の袖をユーインが引き、皿を指さした。
「なくなった」
「あ、すぐに取ってきます」
立ちあがろうとしたグランフェディックを止め、
「いいよいいよ。座ってろ。そういう雑用は俺の仕事だ」
なぜかユーインが腰を上げて、
「私は行く」
「だから座ってろって」
「好きなつまみを選ぶ。ヤジットに任せられない」
「あー……好きにしろ」
会場にはまだ国王もエレナ王女は現れていなかった。
やはり何か揉めごとが起こっているのだろうか。少し心配になった。
代わりに、というのは変だが、会場の中央には例のブルガディ公爵が相変わらず背後霊のように後ろに立つデルトナとともにいて、取り巻き達と下品な笑い声を放ちながら何やら話していた。
さっきのこともあるので見つかると面倒かも知れず俺がデブ公爵の視線を避けながら料理の皿の方へ回り込もうとすると何を思ったかユーインがまっすぐブルガディ公爵の方に向かってとことこ歩き出した。
「おい?」
止める間もなくユーインは、ブルガディ公爵が話している太った巨漢(影象騎士団の副団長らしい)を押しのけ、ブルガディ公爵の前に立ち、こう言い放った。
「くず」
会場がシンとした。