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俺はビックリしていた。ビックリしすぎて思わず大声を出してしまった。
初めて見た驚くほどのたくさんの人間は、ビックリするくらい間抜けだった。
ヘルヴェスを前に結界魔術を使わず、あまつさえヘルヴェス避けさえ設定していなかったらしい。
これではヘルヴェスが餌だと勘違いして噛みついても仕方がない。
ヘルヴェスはヘルヴェスで自分のルールを持っている。むやみにデカくて多少馬鹿だが悪い奴ではない。悪い奴などそもそもいない。『すていたす』に『悪属性』が付いている奴など、今まで二度しか見たことがないし、両方とも魔物であったが、それでも実際のところはそれほど悪い奴ではなかった。「悪属性」はただの属性魔術の効果に影響を与えるだけの『すていたす』なのかも知れない。
ともあれ今はヘルヴェスにも人間にも構っている時間はない。俺は大急ぎで今首を噛みちぎられたばかりのでっかい生き物(馬)に駆け寄った。
落ちていた頭を拾い、血で汚れるのも構わず胴体側と繋げるように置く。
まだ間に合うはず。
俺は大急ぎで結界魔術を発動する。
生き物の『すていたす』画面が視界に現れた。これに干渉するために、ログインを行う。慣れているがログインの瞬間は多少の集中が必要だ。
そして『状態』を『瀕死の馬』(この瞬間、この生き物が馬だとはじめて知った)から『生き延びた馬』に書き換える。この『状態変更』は凄まじいMPを消費する。
魔術の発動と同時に、俺の身体から六割ほどのMPが抜けた。脱力感がすごい。一瞬で馬の『すていたす』が輝きながら変更される。
気がつくと馬は生き返っていた。死にそうなほど弱っているが死んではいない。こちらを向いて弱々しい声を上げる。
完全にちぎれていた首がいつの間にか繋がっているが、どうやって繋がったのかはわからない。『すていたす変更』は、いつも気がついたら現実に反映されているものだからこういうものなのだ。
実はこれが『瀕死の馬』から『元気な馬』への変更にすると、MPはさらに必要になり、場合によっては成功しない。『すていたす変更』は、自分がどの辺まで干渉できるのかを自分のMPを見ながら調整していくという職人芸とも言える。ちなみに『死んだ馬』はどうやっても生き返らすことは出来ない。これは結界魔術の干渉の外、ということだろう。
とにかく馬は生き返った。よかったよかった。達成感とともに俺は立ち上がるとふと視線を感じた。
周りを見回すと何かすごく目を見開いて俺を見ている人間達。さっき思わず怒鳴ったから腹を立てたのかも知れない。謝った方がいいだろうか。あの瞬間は俺も気が立っていたが、馬も生き返ったことだし、もう怒る理由もなくなったわけで、そうなってみると確かに怒りすぎな気がする。天使もこちらを見ている。なんだかドキドキして俺は思わず視線をそらせてしまった。
するとそらした視線の先には倒れたまま「???」という顔で俺を見ているヘルヴェス。実は俺の『ステイタス』には『魔物のボス』という称号を書き込んである。魔物避けとして大変便利で、俺の村の人間は全員この称号を書き込んである。だから魔物は一切俺たちを襲わない。先ほどは時間がなくて殴りつけてしまったが、ヘルヴェスからしてみれば、自分の親にいきなり殴られたようなものだろう。恐れと戸惑いの表情でこちらを見ている。俺が馬を治療している間もずっとそうしていたのだろう。なんだかかわいそうになって
「悪かったな」
と思わず謝ると、途端にヘルヴェスは機嫌を直した。
起き上がりまるで犬のように寄ってきて鼻を擦り付けてくる。俺の背よりもずっと大きいヘルヴェスにそうされるとよろけてしまう。
ざわっと人間たちが身じろぎした。
何だろう?
敵意を感じる。
同じく敵意を感じたのか、ヘルヴェスがうなり声を上げながら俺の前に出た。
人間達に向かって頭を低くして威嚇行動を開始する。魔術を使うつもりなのか角の間に紫電が走りはじめ、俺は慌てて、
「いいから。行け」
俺が指で遠くを差して命じるとヘルヴェスはきょとんとこっちを見たあと、慌てて命令通り走って去った。
元気に生きろよ。ただし、俺たちに迷惑はかけるなよ。
そういえばヘルヴェスを含めて魔物は不思議と人間の意図を察する。言葉はわからないが、なにかこう思念波みたいなものを感じるのかも知れない。魔物は群れを為すことも多いし、そういうテレパシーで繋がっているのかも知れない……とそこで大切なことに気づいた。あれ? もしかして俺の命令を聞くってことは俺も魔物枠? 冷静に考えてみると、『魔物のボス』って魔物枠な気がするぞ?
俺が真剣に悩みはじめたところ、人間達の中のリーダー的な立場に見える男が、
「な、何をした!? き、貴様何者だ!!!?」
俺に向かって剣を向けながら、鋭い声を上げた。
惚けていた他の人間達もいっせいに盾を構えながら俺に武器を向ける。まるでヘルヴェスに対するみたいだ。
あちゃー。やっぱり警戒しているなぁ、と俺は思った。いきなり怒鳴りつけたんだから気持ちはわかる。怒鳴りつけた俺が悪い。だから俺はことさら笑顔を浮かべて、
「え? あー、俺、ヤジットと言うんですけど。はじめまして、でいいんですよね?」
愛想笑い全開のにこやかな自己紹介。ちらっと天使を見る。天使にもちゃんと挨拶をしておきたかったからだが、えらそうな兵士は、天使を隠すように天使の前にわざわざ立って、
「そんなことを聞いてるんじゃない!」
……ん?
「貴様何者だ!? 魔物をものともしないなんてそれこそ……ハッ……魔物……そうか、お前、さては魔物だな!? 人の姿に化けているのか!!」
ぎくり。
えらそうな兵士は俺のたった今発生した悩みにズバリ切り込んで来やがった。
ヤバい。こんなにすぐに指摘されるってことはやっぱり俺は魔物なのだろうか。
確かに俺の顔はこいつらよりずいぶん適当な造りだし、足も短い。肌も張りがない。全体的に汚い。
ぐはっ。
血を吐きそうな衝撃。
自分のことを人間だと思ったら人間じゃなかったらしい。
もしかしたら外の世界のちゃんとした人間から見れば、俺が人間じゃないことなんて一目でわかるものなのだろうか。
どこでばれたのだろう。
思わず自分の姿を思い出す。
並びが良くない歯のせいか、少し出てきた下っ腹のせいか、ちゃんと剃ってないヒゲのせいか……。
ショックを受けている俺と武器を構えてビビりまくっている兵士達の緊張の中、
「すごいです……!」
まったく緊張のない声が上がった。
声の主は天使だった。
ブックマークと評価ありがとうございます! 引き続きがんばります……!