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マンドラゴラは夢を見る◆鉢植え落としてポーション革命!◆  作者: ナユタ


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8-5   始まりの聖女。


 パウラと向かった秋の大採取は、例年よりも少し時期の遅い採取だったにもかかわらず、三日にも及んだ採取は上々の収穫高だった。むしろいつもより大きくなったキノコの傘に残った胞子の一部や、弾けた実の皮に浮いた果糖の一種に普段とは違った効能があったりして、採取における面白い発見が結構あったりしたのだ。


 そのお陰で新しく熱冷ましに恐ろしく良く効く瑠璃色のポーションと、妊娠中などにも服用できる滋養強壮剤の琥珀色のポーションが出来た。前者が傘の裏が深い紫色をした【アッテマ】というキノコで、後者が【リジル】というアケビに似た蜂蜜色の果物だ。


 それぞれ例によって例の如くパウラが見つけ出してくれた物だが、本来は保存食に使う程度の代物で、薬効があるとは知らなかった。どちらにせよ自信作が増えてしまったので、十一月の中間評定用に作っておいたヒューロラを使用したポーションと、どちらを出すのかは直前まで悩むことになりそうだ。


 それというのも、ヒューロラを使用したポーションは効能は勿論高いが、当然非常に価格帯が厳しい。工房設立当初からの信念を配慮するのであれば、後に作製したポーションの方が良いだろう。


 そんなことをパウラと話し合いながら日々の工房での仕事を淡々とこなす内に、いつしか年末の足音が聞こえてくるような時期になった。あれ以来姿を見せないフェデラーのことが、パウラの口から一度も話題に上がらない。それどころかそんな人物は最初からいなかったとばかりに、当初の二人きりの生活に戻っている。


「えぇと……もうすぐ十二月ですね、マスター?」


 だから急に昼休みにそう言われた僕は少し驚いてパウラの顔を見た。或いはその声音に含まれた楽しげな響きのせいかもしれない。


「あぁ、うん、確かにそうだな。だから今日は年末までに、もう少しギルドに卸すポーションの在庫を調合しようかと思っているんだが……」


 最近は昼休みにも注文書の帳面が手放せない程度には店も繁盛している。たった二人しかいない工房で背負い込みすぎかとは思うが、閑古鳥が鳴いていた頃を考えれば随時と良い傾向だ。


 それでもパウラの望みは出来るだけ叶えたい。日頃暇を見つけてはチマチマと調合してあるので、多少なら在庫がある。年末の駆け込みの忙しい時期でもない限り二・三日なら出かけられるだろう。


「その感じだと、パウラはどこか行きたいところでもあるのかな?」


 手許の素焼きのマグカップにはリジルで作った琥珀色のポーションに、仕事中なので少しだけ白ワインを加えた極々薄いホットワイン。パウラの出方を見ながらマグカップを引き寄せてホットワインを一口飲む。


 一口で指先までじんわりとした感覚が広がる。なるほど、酒精を少し加えることで微弱ながら回復効果も望めるようだ。


 懐からボロボロのメモ帳を取り出して書き留める。これなら何かの割材として使えるように、原液をそのままで売り出した方が良いかもしれない――。


 一瞬でそんな作業に没頭しそうになった僕の耳に「マスター?」と遠慮がちなパウラの声が届いた。慌てて顔をそちらに向けると困った様子ではあるものの、呆れた様子はない金色の瞳がこちらを見ている。


 苦笑いをしてメモ帳を閉じると、パウラは僕の意識がようやく自分の方に向いたことに嬉しそうに笑い、おずおずとポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出した。


「あの、実は昨日この紙をロミーにもらって“行ったことがないなら一緒に行ってみたらどう?”かと。年末が忙しい時期なのは分かってるんです! でも、あの……このお祭りにマスターと行ってみたいのですが……」


 パウラが広げて見せてくれたそれは、年末に行われる“黎明(れいめい)祭”のチラシだった。そこで僕は去年の今頃はそんな余裕がなかったせいで、未だパウラをあの祭りに連れて行っていなかったのだと気付く。


「そういえばもうそんな時期か。それに、そうだ――去年の暮れに見たパウラは“黎明祭”の最後を飾る宵よいの妖精みたいで可愛かったな」


 ふと思いついたままそう口にした僕の目の前で、パウラがワナワナと震えだした。さすがに幼女みたいな形の妖精に喩えて怒らせたかと慌てたが――。


「……もう、そんな、マスターったら、か、からかわないで下さい……」


 紙を広げていた手で顔を覆い隠したパウラが、ボソボソと囁くような声でそう言う。そんな姿が微笑ましいのと、こんな風にパウラから何かおねだりされたことのなかった僕は何となくこそばゆい心地になる。


 実際に時期としては納品の集中する時なのでかなり厳しいけれど、ここで連れて行かないという選択肢はなしだ。いつも文句一つ言わずに手伝ってくれるパウラからの初めてのおねだり。


 年末に本店である全店舗併せた一年分の評定会や、不気味なくらいに全く動きのないフェデラー達の動向……と、気になることは山ほどあるが、ここは最近の気晴らしのためにも是非叶えてあげたい。


「そうだな……パウラと一緒なら楽しそうだし、昔の知り合いに会っても格好が付きそうだ。それに何よりこうして生活をしてもうすぐ二年になるのに、遊びらしい遊びもさせてあげたことがなかったから、是非行こうか」


 素直に一緒に行きたいとだけ言うには気恥ずかしくて、つい余計な言葉を挟んでしまった。けれどそれでもパウラが満面の笑みを見せてくれたので、午後からの仕事は午前中の倍くらいの勢いで片付ける気概で行こう。


 ――しかし何故だろうか? 


 僕が何かしら決意すると、いつものことながら邪魔が入るというか……。


「久し振りだなヘルムート。もうすぐ年末になるが、その前に少し忠告しておきたいことがあってきたんだ。良いか?」


 その日の営業を終えた時間にそう言って現れたフェデラーの、やけに深刻そうな姿を前にして、僕とパウラは深々と溜息をつく。


「久々に何の事前連絡もないまま立ち寄ったかと思えば、マスターの貴重なお時間を割いてもらう立場でありながら“良いか”とは、相変わらず礼儀がなっていませんねフェデラー?」


 やや不機嫌を装ってそう切り出したパウラを一瞥したフェデラーは、彼にしては珍しく全面的に非を認めた風にうなだれた。


 パウラとフェデラー。方向性に若干の違いはあれど、お互いにマスター思いの二人は僕を挟んで見えない火花を散らしていた。


「まぁまぁ……パウラも心配だったのは分かるけど、あまり突っかかっては駄目だよ。フェデラーも、外は寒いだろう? とにかく中に入ると良い」


 二人のマンドラゴラに挟まれた僕は、やや肩身の狭い気分を味わいながらも、裏口のドアの前から身体をずらしてフェデラーを工房内に迎え入れる。今夜中に仕事を進めることは諦めて閉ざそうとする僕の目の前で、扉の向こうに寒々とした夕闇が口を開いていた。



***



 さて、フェデラーから話を聞こうという段階になって、アルミラと僕の過去の師弟関係を知らないパウラのことをどうするかと悩んでいたのだが……、


『絶対に一緒に聞きます』


 と、一歩も引き下がらないパウラと。


『いずれパウラにも関係することだ。絶対に二人揃って耳に入れて欲しい』


 と、こちらも一歩も引かないフェデラーの提案のせいで、僕の意見を挟む余地のない話し合いが開かれた。


 その内容はあまりに胸の塞ぐ鬱々としたものであり、フェデラーが何故最初の頃、僕達に対してああまで攻撃的であったかの説明もつく。この不幸とも言える物語の始まりは、やはり“彼女”だった。


 アルミラは自分のマスターの死を受け入れられずに壊れていった、一番最初の“姿と意志を持ったマンドラゴラ”なのだと、フェデラーは僕達が見つめる前でぽつりぽつりと語り出した。まず、彼女は植物であることの【枯死()】は感じられても、人としての【死】を感じることが出来なかったそうだ。


 自分のマスターは眠っているだけで、いつか目覚めるものと信じて……今もまだそんな現実には起こり得ないことを信じているという。一度話し出してしまうとフェデラーの言葉は堰を切ったように止めどなく、金色の瞳はやり切れなさに揺れていた。


 彼女曰わく『こんなに沢山の“ニンゲン”を助けられたマスターが、まさか自分を治せない訳がないだろう? きっと疲れて眠っているんだよ』とフェデラーの言葉を否定し続けていること。


 そもそも僕の所属する【アイラト】を設立した創業者こそがアルミラのマスターであり、五号店はそんな彼が最初に居を構えた場所であること。


 僕と出会った時はまだギリギリどこかで正気を保っていたものの、その後十年ほどをかけて徐々に精神的な崩壊をしていったと思われること。


 フェデラーはそんな彼女が出会ったばかりの僕をモデルにした“人工的な試験管マンドラゴラ”で、彼と自分の息子として造ったこと。


 昔のことほど鮮明に憶えている様子で、特に出逢った頃の話は何度も何度も、まるで少女のような顔で教えてくれる姿が苦痛であることなど――。


 話の内容は多岐に渡るが、アルミラのいうマスターとの出逢いは今から恐らく二百年以上前の話で、中にはこのウォークウッドが小さな集落程度だった頃の逸話も混ざっていた。


 現在の彼女が何歳であるのかもう本人が自覚していないから確証はないが、それでも優に二百歳には手が届いているだろう。長い――……長い、僕達では考えの及ばない孤独が彼女を蝕んで行ったのだろうと、フェデラーは目を伏せた。


 現在の彼女はマスターの死後一号店の店長として名を連ねているが、公の場にはほとんど出ない。出席するのは専らフードを被ったフェデラーであり、そのためにフェデラーは店にいる間ほとんど口をきかないのだと言う。


 そう言われてみれば、フェデラーは最初から僕達の前ではだいぶお喋りだった気がする。本店で気配を殺して生活する日々は、きっとフェデラーの“心”も蝕んでいたに違いない。


「俺とマスターの話は大体こんなところだ。マスターのマスターを俺は知らないが、恐らくはヘルムート――お前に似ているんだと思う」


 胸の中に長年ため込んでいた澱を吐き出したフェデラーは、そう言ってほんの少し自嘲気味に顔を歪めて嗤った。


「もしも俺がお前に似ていたら……マスターはあそこまで狂わなかったのかもしれんな」


 義手を撫でて目を伏せたフェデラーにかける言葉が見つからない僕の横で、不意にパウラが口を開いた。


「いい加減に間怠っこしいですね、フェデラー。いつも自意識と自信過剰な貴方らしくもない。貴方は本当に私とマスターが、いつかそんな終わり方をすることを心配して忠告しにきたのですか?」


 まるで本当はそうではないのだろうと言いたげなパウラに、フェデラーは金色の双眸を細めて苦く笑った。


「チッ、なんだ。やはりお前はそこの間抜けのように、容易く俺に同情してくれたりはしないのだな?」


 どこか嬉しげで、そのくせ寂しげに。けれどどうしようもなく苦悶に満ちた表情でフェデラーは言った。


「……ヘルムート、我がマスターから言伝を預かってきた」


 そう言うと、それまでいつものように少しだらけた座り方をしていたフェデラーが居住まいを正して僕達に向き直る。


「“そろそろ眠っているボクのマスターの治療を優先させたいから、年末に一号店で開かれる最終評定会で、君をフェデラーの代わりに次の一号店の店主に……【アイラト】の最高責任者にしたいと思ってるんだけど、どうかな?”とのことだ」


 溜息のように小さな呟きが工房内にやけに大きく響いた気がして。僕はフェデラーの金色の瞳に一瞬だけ閃いた安堵と嫉妬……そして、微かにだが何か縋るような色から目を逸らすことが出来ないでいた。

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