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マンドラゴラは夢を見る◆鉢植え落としてポーション革命!◆  作者: ナユタ


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7-4   おや、フェデラーの様子が……?


 フェデラーの餌付けを始めてしまってから今日でちょうど一週間。餌付け初日は八日目の一日からだから……餌付け期間を含まなければ二週間も一緒に昼食をとっている訳だ。


 だとすれば当初の目的を忘れて、この若干馴れ合い感すらある雰囲気なのも仕方がないことな――のか?


「フェデラー、貴方その椅子の周りに食べこぼした“ミカゲイシ”の欠片、いつもそのままにして帰るけれど、今日こそちゃんと掃除して帰って下さいね?」


「そうガミガミ言わなくとも分かっているさ。パウラは口うるさい所が玉に瑕だな。それがなければ繁殖するのにちょうど良い同種なのに」


「あ、貴方ねぇ……!」


 あ、どうにも雲行きが怪しい。このままでは生身の人間である僕の身が危ないな。


 最近は打ち解けたからか言い争うことも多い二人のおかげで、すっかり魔道具の街デルフィアの怪しい店主からもらい受けた耳当てが手放せなくなっている。しかし夏に入ったばかりとはいえ、これを装着するのはさすがに暑……。


「――ん?」


 形の良い眉を怒りに釣り上げて箒を振り上げようとしているパウラと、塵とりでその攻撃を防ごうと構えているフェデラー。今まさに戦いの火蓋が切って落とされそうな両者から距離をとりつつ、被害を受けない安全なラインまで下がった僕は、その些細な違和感に眉をひそめた。


 そんな僕に気付く様子もなくジリジリと距離を縮める両者。パッと見た限りでは兄妹喧嘩のような二人の距離感は、少し前まで疎外感を持った僕を苛立たせるものだったはずなのだが――何か変だ。


 ふとある仮定が頭をもたげて、僕は工房の棚を漁って奥にあった道具箱を取り出す。その最近ではあまり使わなくなった実験キットの中から、薄い付箋ふせんの束を手に取る。


 それは薄い赤一色の付箋の束。そこから一枚を剥がして口に咥えてみると、付箋は青く変色した。紙の色の変化に頷いた僕は、念の為に道具箱の中から体温計のような形をした型の古い魔道具を取り出す。


 それらを手にしたまま、一触即発の二人に向かって声をかけた。


「フェデラー、パウラも。二人ともその手にした獲物を置いて、ちょっとこっちに来てくれないか?」


 一瞬お互いに顔を見合わせた二人は、無言のまま手にした獲物を壁に立てかけて素直にこちらの申し出に従ってくれた。むっつりとした表情でこちらにやってくる二人の姿は何だか微笑ましくさえ感じる。


「フェデラー、ちょっとこれを口に咥えてみてくれないか?」


 どうせ説明をしたところで素直に協力しそうもない。案の定フェデラーが文句を言おうと口を開きかけた所で、すかさず付箋を口の中に突っ込む。隣でパウラが小さく吹き出したのを睨み付けるフェデラーの口から付箋を抜き取ると、付箋の色に変化はなかった。そこで次はもう断りも入れずに体温計型の魔道具を口に突っ込む。


 魔道具の中程にはめ込まれた三連の魔石がチカチカと明滅して、三つの石の内二つが赤に、一つが青になった。ということは、どうやら僕の仮説が当たっているようだな……。


「――おい、何なんだいきなり。俺はそろそろ一号店に戻らねばならんのだぞ? 掃除も、この訳の分からん仕打ちも受けている暇はない」


「フェデラー……貴方の持ってくる美味しくない肥料(ごはん)を、いったい誰が美味しく作り直してくれているか分かっているの?」


 目の前に立った瞬間からまたしても臨戦態勢に入ろうとする二人を両手で制する。二人が不承不承従うのを確認してから僕はフェデラーに向き直り、その顔を正面から眺めた。


「さっきからジロジロと一体何なのだ?」


 居心地悪そうなフェデラーの発言を無視して、少し下がって全体を離れて確かめる。


「あぁ、少しあることが気になってね。フェデラー、最近何か体調に変化があったりはしないか?」


「ふん、あったとしても俺がお前に教えると思うか?」


 フェデラーは形の良い顎を持ち上げて小馬鹿にするように僕を見た。勿論教えてくれるとは思っていないので、あくまでも形式上聞いてみただけだ。


「パウラ、嫌だろうとは思うんだけど、ちょっとフェデラーと背中合わせになってみてくれないか?」


「お前……その言い分は俺に対して無礼だろう」


「フェデラー、それを貴方が言いますか? 私はマスターがそう仰るなら嫌ですがやります」


 冷ややかな視線をフェデラーに向けたパウラが、すぐに笑みを浮かべて僕に向き直りそう言う。


「そうか、ありがとうパウラ。えぇと、それじゃあ、平らな所で……うん、その辺なら良いかな。二人ともそこで背中を合わせて立ってみてくれるかな?」


 僕とパウラの会話に挟まれたフェデラーが「俺の意見も聞け!」と叫んでいたがサクッと無視する。半地下のような造りなので、変な場所に傾斜がある工房内の平らな場所を探してそこに二人を背中合わせに立たせた。


 そしてやはり、僕が恐れていたその変化は起こってしまっていた。


「なぁ、フェデラー……もしかしなくとも少し背が縮んだんじゃないか?」


「す、少しだ少し。まだお前よりはだいぶ高いぞ」


 うっすらと背筋を滑り降りる嫌な予感に思わず声が低くなる。たぶん同僚であるフェデラーのマスターから恨みを買うだなんて冗談じゃないぞ。顔も知らない相手とは言え無用な恨みは買いたくない。この所あまりパウラに対してのセクハラもなかったので放っておいたのが拙かったか……。


 せめて器具をもらった先輩ではないことを祈りながら、フェデラーに体温計型の魔道具を見せる。


「自覚があるのにどうしてうちに昼食を食べに来ていたんだ。まぁ、今の今まで全く気が付かなかった僕も僕だが」


 思わず髪を乱暴に掻きながら、僕はこの割と重大な発表をする羽目になってしまった我が身の不運を呪った。


「この魔道具はさっき咥えさせた紙では割り出せない土壌の性質を、もっと詳しく検査するための物だ。ここにはめ込まれた魔石があるだろう?」


 パウラとフェデラーが僕の手許を目で追いながら頷く。それを確認した僕はさらに説明を続ける。


「これが赤なら土壌は酸性を多く含んでいて、青だとアルカリ性を多く含んだ――つまり、中性に傾いていることを指す。君達マンドラゴラは酸性に寄るほど男性的に、アルカリ性に寄るほど女性的になる。ここまでの説明は分かるね?」


 二人は再び頷いたがやや緊張した面持ちになっている。恐らく今から僕が深刻な話に舵を切ろうとしているのが分かったのだろう。


「パウラはこれで行くとかなり強度のアルカリ性だ。身体つき……あー、いや、その見た目の印象的にも女性的だよな? だからこの魔石は三つとも青くなる。そして次にフェデラーだが、出逢った頃は誰がどう見ても男性的な個体だった。あの頃なら間違いなく石は三つとも赤になっていたと思う」


 だが――。


「ですがマスター、石は二つしか……」


 そう言ったパウラと無言の僕の視線が手許の魔道具から、ゆっくりとフェデラーに向けられる。視線の先のフェデラーがスゥッと静かに僕達から視線を逸らした。


 その横顔の顎から首筋にかけてのラインが、以前よりかなりなだらかな線を描いている。確かに一般的に、毎日顔を合わせている相手の変化には気が付きにくいとは言うけれど……まさか。


「僕はせっかく貧栄養に傾けて、酸性寄りの肥料しょくじを与えていた君のマスターに何と言い訳をすべきなんだろうな……?」


 食欲に負けて中性体になってしまった元・マンドラゴラの男性体を前に、思わず脛に蹴りでも入れたくなったがグッと堪える。


 隣でフェデラーの横顔をまじまじと見つめていたパウラが「あら、そう言えば睫毛が前より長くなってますね」と呟いた所で、僕はここ最近で一番深い溜息を吐いた。



***



 と、いうようなやり取りのあった翌日。


 昨日の今日でさすがのフェデラーも今回のことで少しは懲りて、しばらくは昼食を食べに来ないだろうと思っていたというのに――。


「……貴方、馬鹿なんですか?」


「何だその言い種は。だから、今日はきちんと自分の分を食べるつもりで来ただろう」


「いえいえ、そうではなくて。普通“もうここには来られないな”とは考えませんか?」


「は? 何故だ?」


「いえ、ですから。自分の食事を食べるのでしたら、わざわざここまで来ないで一号店で食べれば良いじゃありませんか」


「だから、それこそ何故だ? すでに転化が始まってしまっているのだから、どこで食事をとっても同じことだろう?」


 さっきから隣で繰り広げられる押し問答を横目に椅子を三脚、いつものように横一列に並べる。ユパの実をバットに流し込んだ物を風通しの良い棚の上に避難させて、裏口横のフェイとジウの艶やかな葉に触れながら二人の無益な言い合いに苦笑する。


 こうしているとやや以前よりもハスキーなったフェデラーの声が同僚達や彼のマスターに聞き咎められるのも時間の問題かもしれない……。


 けれど、そう一人戦々恐々としつつも腹を括ったその矢先。


 ――フェデラーは忽然と、僕たちの前から姿を消した――。

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