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エレナは感動していた。
エレナ王女は芳紀十六歳。ベレスティナ王国の第二王女である。ベレスティナ王国では聖女などと呼ばれ、強い尊崇を受けていたが、お飾りではなく彼女の本質は歴史を調べ尽くしたことによる圧倒的博識とそれを応用する合理性なのだった。
聖女のように振る舞っているのはその方が、エレナ王女が目指す改革を実現しやすいからであり、もちろん育ちの良さからくる生来の優しさや穏やかさは持っているものの、いざとなれば冷徹に振る舞うことも出来るのがエレナ・ベレスティオーレである。
そのエレナが感動している理由は一つ。
目の前で行われた奇跡が、ガーディン聖王国によって異世界から召喚され見事魔王を倒した勇者トシ・オーイガが使っていた特別な魔術と同じだと気づいたからだ。
それは伝説を目の前にしているのと同じ感覚だった。
……すごい。
それしか言葉にならない。
それは伝説がしっかりと伝説通りに世界の片隅に残っていたことを知ったという感動だった。
エレナは自分の実力について高く評価している。実際、知力については国内でも屈指だと考えている。現宰相であるパラヴィナ伯爵も賢人と言われているが、彼よりも純粋な頭の回転の速さなら上だろう。だが、それはあくまで常識の範囲内。聖女などと言われても、実際はたまたま一定以上の知性を持った人間が王家という恵まれた環境に生まれただけ、にすぎないことを良く分かっているのだ。
だからそうではないスペシャルなものを見て感動しているのだ。どれだけ努力してもたどり着かない高みにいるこの男性。多分どれほど自分が特別な存在かわかってないのだろう。感動で胸の奥に小さな熱を感じた。
なんとしてもこの男性の協力を得て、今は亡きガーディン聖王国が国を挙げて挙行した対魔族作戦を、自分たちの手で再度実行しなければならない。
おそらく大変な困難を伴うだろう。勇者という魔素に汚染されない特別な存在であっても、複数人の人類を魔族の領土に送り込み、当然やってくるあらゆる障害を排し、最終的に魔王の居城にまで攻め込むのには大事業と言っていい。そもそもこの作戦の甚大な被害のせいでガーディン聖王国は滅んだのだ。それをなんとか最低限の悪影響で、同等の効果を得る。腕の見せ所だ。聖女の名は伊達でないことを示さなくては。
エレナは誓いを新たにした。
すると決意を新たにしたエレナのすぐ横で、何を勘違いしたのか護衛隊の隊長であるデュランが突然男性に向けて剣を向けた。
エレナは仰天した。
おそらくエレナを守るためだろうが、この探索行を無意味にする行動だ。
挙げ句の果てに男性を魔族呼ばわりである。
思わず背中を蹴りたくなった。
最初はこちらに対して好意的でヤジットと名乗った男性も魔族呼ばわりされて少し気分を害したようだ。
とにかく何とかしなければならない。
そのために、まず
「すごいです!」
エレナは先ほど感じた感動をそのまま言葉にして発した。
この感動を伝えれば、ヤジットさんも護衛部隊もお互いが敵意の対象ではないと理解してもらえるはず。
そう思ったからだ。
実際、エレナの真実の思いのこもった言葉は思った通りの影響を与えた。全員がビックリした顔でこちらを見た。
それから、畳みかけるようにエレナはまっすぐヤジットに歩み寄り、その手を両手で包むように握り、
「お話しがあります。聞いていただけないでしょうか」
少し声が震えてしまったが、ヤジットさんは戸惑った顔で、
「え? あ? だだだ大丈夫ですはいもちろん」
そのうろたえっぷりは伝説にしてはなんだかとてもかわいい感じで、エレナは思わずクスッと笑ってしまった。
そして、この人ならきっと協力してくれる、と根拠もなく確信した。