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7-3   料理は愛情というけれど。


 広場での謎の公開処刑――もとい、公開宣戦布告という不名誉な騒ぎを起こしてから今日でもう八日目になる。


 しかも一方的に宣戦布告をしておきながら、あの男は名前すら名乗らず帰って行ったので、残された僕は奴と交流のあるらしいシェルマンさんとヴェスパーマンに話を聞いてみたのだが――……。


『あぁ、あいつは確か一号店の特進で、フェデラーだったか。貴様も昔所属したことがあるはずだが。あの特殊植物や鉱石のある倉庫に入ったことがあっただろう? 何度か盗難被害があったので、今はあの頃より入れる人間を厳選している』


『貴男の居たときは将来的にお店を任される腕を見込まれた子達がいるところだったけど、今は店舗に空きがないから一号店に据え置かれて次のチャンスを狙ってる精鋭部隊ってところかしら~?』


 二人の先輩方から頂いたのは奴がそれなりに“有能”であるというヒントとも、追い打ちとも取れる内容の言葉だった。その内容を苦々しい気分で思い出しながら、せっせとユパの実を熱湯で茹でてからあら熱を取って中の種子を取り出す。


 その種子を叩き潰し、中から半透明のジェル状の液体を……といった例の一連の作業をこなしていく。昼を過ぎれば店番をしてくれているパウラが合流してくれるが、今の時間帯は一人での作業になる。


 それというのも、山とあるユパの実の下準備は去年の今頃くらい暇であれば問題ないのだが、最近ではだいぶ注文数が増えている。


 去年は気紛れな上にロミーとの関係性に悩んでいたコンラートの手助けがあったものの、そのコンラートも最近では真面目に四号店の店長を勤めているので、今年の手伝いは望めないだろう。


 ロミーに聞いたところによれば、僕が以前コンラートに贈ったシェビアのシュウで作った新作ポーションの評判がかなり良かったらしく、その試行錯誤に真面目に勤しんでいるらしい。大切に世話をして、何よりシュウの望み通り活用してくれているようで何よりだ。


 うちの店の評判も少しずつ上がってきたので、店舗を開けっ放しにも出来ない。必然的に僕より人当たりの良いパウラが店番に回る為、この作業もパウラと二人一緒にするのは難しくなってきたのだ。コンラート……こんなところでお前の有能さに気付くなんて……。


 ――と、馬鹿なこと 考えている間にも横に用意した鍋で、焦げ付かせないように練り固めて仕上げ加工の準備を整えていく。ふと火から目を離して作業机の上に置いたあまり上等ではない懐中時計を見れば、すでに十一時半を指している。この頃は三十分遅れが定着しているようなので現在時刻は十二時か……。


 ――だとすれば今日ももうすぐかな。


『あ、貴方、本当に毎日毎日いったい何なんですか!』


『そちらこそ毎日飽きもせずによく怒ることだな。妻になる個体と昼休みを利用して食事をとりたいだけだ』


『ロミーから“勝手に脳内で盛り上がってるヤツはストーカーって言って滅茶苦茶危ない奴だから、絶対相手にしちゃ駄目だからね!”と言われているのでお断りします』


『ははは、あのおチビか。全く余計なことを吹き込んでくれるものだ』


 僕は店の方から聞こえてくる会話に注意深く聞き耳を立てながら、作業机の上にある物を端に寄せていく。何とかスペースが出来た場所に椅子を三脚横並びに用意してと。これで大体三分か。


 そろそろだと思ってドアをみやると、


『もう結構です。これ以上貴方と話していると、』


 店と工房の続きのドアが開いて「マスターとの食事の時間がなくなってしまいますから!」心底迷惑そうなパウラが工房に飛び込んでくる。


 ここまでの言い争いでぴったり五分。何だかんだと言いながらもこの二人、息は合っているのかも知れない。


 ……僕としては、何やら非常に面白くないが。


「店番お疲れ様、パウラ。お昼にしようか?」


 妙な対抗意識を出して僕がパウラに声をかければ、彼女が嬉しそうにこちらにやってくる。その直後に「待て、まだ話の途中だ」とフェデラーが勝手に工房内に入ってくるのがここ八日間のお決まりだ。


 さすがに最初の二日はほぼ無言の食事になったが、三日目辺りからはポツポツと会話をするようになり、六日目辺りからは勝手知ったる他人の家状態である。


「やぁ、今日も熱心だなフェデラー。昼食のお供に僕達はフェイとジウのくれた葉で試作したポーション入りのアイスティーを飲むけど、君は何を?」


 ジウとは長く臥せっていたフェイの想い人であるシェビアの雄株だ。


 最近になってようやく葉が採取出来るまで回復してくれたので、先日ついに初の試作品を精製したところだった。


「……同じ物を」


「そうか、分かった。でも二種類あるんだが」


「……彼女と同じ物を」


「ならフェイのポーション入りの方だな――と。そうなるとジウのポーションを飲むのは僕だけか。だったら僕が作るとし、」


「いいえ、私もマスターと同じ物を飲みますから。私がご用意しますね」


 突然朝に決めていた方とは違う物を所望しだしたパウラは、さっさと準備の為に奥へと引っ込んでしまう。それを見たフェデラーが舌打ちをするのを苦笑混じりに聞き流す。


「すぐに用意してきてくれるだろうから、座って待ったらどうだ?」


 空いた席を引いてやれば、フェデラーは若干文句を言いたそうにしているものの、一応素直に腰を下ろす。こちらとしては追い出さないだけでも感謝して欲しいところだ。ちなみに並びは真ん中が僕。両側にパウラとフェデラーという形で横並びに座ることになっている。


 どうして知り合って(しかもあまり友好的ではない)間もない僕達が、このような仲良しグループのような並びなのか? 理由は勿論ある。


 僕とパウラが隣合わせで、フェデラーが向かいの席ではない理由。それはフェデラーが弁当持参で交友関係を築こうと(勝手に)乱入して来た、初日のある発言のせいだった。


『なに妻に、とは言っても人間同士のように堅苦しく考えることはないぞ。マンドラゴラ同士であれば人間同士でいうところの、濃いめのキスをして体液を交換するだけでも子供を孕ま、』


 ――以下、聞き苦しい発言だったので略す。


 当然パウラは大激怒したし、僕も心穏やかではいられない発言だったので、除草剤を詰めた噴霧器を片手に追いかけ回した訳だが……。正直“娘パウラさんを僕に下さい!”と言われた方がまだマシだった。まぁ、言われたところで嫁がせると言う気もない。


 いきなりあのレベルの婦女暴行案件を爽やかに出してくるとは――そのあまりの常識のなさに、コイツはきっと当時の僕並に本店の見習いで浮いた存在に違いないと悟る。昼休みもたぶん一人飯なのだろう。


 ということで要するに手の届く範囲で、真ん前に座らせることなど絶対に出来ないということだ。そもそも何であれで了解されると思ったんだか、理解に苦しむ。途中で一般常識を教え込んでいないであろうマスターのことを何度か訊ねてみたが、そのことになるとあの初日に向けてきた視線を僕に向けてきた。


 ――――あの刺すような、侮蔑と嫌悪。


 見習いをしていた頃は、ひたすら地味で目立たない努力をしていた僕に対して、そこまで恨みを持つ理由は全く思い当たらない。けれど攫われたことのある経緯も含めて、フェデラーのマスターはよほど僕がお気に召さないらしかった。


 それ以外に訊きたいこともないので、二人だけの時に話すことはあまりない。隣合わせとはいえ席もすぐそこというほど近い距離でもないから、僕は朝に仕込んだユパの実が冷めたかバットに触れて確認する。


 しばらくして「お待たせしました、マスター」とパウラがトレイの上にグラスを三つ載せて戻ってきた。うち二つは朝靄に色を付けたような極淡い菫色。一つは夕焼けを掬い取ったような薄紅色だ。


 パウラからグラスを受け取ってフェデラーに渡す。パウラに直接渡させるには何となく危険だからな……フェデラーが。


「よし、それじゃあ皆揃ったことだし、」


 手を合わせて僕とパウラが「「いただきます」」と言うのから一拍遅れて、フェデラーもきちんと「いただきます」と言う。しかしそんな彼が毎日持たされているのが、あまりにも簡素な食事なのが気になっている。


「……フェデラーはまたそれなのか?」


「貴方が枯死しようと私には全く関係がないのですが、いくら何でも貴方の体格にそぐわないと思いますよ?」


 フェデラーの前には白いナフキンの上にスナックバー状の固形物が三本。長さにして十五センチ、太さにして大人の指二本分くらいだ。


 見た目は最近街の女性達の間で人気のダイエット食品に似ている。何でも“ダイズ”という豆の一種を粉状にしたものを、オーブンで焼き固めたクッキーのような携帯食料らしい。


 原理としてはその携帯食料を食べてから水分を摂取すると、腹の中でその“ダイズ”が水分を吸収して膨らむ為に脳が満腹感を――と、詳しいことは良いか。


「ともかく、それだけでは足りないだろう? パウラ用に作り置きしてある物があるから持ってこよう」


 僕がそう言って席を立つと、パウラもつられて立とうとする。けれどそれに気を悪くしたフェデラーが「あのな、いくら俺とて別にいきなり襲ったりはしないぞ?」と言うので、それを信じてパウラに待っているように言う。


 棚の中で表面が渇かないように、濡れ布巾を被せておいたカップケーキ擬きを三つ取り出して席に戻ると、待っている間に持ってきた昼食を完食してしまったフェデラーと呆れた表情のパウラがいた。


「ん、珍しいな。パウラももう食べてしまったのか?」


 いつもなら僕が席に着くのを待っていてくれるはずのパウラの皿が空なことに気付いてそう訪ねれば、パウラは眉をしかめてフェデラーを指差す。


「いえ、違いますマスター。この男が私の分まで……」


 言われてフェデラーの手許に視線をやれば、そこにはパウラが食べるはずだったリンゴチップが入ったマドレーヌ型のケーキ擬きが……。


「――お前は腰抜けで同族のマスターとして頼りなくて好かんが、お前の作る肥料の味は悪くない」


 ムスッと納得いかないという表情をしたまま、ポーションもちゃっかり飲み干したフェデラーがそう言う。そんな姿を見ていると“納得がいかないのはこっちだ”という言葉も引っ込んでしまった。


「それはどうも。閣下のお褒めに預かれて光栄だ」


 尊大なお褒めの言葉に溜息混じりに適当な相槌を打って、パウラに持ってきた昼食を手渡す。八日目になる横並びの奇妙な食事は、翌日からさらに昼食の交換という不思議な現象が一つ加わることになる。

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