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マンドラゴラは夢を見る◆鉢植え落としてポーション革命!◆  作者: ナユタ


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9-5   彼女の夢の終わりと私。

今回はパウラ視点です\(´ω`*)

お話も残すところ二話ほどとなりますが、

最後までお付き合い頂ければ嬉しいです♪


「……よし、そろそろ投薬してから四十分だね。見習い生達。この辺りで時間切れだ。二人ともペンを置いて、ぼくの観察結果を記したレポート用紙を提出して」


 そう言ったアルミラがパンッと手を叩く。幾分張りのなくなったその声に、それまで彼女を観察していた私とフェデラーは息を飲んだ。


 声が衰えるということは、マンドラゴラにとって生存競争からの脱落を意味する。たった四十分で随分と変貌を遂げてしまったアルミラを“観察対象”としてではなく“萎れる寸前の同族”として捉えた時、私とフェデラーはペンを持つ手が震えることを抑えられなかった。


 私とフェデラーが見守る中で、水晶箱の中から取り出された小瓶の中身をアルミラが飲み干してからすでに四十分。


 私は上半身、フェデラーは下半身、そしてアルミラは自らの内側の変化を五分刻みで手許のレポート用紙に書き込んで、マスターにこのポーションの効能と効き始める時間、改良点の良い部分と、そこからさらに改善していく点を洗い出していく作業を行った。


 いつもなら商品化までの流れ作業としてこなせる業務である。けれど……今回このポーションの臨床試験の“観察対象”はマスターの“マスター”であり、私とフェデラーの同族。冷静であれと言う方が無理だった。


「ねぇ、ぼくは二人から見て今で何歳くらいに見えるかな?」


 脚立の上で足をぶらつかせながら、大きな円筒形の水槽にもたれかかるようにして私とフェデラーを見下ろしてアルミラが訊ねる。


 その声に幾分焦りの色が滲んでいるのは、このポーションの効能の現れ方が思っていたよりもやや緩慢なせいだろう。


 アルミラの見た目は最初よりもグッと老いて見えたものの、まだ人間の女性の五十代後半から六十代前半に見える。マスターの望むような“老い”で命を終える老人と言うにはまだまだ若いし、それだけではなく植物でいうところの年輪である皺の増えたアルミラの顔は、けれど。


 人間の皮膚が老いて縮んだ状態と言うよりも、ポーションによる急激な水分の減少で細胞核が壊れ縮んだその姿はどこか爬虫類の鱗を思わせた。


 マスターの研究結果は失敗ではない。

 しかし手放しに成功とも呼べない。


「やれやれ――……失敗よりの成功と言ったところかな?」


 私とフェデラーの反応と、提出したレポート用紙の内容に目を通したアルミラは「うーん」と低く唸ってこめかみを押さえた。


「あまり他の研究者の研究に手を加えるような無粋な真似はしたくないんだけど……仕方がないなぁ。フェデラー、赤いインクとペンを持ってきて。パウラは後ろの棚からアルコールをありったけ頂戴」


 唐突アルミラから出された指示に、一瞬フェデラーと二人で“一体何をするつもりなのだろう?”と目配せしあうけれど、アルミラの「ほらほら急いで。でないともうそろそろボク(・・)が起きてしまうよ?」との言葉に慌てて指示通りに動く。


 騒がしく部屋の中の物を漁る私達を脚立の上から見下ろすアルミラの表情は、どこか優しげで。その視線が、凍えないように私のペンダントを首からかけて床に横たえられた、蒼白い顔のマスターに注がれる。


 私とフェデラーから指示した物を受け取ると、アルミラは私達の特徴である金色の目を細めて「ありがとう」と憑き物が落ちたように穏やかに笑う。ランプ用のアルコールの入った瓶を手渡す間際、掠るように触れた指先はヤスリのように硬く冷たかった。


 アルミラは私から受け取ったアルコールの瓶の中身を一息にあおり、苦しげに表情を歪めたかと思うと、水槽に抱きつくようにもたれかかって激しく咳き込んだ。フェデラーが「何をやってるんだマスター!?」と叫んで脚立に登ろうとしたけれど、アルミラは手を一振りしただけでそれを拒む。


 ――どれだけ見た目が人間に近くとも、私達は植物に他ならない。


 そんな私達にとってアルコールが毒物なのは自明の理だというのに。特級クラスのポーション職人である彼女がそれを知らぬはずもないのに、それでも。それでも彼女は――この“生”を終わらせたいと自ら望んだのだ。


「時間がないから手短に説明するよ。このチビが精製したポーションはこのままだとやや不充分だ。恐らく火から下ろすのが少し早くて不純物を取り除ききれなかったんだろう。ほんの少しだけど雑味がある。結果成分の浸透が不純物に阻害されて体内に循環出来ていない。アルコールを足すのは無理やり浸透圧を上げるためだ」


 アルコールによって声帯にあたる部分が焼けただれたのか、より聞き取りにくくなった声でアルミラは説明を続ける。苦しげな表情で説明しながらも紙にペンを走らせる速度は一定を保ち、そのひび割れた唇から紡がれる内容は、いつか幼いマスターが聞いていた講義とはこんな風だったのだろうかと思わせた。 


「恐らく、これからぼくの身体には……今まで以上に急激な変化が起こる。きっとそれは同族のキミ達が見ていて気持ちの良い光景ではない。だからフェデラー、パウラ。二人とも即刻チビを連れてこの部屋を出るんだ」


 神託のように告げられたそれが、アルミラなりの優しさから来る言葉なのだろうと、理解は出来る。


 でも、それでも――……。


「同族が見ていて気持ちの良い光景じゃない? だから何だと言うんだ。それではマスターは、誰も見ていない場所で独りで枯れるつもりなのか? そんな別れ方は絶対に嫌だ。俺はきちんと人間の死(・・・・)を看取ったことがある。だからマスターの死(・・・・・・)もきちんと見届けたい」


「私もフェデラーの言葉に同意します。アルミラ、私はマスターに代わって貴女を幸せな夢に送り出さなければならない。ですからどうか……見送らせて下さい」


 頷くと思っていた私とフェデラーの意外な申し出に、アルミラは一度だけ目を見開いて。アルコールを摂取したことでひび割れ、剥離し始めた顔で、ほんの少し微笑みの形に唇を持ち上げた。


「ふぅん、一端の口をきくようになったね? ぼくの息子と――……」


 そこで一度アルミラは言葉を切り、まるで人間のように細く長い溜息を吐くと「ぼくの弟子の恋人は」と、そう笑った。


「それじゃあ、どちらでも良いから、水槽の底にある隙間に手を入れて。そこに小さな突起があるんだけど、それを押し込んでくれる? そうしたらこの水槽の蓋が開くように、なって、いるから」


 段々と微睡むようにか細くなり始めたアルミラの指示に「では私が」と名乗りを上げて水槽の下を覗き込む。どちらでも良いというのなら、最後までその姿を焼き付けていたいフェデラーより私の方が適任だと思ったから。


 水槽の隙間は本当に“隙間”と呼ぶに相応しい、私の指先が一本入るくらいのもので、フェデラーには到底押せないような場所にあった。フェデラーは床に頬を当てて這いつくばる私に目もくれず、ただひたすらに己のマスターを見つめている。


 ようやく指先にそれらしき物が触れ、フェデラーの横顔を見上げて一瞬だけ躊躇う。けれどもう、私が少し躊躇ったところで、自壊を始めたアルミラの身体が粉々になるだけ。


 私は一度だけ後ろに横たえられたマスターと、迷子の子供のように立ち尽くすフェデラーの横顔を視界に捉え、覚悟を決める。


 指先で引っ掻くように押し込んだ突起が水槽の底と平行になった瞬間、減圧されていた物が開けられる時の“プシューッ”という音と、何か重い物が水に落ちる“ドプン”という音が冷たい床に押し付けた耳に届く。


 急いで体勢を立て直して立ち上がった私の目に映ったのは、円筒形の水槽の中を渦を巻ながら下から上へと昇っていく真っ白な雪柱。


 いっそ哀しいほどに幻想的なそれが、解けていくアルミラとそのマスターの遺骸だと気付けたのは、隣で立ち尽くしたままそれを見つめているフェデラーが泣いて(・・・)いたから。


 アルミラの起こした吹雪は、その後しばらく止むこともなく円筒形の水槽の中を真っ白に覆い尽くし。声を殺して震えるフェデラーに肩を貸しながら、私はその吹雪に魅入った。狂ったように吹き荒れる熱を持たないこの嵐が、私とフェデラーの中にもあるのだと。そう思うことで自分とフェデラーを慰めることでしか、目から溢れる水を止める術など持てない。


 アルミラの願いも、狂気も、痛いほどに良く知るこの身体。



 ――――人間になりたい。

 ――――人間になれない。



 当たり前のその現実が、いつか私の心を蝕むのだとしても。目の前で跡形もなく心から慕ったマスターと溶け合って解けていくアルミラが、私はどこまでも羨ましくて。



 ――――だからどうか、マスター。

 ――――この身が果てるまで、貴方のお傍に。

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