6-3 職人ってこんなのばかりだな……。
「そうか、それじゃあ今回は自分達で帰れそうなんだな?」
「あぁ、乗り合い馬車があるのを教えてくれて助かった。お陰でオットー達の仕事の邪魔をしないで済みそうだよ。実を言えば、毎回他のメンバーと別行動を取ってもらうのも気が引けていたんだ」
「何だそんなことを気にしてくれていたのか? うちのメンバーはハンナ含めて気の良い連中ばかりだぞ?」
頭をかいて苦笑するオットーの後ろにいた残りのメンバー達から「うちは妻子持ちもいるから、精神年齢が底上げされてんだよ。リーダーとハンナがガキだからな」「「「言えてる!」」」と返ってくる。
見覚えのない顔の女性が一人いるのが見えたので、たぶんあれがハンナの幼なじみだろう。無事に戻れたというのは本当だったようで安心した。
唯一ハンナだけが「え、ウソウソ、どこがー!?」と騒いでいるが、あまり説得力がない。和気あいあいとしたメンバーを見ていると、これが本来のあるべき姿なのだなと感じる。やっぱりこの次からは、そうそうメンバーがバラけなければならない依頼をするのは控えた方が良いかもしれないな……。
そんな仲間達からの逆信頼に肩を落とした二人と街の入口で別れた。彼等は街道をそのまま別ルートで進み、他の都市での仕事を請負に行くそうだ。
パウラと一緒に彼等の乗った乗り合い馬車を見送った後、いよいよ僕達は魔道具の街【デルフィア】に足を踏み入れた。
***
宿の手配を済ませ荷物を部屋に置いて身軽になった僕とパウラは、今日はもう森に入るには遅いという見解の一致から、取り敢えずここは明日の準備を整えようということで落ち着いた。地図を見た限りではそこまで広域な森でもないようだが、季節が冬ということを踏まえれば念には念を入れておいても良いだろう。
とは言っても、ウォークウッドで大まかな買い物は済ませてきてしまっているので、追加購入するものはあまりなかったりするのだが。
あまり知られていないがポーション職人は自分が籍を置く工房のある拠点では、登録してある職人のレベルによって買い物する際に、僅かではあるが安く購入出来るシステムになっている。
したがってどの職人も拠点の外に出る時は、その拠点内で買い物を済ませるのが普通だ。だからこそ外からやってきた職人は行商人のような荷物量になる。不便だが財布の状況を考えればそれも仕方がない。そもそもお金を引き出したりという手続きも拠点外でするのは面倒なのだ。
「さてと――それじゃあまずは軍資金が欲しいし、前まで使っていたこの古い水晶箱の買取りをしてもらえそうな店を探そうか?」
「それもそうですね。手に入った軍資金で何か採取に便利な魔道具を買えると良いんですが」
魔道具の街ということだったので、物はついでと先日ヴェスパーマンに新しい水晶箱を貰った代わりに、古い水晶箱を売却しようと思って持ってきたのだ。
普通の街で売るよりは、専門店の多い場所で売った方が良さそうだという単純な考えに基づく行動を取ることにする。森に入るには遅いが、まだ買い物を楽しむには充分な時間もあったし、畑違いの分野は適当に覗くだけでも楽しい。
この街でも大通りに面しているのは大手の工房だけで、裏通りには新進気鋭の若手工房が軒を連ねていた。大通りのデザインにある洗礼された品こそないものの、裏通りの物にはハッとさせられる奇抜さがある。
表通りだと各工房の面積が広くて、ショーウィンドウを覗きながら結構歩いてもまだその工房の敷地内だったりするが、裏通りはその真逆だ。
各工房の面積がとても狭かった。一番小さな工房で四坪程しかないところから、もしかするとどこかで若手がお金を出し合って借りている工房兼、倉庫のような場所があるのかもしれない。
そのかわりと言っては何だが、ショーウィンドウは目まぐるしくその色や品を変えて視界に飛び込んでくる。さながら歪なステンドグラスだ。
「こうして見ていると、僕は裏通りのデザインと性能の方が好きだな。どれも独自性があるし、野心的でまだまだ先に進化の伸びしろがあるよ」
その型にはまらない大胆さと、何よりも、どの店のショーウィンドウに並ぶ商品の脇にも“職人(店主)実験済み”という札が立ててある。その一文の下に商品の性能を星の数で表してあるのが良い。
星は最高が五つとなっていて、どの店も素直に星二つや二つ半の商品が多いのも真実味があって安心できる。何より、たぶん失敗すれば店主は今頃死んでいそうなアイテムもチラホラ見られた。
「はい。私もこの裏通りにある商品の方が、表通りの工房よりも美味しそうな物を使っているので好きですよ」
パウラは嬉しそうにそう言うが、彼女の言う“美味しそう”の原因はおそらく、この通りに並ぶ工房に使われている鉱石や金属が、全て店の店主が自ら採取した物だからだろう。表通りの商品にはめ込まれた鉱石や金属は美しいが鮮度がない……というより、何というかこう、活き活きしていないのだ。
鉱石はカットが美しいし、金属部品にも曇りがない。ただ、そこには心浮き立つような“愉しさ”がなかった。
代わりに裏通りの商品は鉱石のカットは歪だし、金属部品にもたわみや曇りがある。けれどそこには、それを作った職人のこだわりや癖が出ていて良いアクセントになっていた。
しばらくは二人で当初の目的を忘れて色んな工房を行きつ戻りつしながら覗いていていく。その内の一件のショーウィンドウに“古い魔道具の買取も大歓迎”とあった。他の工房より少し大きいので買取る余裕があるのだろう。取り敢えずは入ってみることにした。
しかし――そこの店主はフードを目深に被っていて顔は見えないが、声からして若い女性だと思う。しかも控えめに言ってもかなりの魔道具キ○ガイ。
「おっほー! こ、こ、これ、ホントに買取らせてくれるんスか? 台座の文字消えちゃってるけどこの水晶のカット【ヴェフィン】のもので間違いない! めっちゃ骨董物のお宝じゃないッスか! マジでか~、いや、マジでかよ~!」
かなり危険なテンションのまま水晶箱を掲げてぐるぐる回る店主に、しばし声をかける機会を伺う。その内に水晶箱に頬ずりをしだした彼女を見たパウラは怯えて、僕の背中に隠れてしまった。まぁ、無理もないか……。
まさかとは思うが、この通りの人間全てがこうだったら嫌だなと思う。
「あー……その、お楽しみのところ申し訳ないんだが、買取ってもらえるのだろうか?」
「このテンションで分かるでしょ!? 勿論ッス! むしろ幾らで売ってくれるんスか? 言い値で買おう!」
「え……いや、そこは僕達では価値が良く分からないので、そちらの鑑定価格で構わないんだが」
「げぇ!? これの鑑定価格で売れって……そりゃないっスよお客さ~ん」
未だハイテンションに変わりはないものの、それまでよりはやや店主のテンションが落ちた。
「それはどういうことだ? やはり買取れないのか?」
少し店主のテンションが落ちたことで安心したのか、パウラは僕の背中から離れて店内の魔道具を眺めている。僕としても早くそちらに加わりたいので、何とか彼女に鑑定を済ませて欲しい。
「いやー、買取りたいのは山々なんスけど……こっちで鑑定価格付けちゃうと買取り出来なくなるって言うかッスねぇ……」
急にそれまでの勢いが嘘のように、しどろもどろになりながらそう答える彼女。どうやらこのままでは平行線になりそうだと思ったところに――。
「あの、ヘルムートさん。彼女に買取り金額が付けられないのでしたら、このお店の商品のうち“幾つか”と、その水晶箱を交換していただいたら如何でしょうか?」
横から顔を出したパウラは“幾つか”にやや力を込めてそう発言した。優しげに微笑んでいるはずなのに抜け目のないところが凄い。
……うちのマンドラゴラのお嬢さんはいったいどこまで行くのだろうと、最近たまに怖くなることがあるな……。
しかし内心僕がドン引いたにもかかわらず、店主である彼女は大賛成とばかりに頷いている。テンションが高いのに無言なところに本気度を感じた。鼻息の荒さが怖い。
「うちの商品と交換だなんてお目が高いッスねお嬢さん! どれでも持って行って下さい!」
「ん? ちょっと待て。お目が高いのにどれでもは返って不安になる。せめて自信作を勧めてくれるとありが――」
「いえ! 待って下さいヘルムートさん。ここは私が選んだもので彼女の自信作かどうかを聞いた方が良いです。でないと今の私達に必要のない物を勧められても困りますから」
……世間知らずな僕の発言を遮ってパウラが至極最もな落としどころを提案してくれる。確かにその方が理にかなっているし、何より現実的にもありがたい。
「あ、なる~。その方が確かに両者にとって後腐れなくて平和的な解決ッスね。じゃあ早速じゃんじゃん棚から気になった物を持ってきて下さい」
「いま後腐れって……」
「まぁまぁ、細かいことは良いじゃないッスか。アタシはここで“この子”と一緒に待ってるッスから~」
――――と、いうことで。
僕とパウラは手分けして店内の雑多な棚の中から、これはと思う物を選んでいくことにした。とはいえ棚の商品は用途別にしてある訳でもなければ、新旧の区別も付かない。
完璧に店主のその時々の趣味や気分の向くままに製造され、棚の中で眠っていた商品ばかりだ。物によっては星の数の表記すらもない。
――正直不安が募るが、パウラは楽しそうに仕分けていっている。
二時間かけて最終的に僕達が選んだ魔道具は三点。
一つ目は一見するとただの少し大きな耳当てだ。両耳に当てる耳当て部分を一本のアームでアーチ状に繋いでいる形。その性能は“無音化”。
一応店主が性能を調べたところによれば、
「ハーピーの声は余裕で遮断出来たッスけど、ローレライの歌声はちょっとだけ漏れたッスかね。あの時は危うく海のモンスターの餌にされるとこだったッスよ。たぶん若干低音に弱いのかも? 逆に甲高い超音波系の音には滅法強いッス」
……だそうだ。原理は内部にはめ込んだ魔石の共鳴によって音を打ち消すのだとか。だから魔石が震えにくい人が心地良いと感じる低音は関知しにくいらしい。
改良する前に飽きたとかでそのままになっていたとのことで、これならもしかするとパウラの“絶命歌”を防げるかもしれないと選んでみた。実際使えるのかどうかは未知数だが、ないよりはマシだろう。
二つ目は歪な星形の小石が大量に詰まった小瓶。中身の星形の小石は特殊な塗料を使用してあるそうで、
「あ、それはッスね、昔むかーし絵本で読んだ道標をヒントにしたんスよ。ダンジョン内でパン屑落としたって無駄でしょー? それは特殊塗料のお陰で光るんッスけど、一回落とした場所に張り付いて風や水の影響も受けない。川に流したらそれまでッスけど雪の上にも使えるし、雪が積もっても石が発熱するんで溶けるんス」
だとかで、明日向かう森で活躍してくれそうなので選んでみた。
最後の三つ目は僕が独断で選んだ。それはこのごった返した工房の中には不似合いなペンダント型の護符だった。
本当は宝飾品の良し悪しなど分からない僕だが、それでもパウラの金色の瞳と同じ琥珀で出来たペンダントトップの護符は、棚の隅っこでチラチラと輝いて一際目を引いたのだ。
「あー、アタシ生まれが南なんで、最初ここに来たとき冬の寒さが滅茶苦茶堪えたんスよ。なのでちょこっと琥珀の中に土と火の属性魔力を封じて、微力ながら暖をとれるようにしてみたんス。そのうちにこっちの寒さに慣れていらなくなっちゃったんで、適当に片したからどこ行ったのかと思ってた」
……とまぁ、彼女も全くなごり惜しそうではなかったのとパウラにぴったりだったので選んだ。その三点を見せたところ「そんなんで良いなら是非どうぞッス!」と快諾されたのでこれで“後腐れ”もないだろうと商談は成立した。
店から出る間際に「折角だからその護符を店の中でつけて、外に出た時の感覚を確かめてみよう」とパウラに提案したら、製作者の彼女も「あ、確かに魔力切れとかしてないか見たいからちょうど良いッスね」という。
そこでアクセサリー系の金具を付けたことがないパウラに代わって、僕が付けてあげることになった。後ろが見えないで小さな金具を付けるのは難しいからな。
恥ずかしいと渋るパウラを手招いて、正面から少しだけ背を屈めて抱きすくめるような形で首の後ろに手を回す。
――やってみてから、この姿勢で恋人の首にペンダントを付けてやれる男は確かに気が多い奴なのかもしれないと後悔する。
金具がなかなかはめられずに苦心するが、今さら後ろを向いて欲しいと言うのも格好がつかない。慣れないことをするものではないなと思っていたら、ようやく指先に金具が噛み合う感触がした。
そろそろと身体を離してパウラの顔を伺えば、小麦色の肌がいつもより濃さを増していて赤面しているのだと分かる。
何とも気恥ずかしくて「速効性があるアイテムみたいで良かったよ」と誤魔化したが、背後の店主がポツリと「リア充、爆ぜろ」と言っているのを耳にしてしまった……。
だからという訳でもないだろうが「アタシは今からこの子とゆっくり語らいたいんで、お帰りはあちらッス」と店から追い出されてしまう。外の気温は来た時より日が傾いたせいもあって、かなり冷え込んでいた。
「やっぱり室内から出ると寒いな……。どうだろう、パウラ。その護符は少しくらい役に立ちそうか?」
「えぇ、意外に暖かいですよ。これで明日の採取も頑張れそうです。ありがとうございますマスター」
そう言って微笑むパウラと、不意打ちの笑みに狼狽える僕の頭上から、また新たな雪が降り始めた。




