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ユーインは神聖教団の高位僧侶であり、治癒魔法と打撃攻撃に優れている勇者パーティの一角だった。
ぱっと見、物静かで奥ゆかしく実際よりも少々幼く見える十八歳の美少女である。だが、本性はぶつ切りな言葉を放つ、極めて攻撃的で思い切ったことを簡単にやってのける鋼のメンタルの持ち主だ。魔王を見つけたときも、「まず私がやってみる」と突っ込んでいこうとしたのを俺も含めて全員で止めた。あの戦士ミルトンダフを引きずって三歩進んだだけでもユーインの怪力ぶりがわかる。
もっとも治癒魔術の腕も折り紙付きで、結界魔術のように半分蘇生のようなことは出来ないが、傷の修復などにはてきめんに効く。さらに結界魔術は訓練後の疲労回復も訓練の成果ごとリセットしてしまい訓練の意味がなくなるが、治癒魔術での疲労回復はそんなことはなくちゃんと訓練の成果が残るので、パーティのレベル上げ中にはとても役に立った。実際、奇跡の巫女などと二つ名があるらしいが、そう呼びたくなる気持ちは良く分かる。治癒魔術を掛けている間は、聖霊が出現するからだ。無機質な女神、といった感じの聖霊は、風水火土の各魔術の時に呼び出されるモンスターにしか見えない各精霊とは異なり、神々しく美しい。だからシンプルに神秘的な感じがするし、とりわけそれを行っているのが美少女なら奇跡の技を使っている感がすごい。まぁ毎回同じ聖霊が出てくるのですぐに飽きるが。
ユーインは今回の祝賀会の主役の一人であるはずだが、グランフェディックとブルガディ公爵の争いの場に自分の取り巻きごと突っ込んできてうやむやにしてくれたのは、彼女なりに俺と勇者を助けてくれようとしたのだろう……と思ったが、冷静に考えれば、よく知らない貴族達に取り巻かれていたのがイヤだったから逃げただけだろう、多分。そうでなければ混乱の中、祝賀会会場を抜け出して中庭までやってこないはずだ。
俺は少し呆れた気持ちでユーインを見ると、ユーインは中庭の面した回廊の下で右手に持っているコップの中をなにやら真剣な目で眺めていた。
そして突然、それを俺に向かって突きだした。
「ん」
何を言いたいのか分からない。突き出されたコップには、中に半分ほど酒が残っていた。
「どした?」
「薄い」
「あー。酒が薄いのか。何か強い酒のお代わりを持ってこいってことだな」
「ん」
改めて自分の手を見てみれば俺の酒は先ほどのどさくさでどっかに転がって行ってしまったようだ。
「よし。お代わり取ってくる」
歩き出そうとした俺の袖がぐいっと引かれた。
振り返ると真剣な顔で、
「強い奴」
「……わかってる」
会場に戻ったらまだ少しざわめきが残っており、ユーインを探しているらしい教団関係者もちらほら見られたが、剣戟の音もせず、死体も転がってなかったので、争いはうやむやになったのだろう。俺はホッとしながら酒を探した。だが、並んでいる酒は既に割られたものばかりで、ユーインが好む強い酒精の酒は見つからない。
ふむ。
しょうがなく俺は一樽適当に酒が入った樽を選び、担ぎ上げて、ユーインが待つ中庭に戻った。
ユーインは俺に気づくといそいそと樽の上部を割って、コップで汲んで中身を少し飲んで、
「これダメ」
と不満げな顔を向けるのを、俺は自信ありげに
「大丈夫。任せろ」
それから結界魔術を起動した。
そのまま結界術で酒精の濃度を調節し、上澄みを廃棄する。量こそ半分ほどになったが、これで酒精の濃度は倍である。
「さぁ、どうだ」
汲んで味見するユーイン。あっさりと首を振って、
「まだ薄い。もう一回」
言われるまま二回濃度調整を繰り返した。
なんだかとろみが出てきて、嘗めると舌にツンとくるとんでもない酒ができあがった。これはあかんやつだ。酒と言うよりは燃料に近い。
だが、それを嘗めて
「完璧」
ユーインは、にんまりと笑みを浮かべ、樽の傍らに腰を下ろして本格的に飲み始めた。
俺もご相伴するが、ぶっちゃけ俺にはきつすぎる。つまみもなしだとなおさらだ。
もう一度会場に戻って何か見繕ってくるか、と思っていると、
「ここにいたんですね」
さわやかな声とともに勇者が現れた。
言わずと知れたグランフェディックである。
手には料理が載せられた皿。おそらく、祝賀会の主役をすることに疲れて少し息抜きで中庭に出てきて俺たちを見つけたのだろう。
「先ほどは申し訳ありませんでした……」
グランフェディックは俺に向かって頭を下げる。
ユーインがちらっとこっちを見た。
「……気にすんな。お。いいもの持ってるな。まぁ、座れよ」
「ありがとうございます」