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デュークと女子大生Ⅱ  作者: 若松ユウ
Ⅰ フィアとグレイ編
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E 深く刻まれた印【グレイ】

E 深く刻まれた(しるし)【グレイ】


――すっかり遅くなってしまった。たしか、この部屋だよな。

「ただいま。待たせた、ガッ」

 グレイが部屋に入ったとき、フィアはドアに背を向けてシャツを着ている最中であった。そして、背後からグレイの声を聞いたフィアは、咄嗟に枕を掴んでグレイに投げた。

「ノックもせずに部屋に入るな、この助兵衛っ」

 フィアは、シャツの前ボタンを素早く留めると、ツカツカとグレイに近寄ちながら叫んだ。グレイは後ろ手でドアを閉め、紙袋をサイドテーブルに置くと、床に落ちている枕を拾い、それを盾にしてフィアに近付きながら言う。

「悪かった。まさか、着替え中だとは思わなかったんだ。風呂に入ったんだな」

「そうよ。せっかくサッパリしたところだったのに、嫌な汗を掻いたじゃない」

「だから、悪かったって言ってるだろう」

「フンッ」

 フィアは上着を羽織ると、ソッポを向いてベッドサイドに座る。

――あぁ、これは完全に機嫌を損ねたな。どうするかなぁ。

 グレイが、フィアに掛けるべき言葉が見つからずに考えあぐねていると、フィアは俯きながらボソリと小さな声で言う。

「……見たでしょう」

「あぁ、見てしまったよ。後ろ向きだったから、背中だけだけど」

 グレイは、枕をベッドの上に置きつつ、俯くフィアの横に腰を下ろし、諦め半分で正直に言った。

「ック。肩の辺りは、見た」

 フィアは一瞬ピクッと耳と肩を痙攣させ、おずおずとグレイのほうへ顔を向けながら、語尾を上げて言った。グレイは、フィアの言った台詞の真意を測りかねるように、首を傾げながら言う。

――何で、肩に限定するんだろう。

「肩に、何かあるのかい」

「いや、良いの。何でもないから」

 そう早口に言うと、フィアは立ち上がり、サイドテーブルに向かおうとする。

――何でもない訳ないだろう。思いっきり目が泳いでるんだからな。

 フィアが立ち上がる寸前、グレイはフィアの両肩に両手を乗せて押さえ、フィアの目を見ながら言う。

「これから二人で一緒に、長い旅を共にするんだ。隠し事は無しにしてくれ」

「でも、こればかりは」

「何を見せられても、どんな話を聞かされても、フィアを捨てることは無いから。だから、ありのまま話してくれ」

 フィアは、グレイがいつになく真剣な眼差しなのを確かめると、静かに語り始める。

「わかった。見なけりゃ良かったと後悔しても、知らないわよ」

 そう言うと、フィアは腕をクロスさせて上着とシャツの裾を持ち、そのまま肩の辺りまで持ち上げた。グレイは、顕わになった白い背中の肩甲骨辺りに、小さな赤黒い熱傷(ケロイド)があるのに気付く。

――さっきは見逃したけど、こうして見ると、かなり酷い火傷の痕だな。おそらく原因は、フィアの母親なんだろうな。

 グレイが言葉を失って無言でいると、フィアは痺れを切らし、苛立たしげに言う。

「ちょっと、グレイ。何とか言いなさいよ」

「痛くないのか、フィア」

「直後は痛かったわよ。でも、もう平気よ。あっ、言っておくけど、強がりじゃないからね」

 念を押すように言うと、フィアは服の裾を戻し、立ち上がりながら矢継ぎ早に言う。

「はい、これでおしまい。ちゃんと買ってきてくれたか、確かめなくっちゃ」

 フィアは、そう言って紙袋の中身を検め始める。グレイは、気丈に振舞う彼女の様子を、しばらく眺めていた。

――まるで、天使が翼を捥がれたようだったと言えば、茶化すなと言われるんだろうな。でもフィアには、そんな詩的な表現が、よく似合う。

「必ず俺が、再び翼を授けてやるよ」

 グレイは小声で呟くと、ゆっくりとベッドサイドから立ち上がり、フィアの隣に寄り添った。


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