F 傷跡は心の中にも【フィア】
※序盤はグレイの夢の中での会話です。
F 傷跡は心の中にも【フィア】
『グレイ。どうしてあなたは、ママの言いつけ通りにできないの』
『ごめんなさい、ママ。もうしないから、ぶたないで』
『謝るくらいなら、最初からこんなことするんじゃ有りません』
『やめてぇ』
*
「ゆるして、ゆるしてよぉ」
「グレイッ。グレイったら。しっかりして」
譫言を漏らしているグレイを、フィアは肩を揺さぶって起こす。グレイはパチッと目を見開き、ガバッと上体を起こすと、隣にいるフィアも起きているのに気付き、気の抜けた声で言う。
「ハッ。あぁ、フィア」
「相当、魘されてたけど、どんな夢を見たの」
フィアは、眉をハの字にしながら、心配そうに言った。グレイは口の端を引き攣らせながら不自然な笑みを浮かべ、早口に言う。
「慣れないベッドだから、寝苦しかっただけだろう。何でもない」
――嘘ばっかり。思いっきり目が泳いでるじゃない。
グレイは、もう一度寝ようと布団を引き寄せ、フィアに背を向けて横になろうとする。フィアは、グレイが頭を下ろす直前に枕を引き抜く。すると、グレイは身体を反転させ、フィアから枕を取り上げようとしながら言う。
「返せよ、フィア。朝には領事館へ手続きに行かなきゃいけないんだ。しっかり頭と身体を休めないと」
「グレイは言ったじゃない。『これから二人で一緒に、長い旅を共にするんだ。隠し事は無しにしてくれ』。そうでしょう。私だって、何を見せられても、どんな話を聞かされても、グレイを見捨てないから。だから、ありのまま話して」
フィアが、枕を掴もうとするグレイの手を取り、じっと見つめながら言うと、グレイはハハッと乾いた笑い声を漏らしてから、見つめ返して静穏な口調で言う。
「立場逆転だな。わかった。包み隠さず話すよ」
――予想通りと言おうか、想像以上と言おうか。ともかく、グレイの話を要約すると、伯爵としての周囲の期待がプレッシャーであり、優秀な父親の存在がコンプレックスになっているということだった。それを聞いた私の感想は、月並みだけど、親子というものは、つくづく厄介なものだなぁという程度のものだ。グレイのことを可哀想だと思って優越感に浸ったり、自分のほうが可哀想だと悲劇のヒロインぶったりするつもりは、毛頭ない。ただただ、お互い、埋まらない隙間を持っているのだと認識したに過ぎない。
「欠けたピースは、探し続けていれば、きっと見つかるわ」
そう優しく言うと、フィアは、穏やかな顔で静かな寝息を立てているグレイの髪をそっと撫で、布団を肩まで被り、目蓋を閉じた。