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マンドラゴラは夢を見る◆鉢植え落としてポーション革命!◆  作者: ナユタ


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7-6   ヤサシイキョウキ。(1)

今回はパウラ視点です。


『は~い、いらっしゃい、パウラちゃん。そのお友達のことは、貴女の彼からお手紙で大体のお話は聞いているから大丈夫よ。ここにはヘンリエッタもうちの人もいるから、セキュリティーは問題ないわ。だ・か・ら・! 安心してゆっくりして頂戴な』


『先生の言う通りですよぉ! ご近所さんにも声かけしてありますから、変質者のことは任せて安心して療養して下さいね?』


 ――ここフェデルの街に辿り着いた初日。


 そう明るく出迎えてくれたミセス・オリヴィエとヘンリエッタの姿に、マスターと別れてから気を張りっぱなしだった私はホッと肩の力が抜けた。それは隣にいたフェデラーにしても同じことだったようで、重心の狂った身体を私にもたれかからせるように歩いてきた彼は、ヘナヘナとその場に座り込んでしまったほどだ。


 初日以来、ミセス・オリヴィエとヘンリエッタは気を使ってくれて私達に過度に干渉しては来なかった。精々日に三度の食事を運んできてくれようとする程度なのだけれど、それすらも私とフェデラーには食べられない。


 私やフェデラーが何者であるかを知っているミセス・オリヴィエとは違い、事情を知らないヘンリエッタは心配してくれたけれど、私が苦し紛れに“宗教上の決まり事で食べられない”と答えると渋々納得してくれた。


「お早うフェデラー。今朝の傷口の様子はどう? どこか腐りかけてるとか、削って欲しいとかあれば言って?」


 マスターと離れてから今日で六日目。未だマスターがこちらに合流する気配はない。今朝もベッド脇に椅子を寄せてそう声をかけながらも、どうせフェデラーからの返事が返ってこないことを知っている私は、その右の肩口に巻いた包帯をソッと外す。


 夏も本番になってきたので傷口はニンゲンであっても化膿しやすいというのだから、私達植物にとっては根腐れとの戦いの季節でもある。現れた傷口は分泌液の滲みも見当たらないしカビなども生えていない。


 工房に連れ帰って来た初日のマスターの適切な処置のお陰で、この分なら少しくらいは腕も成長しそうだ。初日に見た傷口はボロボロで滲み出した分泌液が表面で歪に固まって、それは無残な状態だった。


 その傷口をマスターと一緒にぬるま湯で根気よくふやかして分泌液を取り除き――。


「……表面もだいぶ滑らかになってきている。この分ならそろそろ発根剤を塗り込んでみても良いかもしれないわ」


 ナイフを入れて傷口の表面の数ミリを切除した箇所に触れてそう言うと、ほんの少しだけフェデラーが反応した。


 細菌感染を恐れたマスターが火で炙って赤くなったナイフをフェデラーの傷口に当てた時、情けなくも彼の上げた悲鳴に同族の私の方が気絶してしまったのだ。次に目を醒ました時には私は自室のベッドの上に横たえられていた。その間も、マスターはあの魔道具を耳に着用したままフェデラーの手当てを続けていたのだろう。


 マスターのベッドに横たえられたフェデラーは失神しているにも関わらず、閉ざした両の目から“涙”と呼ばれる水を流していて……マスターはその頬を拭ってやりながらずっと『すまない』と呟いていた。


「そうだわ、マスターがね、腕の部位に当たる主根が伸びてきたら物が握れるようになるかは分からないけれど、適度な長さで元の手のように削ってくれると仰っていたから――」


 傷口に顔を近付けて患部をもっとよく見ようと私が覗き込むと、その肩にフェデラーが顔を埋める。


 以前のギラついた野心家の彼のままなら、例え同じ傷を負っていたとしても何の躊躇もなく全力で押しのけたけれど、今は違う。


「……大丈夫よ、フェデラー」


 小さくなったその頭に手を添えてそう囁く。ふとその体温が冷たいと感じる自分に後ろめたさを覚え、マスターからもらった護符を外して近くの小机に置いた。


「大丈夫だからね、フェデラー……」


 そう言いながらも徐々にフェデラーの体温に馴染み始めた自分の肌に、安堵すれば良いのか、それとも哀しめば良いのか。


 ――今の私には、分からなかった。



***



「さて、と――」


 朝の包帯換えが終わると、私は最近の日課になっている肥料(ごはん)の支度ちょうごうを始める。レシピは一通りマスターから預かってきたノートに書かれているので、私はこの通りに作ればいいだけだ。


 レシピの中身は無理のない程度に元の男性体に戻していくもの。やはり最初の分化時になった性別に戻した方が安全だというマスターの指示に従っている。


 ミセス・オリヴィエの工房の一角を借りて、ウォークウッドにある工房から持ってきた作業道具を細々と並べていく。手許のレシピ帳と睨み合いながら、飽きのこない献立を考えるのは思ったよりも難しい。それでも乳鉢に砕いたやや酸性に寄った粘土質な土に、マスターお手製の栄養剤を加えていく。


 問題は酸性に寄った肥料をフェデラーが大人しく食べ続けてくれるかどうかなのだけれど……。マスター曰わく、フェデラーは女性体になることに執念じみたものを見せたと言っていた。


 だとしたらフェデラーは本当は私と(つがい)になりたかったのではなく、新しい未分化の個体が欲しかったのだろう。そうして自分のマスターの為に、薬効成分を持つ個体を作って差し出したかったのかもしれない。


 そう考えると最初の頃のあのギラついた雰囲気も理解できる気がした。


 私達のように運良く人型をとれるようになったところで、私のマスターのような優しいニンゲンに出逢えるとは限らない。


 それとも……ひょっとして今までの幸せな日常が途中で変質してしまうことだってあるのだろうか? 私は不意に沸き上がってきた、背筋の寒くなる疑問を振り切る為に手許に集中する。


 ――――ゴリゴリ、


 ――――モチモチ、


 粘土質の土にマスターお手製の栄養剤を加えて練って、練って、練って、練って、ひたすら無心に練る。


 それを一口大の大きさに丸めて仕上げにサクラチップを細かく砕いた物をまぶせば、鹿沼土の黄土色をミルクチョコに、サクラチップをアーモンドに見立てたトリュフチョコっぽい物が出来た。


 一つ味見用に手にした肥料・トリュフ風を口に入れると、なかなか噛みごたえのある食感だ。見た目に反して少ししょっぱい酸性の後味に一人頷く。ただしこれは出来たてを食べさせるべきか、もう少し栄養剤で鹿沼土を柔らかく伸ばした方がいまのフェデラーには食べやすいかも?


 それにしても、毎回マスターは可愛らしい見た目の肥料を好まれる。


 そう思ってレシピの下に視線を走らせるとそこには――“女性が選ぶ、彼に贈ってもらいたいお菓子一覧”なる店名と商品名の切り抜きが貼ってあった。


「もう……マスター……」


 嬉しいような、くすぐったいような幸せな気分になってその切り抜きを指の腹で優しく撫でる。この切り抜きにあるお菓子を私が口にすることは一切ないだろう。


 それでも、似たような見た目で少しでも私を楽しませようとして下さったことに感謝していた私の背後から、不意に「あ、あの、パウラさん……いま少しだけ良いですかぁ?」と声がかけられる。


 完璧に自分の世界に浸っていた私は急に声をかけられて「ひぅっ!?」という何とも間抜けな奇声を上げて声のした背後を振り返った。いつの間にかすぐ後ろに立っていたヘンリエッタの姿に、慌てて手許のマスター印のトリュフ風・肥料を抱え込むようにして隠す。


「な、何でしょうか、ヘンリエッタ?」


 危うく悲鳴を上げそうになったところをかみ殺したせいで、とても動揺している私を見て、ヘンリエッタが申し訳無さそうにその優しげな風貌を綻ばせる。


「う~ん、何だか作業中に驚かせちゃったみたいでごめんなさいぃ」


「あぁ、もう調合の方は大方終わりましたから大丈夫です。それよりヘンリエッタはどうしてここに……まさか、マス、いえ、ヘルムートさんが!?」


 初日にミセス・オリヴィエ――リヴィーに私達にあまり干渉してはならないと言い含められていたヘンリエッタはこの工房の一角とフェデラーの部屋には近付かない。なのでそんな彼女が声をかけてきたことに、私は思わず期待してしまったのだけれど――。


「え、あ、違うんです!? 紛らわしくてごめんなさいぃ!!」


 そう目を見開いたヘンリエッタがふっくらとした顔の前でパタパタと両手を振るのを見た私は、瞬間的に上がったテンションが下がっていくのが分かった。


 けれど私が勝手に早とちりして期待しただけなので、ヘンリエッタが謝るようなことでもない。その旨を伝えると、ヘンリエッタは見るからにホッとした様子になる。


「ふふ、それでは一体何のご用だったんですか?」


 “ふにゃあ”と形容したくなるような表情を浮かべるヘンリエッタにつられて、私まで頬が緩んでしまう。


 けれど――それも彼女が口を開くまでのことだった。


「あのぉ、パウラさんの雇い主のヘルムートさんは、ウォークウッドでも有名な工房のポーション職人さんだと先生から伺いました」


 何故だかは分からないけれど、思わず身体に力を入れて身構えてしまった私に気付かずにヘンリエッタは言葉を続けた。


「最近先生の体調が良くなくって……何か良いポーションとかってありませんか? あのぅ、例えばなんですけど――ちょっとだけでも寿命を延ばしちゃうようなの、とか」


 そこでふと、それまでニコニコとしていたヘンリエッタの瞳に仄暗いものが宿っているのだと気付く。それはあの日の傷付きマスターに支えられて工房にやってきたフェデラーのものと、どこか似た輝きを宿していて……。


「さ、あ、私はただの従業員なので、あまり、詳しい精製は……」


 喉の奥が狭まって息苦しいと、まるでニンゲンのような感覚を覚える私を正面から見つめるヘンリエッタの表情は、いつの間にかあのフワフワとした柔らかさを失い全ての表情を削ぎ落としたものへと変わっていた。


 そこにフェデラーの感じた絶望が浮かんでしまわないうちに、私は慌てて言葉を紡ぐ。


「あの、ですが! ヘルムートさん仕込みの滋養剤の作り方は私も幾つか教わっていますから! ヘルムートさんが合流されるまでの間は、それを服用させて様子を見て頂くのが良いかと思います!」


 珍しく大きな声を出してしまったけれど、それをはしたないとは思わない。そうでもしないと目の前のヘンリエッタが正気に戻るとは思えなかったからだ。


 私の必死の返答に、ヘンリエッタは数回目をパチパチとさせてから、次第にいつものあのフワフワとした表情を取り戻していく。


「お二人には本当にお世話になっていますもの。それ位のことでしたら、私にお任せ下さい」


「本当ですかぁ? 良かったぁ……」


 もうすっかりあの和やかな空気を纏ったヘンリエッタがまた“ふにゃあ”と相好を崩す。けれど私はその姿を見ても今までのように素直に肩の力を抜くことが出来なかった。


 彼女が立ち去った後の工房の一角で何かに追い立てられるみたいに、マスターに教えてもらったポーションを精製しては、採取ナイフで傷つけた指先から自分の体液を垂らした。


 ――まだ出逢って間もない頃、マスターが熱を出した時のように。


 マスターが苦心して編み出したレシピのポーションを、私の何の苦心もいらない癒やしの効果を持った体液が汚していくのを見つめながら、頬を伝う水を拭う。


 マスター、

 マスター、


 私達(マンドラゴラ)のような存在は、ニンゲンに叶わぬ永遠(ゆめ)を見せる劇薬なのですか?


 マスター、

 マスター、

 貴方に、逢いたい。

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