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マンドラゴラは夢を見る◆鉢植え落としてポーション革命!◆  作者: ナユタ


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7-2   昼下がりの決闘……ではない。  


 ――ここ数日ほどパウラの様子がおかしい。


 厳密に言えば三日前、五月の十八日からおかしい。あの日の朝は何ともなかった。問題は僕が馴染み客の情報収集に出かけて夕方に帰宅した直後からだ。


 何と言えばいいのか……極端に物音に、とくに店や工房のドアの開閉の音に過敏に反応する。まるで何かに怯えているみたいに四六時中僕の傍から離れない。


 こんなことはパウラと出逢ってからのこの一年で初めてのことだった。どこか体調を悪くしているのかと心配になり、何度もそれとなく訊ねてみても、曖昧な返事で言葉を濁してしまう。


「――と、言う訳なんだ。彼女から理由を聞き出す為に何か良い手はないだろうか?」


 各店舗共通の定休日。広場近くの昼下がりの喫茶店内で、グッと声を低くして机を囲む面子に自分では万策尽きたことを提示してから答えを待つ。知恵を拝借する為に集まってもらえる面子なんてコンラートとヴェスパーマンしか思いつかなかったので、同じ様に身近に親しい女性がいる環境の二人に頼み込んで来てもらった。


 ちなみにパウラとロミーは今頃シェルマンさんに連れられて、表通りの洋品店巡りをしているはずだ。シェルマンさんとロミー曰く、春先のお洒落は女性の魅力の見せ所なのだとか何とか……。


「何つーのか理由云々も大事だろうけどよ……オマエのそれはそういうの以前の問題じゃねぇの?」


 アイスコーヒーのグラスにストローをさしたまま、行儀悪くブクブクとやっていたコンラートのグラスを取り上げたヴェスパーマンも、何やら難しい表情で頷いている。僕は二人が何故そんな表情をしているのか見当も付かないので、困惑した表情を浮かべるしかない。


 そんな僕の反応に対してコンラートは「駄目だコイツ」と言いながらストローをくわえたまま眉根を寄せるし、取り上げたグラスを脇に押しやったヴェスパーマンも額に手を当てて溜息をつく。一体なんなんだ? 二人の言い分だと僕は何かとんでもないミスを侵してしまったらしいが――。


 緊張に喉を鳴らして神妙に二人の言葉の続きを待つ。


「彼女と出逢ってから一年と言ったが……その、助手とはいえほぼ同棲状態の間柄なのだろう? 記念日に何か贈ったりはしたのか? 例えば、誕生日などに」


 ヴェスパーマンにしては歯切れの悪い発言に、足を組んで欠伸をかみ殺していたコンラートも面倒くさそうに「女は記念日とか好きだからなー」と頷いている。


 僕はといえば正直雷に打たれたような……は大袈裟すぎるとしても、二人が導き出してくれた僕一人では全く考えつかなかった可能性に感心した。が、それと同時にもう一つの疑問点が払拭されていないことに気付く。


「いや、可能性としてはそれも確かにあるかもしれない。しかしだな、それだと怯える様子の理由は何なんだ?」


「仕事馬鹿のオマエの気を引きたいからとかじゃねーの? もしくは店で一人の時にデカいゴキブリでも見たとか」


「ふむ、如何にも稚拙な発想だが、前者も後者も可能性はあるな」


「ゴキブリか……それなら店にある材料の調合でどうにか出来そうだな。そっちは何とかなると思う。二人にはもう一つの方で知恵を拝借したい」


 頭を下げてから両者に視線をやれば、二人は苦い表情を浮かべていた。どちらも一度はそれで痛い目を見た気配が濃厚だ。


 これは訊く相手を間違えただろうか? 何となく気まずい空気の中、男三人で無言のまま自分の注文した飲み物を口にする。


「分かった。もう単刀直入に訊く。女性には何を贈れば喜んでもらえるだろうか?」


 このままだんまりを続けても埒があかないと思った僕は、みっともないとは思いつつ意を決してそう訊ねた。だというのに――。


「そりゃ、やっぱあれだろ。婚姻届?」


「そうだな、同棲する仲なのであればそれも一考してみるのも良いだろう。相手は若い女性だ。男とは違って世間体という物がある」


 僕は思わず口にしたアイスレモンティーを吹き出した。二人は盛大にむせる僕から自分達の飲み物を遠ざけて死守する。


「ぐっ、二人とも他人事だと思っているだろう? 真剣に答えてくれ。誕生日や記念日の贈り物に婚姻届はいくらなんでも……突飛すぎる」


 アイスレモンティーは気管に入ったのか、爽やかな香りが鼻から抜けた。直後にツンと鼻の奥に痛みが走り、涙が滲む。


「大体、工房きっての遊び人のコンラートの口からそんな言葉が出るとは心底意外だ」


 やり返す気持ちで言い返せば、ヴェスパーマンも「む、確かにそんなに真剣に交際を考えたことはなさそうだな……」と同意する。


「馬ぁ鹿、オレは本気になる女とは遊ばねーの。これだから童――」


「……一緒にしないでもらおう」


「え?」


「おぉっと、二号店店主様は違うっつーことは……まぁ、あれだ。ご愁傷様だな、ヘルムート。この中で清いのはオマエだけみてぇだぞ?」


 少し――いや、かなり意外なヴェスパーマンの発言に驚きを隠せずその顔を見つめると、ヴェスパーマンは居心地悪そうに眉間にシワを刻む。これは相手を聞かない方が……いや、どうなんだ?


 悶々としている僕をよそに、二人は涼しい顔をしている。ヴェスパーマンは「工房に迷惑をかけない程度にしろ」とコンラートに釘を刺し、それに対してコンラートも「分かってるっての、ガキじゃねぇんだ」と答えていた。


 その居たたまれない疎外感にギッとコンラートの馬鹿を睨み付ければ、コンラートは悪びれずに「んだよ、その顔は。そもそも貴重な休日に野郎だけで集まって、こんな会話してる時点でかなり親身になってやってるつもりだぜ?」と、彼にしては驚くほどの正論を口にしたので、思わず「確かに」と頷いてしまった。


 しかし男三人でこの手のことを話すのはこの辺が限界なのだろうか……結局また話は振り出しに戻ってしまった。


 最早打つ手なしとばかりに溜息をついた三人の中で、最初にその声に気付いたのは、コンラートだ。足を組んでだらしなく椅子の背に寄りかかっていたコンラートが「何か聞き覚えのある声がしねぇか?」と言うので耳を澄ませていたら……。


「だから、私は貴方に興味もなければ、この先一切好意を抱けそうにもありません! もう着いてこないで下さい!」


「そう連れないことを言うな。まだ知り合ったばかりじゃないか」


「知り合いたくて知り合った訳じゃありませんから!!」


 パウラにしては珍しい冷静さを失って怒気を孕んだ刺々しい声に、思わず椅子から腰を浮かせる。コンラートとヴェスパーマンも頷き合って席を立った。


「あらあら、フェデラー、貴男無理強いは良くないわよ~?」


「シェルマンさん、コイツあれだよ、ストーカーだってば! 勝手に盛り上がってるだけのイジョー者」


「はは、失礼だなそこのおチビは。それと、ご心配には及びませんよミス・シェルマン。俺は彼女が珍しい同郷の人だから話をしたいだけだ」


「あぁ? チビって言うなストーカーのくせに!」


 威勢良く噛みついているのはロミーだろう。どうやら相手はシェルマンさんの知り合いらしいが……会話の内容が聞き捨てならない。


「……オイオイ、何だありゃ。穏やかじゃねぇな」


 ロミーの警戒心剥き出しの声に保護者らしく反応したコンラートが、いち早く店を出た。まぁ、ここは二人に無理を言った僕が支払いをするのが道理だな。コンラートも最初からそのつもりだったのだろう。一切遠慮せずに飲み食いしていたし、本当にちゃっかりしている。


 しかしそうなるとヴェスパーマンの方に旨味がなさ過ぎるな。後日別の穴埋めをしようと考えつつ、取り敢えず精算する為に伝票を掴もうとしたら、それをヴェスパーマンがさっと取り上げてしまった。


「――何をしているんだ貴様は? 早く行ってやれ」


 元から怜悧な男に怪訝そうな顔でそう言われては引き下がるしかない。僕はヴェスパーマンに礼を述べて表に飛び出した。そこにはコンラートに羽交い締めにされている怒り狂ったロミーと、いつもと変わらない穏やかな笑顔を浮かべて立っているシェルマンさん。


 そして、そんな三人の視線の先には――。


 見知らぬ男に腕を掴まれて身を捩って逃れようとしている彼女の姿が目に入り、人目の多い広場にも関わらず思わず「パウラ!」と大声でその名を呼んだ。


 するとそれまで険しい表情で男と相対していた彼女が、心細そうな表情で「マ……ヘルムートさん!」と僕を呼ぶ。彼女の腕を掴んでいた男がふと顔を上げて僕を見た。その表情に一瞬嘲りと侮蔑が滲む。


 ……ただ、問題はそこではない。断じてそこではない。


 僕はなるべく冷静さを保とうと、頭の中で毒性を持つ特殊植物の採取法を思い出しながら大股で男と彼女に近付いたのだが……馴れ馴れしく彼女の腕を掴んでいる男の手を見たら、いつの間にか叩はたき落としていた。


「うちの従業……いや、彼女に何か用だろうか?」


 自分でもやけに低い声が出たことに驚いたが、目の前のパウラはもっと驚いた様子で僕を見つめている。怯えさせてしまったかと少し微笑んで見せると、パウラは安心したのか僕に飛びついてきた。


 よほど怖い思いをしたのだろうとその頭を優しく撫でながらも、目の前で叩き落とされた手首をさすりながら冷ややかにこちらを観察している男と睨み合う。何というのか……瞬間的にピンときた。ここ三日のパウラの、不自然で落ち着きのない様はこの男のせいだと。


 パウラと同じ――濃い水と土の香りが鼻をくすぐる。


「これはこれは……保護者殿のお出ましか。初めまして保護者殿。俺が彼女に交際を申し込もうと思うなら、先に保護者殿に許可を取れば良いのか?」


 男は芝居がかった仕草で、パウラを脅かしていたその手を僕に向けて握手を求めてくる。その手を再度叩き落とそうかと思ったが、ある考えからギュッと握り返した。


「これは丁寧な挨拶をどうも、と言えばいいのかな?」


 挑発的な物言いと尊大な態度。そのどちらも腹立たしかったが、それよりも最も腹立たしいと感じたのは……パウラと同じ世界の住人だと認めざるおえないその特徴だろうか。


「彼女は少し特殊な地域の生まれだから、彼女と同郷の人間は僕も初めてお目にかかるな」


 互いにかなりの力を込め合って握り交わしているにも関わらず、ヒヤリとしたその手触り。パウラと全く同色の髪と瞳の色はどこか憎しみを湛えて僕を見据える。腕の中にいるパウラが身を堅くしているのが伝わってきた。


 胸の内から不愉快な物がジワジワと染み出してきそうになるのを、何とか堪えて口角を笑みの形に持ち上げる。


 ヴェスパーマン並の長身にがっしりとまではいかないが、程良く筋肉がついた男性的な体型はパウラと同じ様に栄養素を計算されている証拠だろう。そうでなければもっと中性的な姿になるはずだ。意図的に作られた身体には隙がない。


「けれど一つだけ訂正させてもらえるなら、君とはこれが初めましてではなかったと記憶しているが……」


 一瞬続けかけた言葉を飲み込む。パウラの不安げに揺れる大きな金色の瞳に「もう大丈夫だ」と微笑み返して、相手の男の手をさらに強く握る。


 ――“今日はあのご大層なメダル型ブローチをしていないのか ”――


 まだ言葉にするには不確かな記憶を胸に秘め、何事かと集まってきたギャラリー達に見つめられていることにも気付かずに。


 後日――傍目にはパウラを巡って宣戦布告をする二人の男の片割れとして一躍時の人になった僕は、店を訪れる常連客に「負けちゃ駄目だよ先生!」と発破をかけられる気まずい数日を送った……。

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