C 美味しい話に裏あり【グレイ】
C 美味しい話に裏あり【グレイ】
――夕暮れの街というのは、魔を引き寄せるものらしい。昼とも夜ともいえない混沌が、人々の心をかき乱してしまうのだろう。
「マッチよし、石鹸よし、軟膏よし。買い忘れは無さそうだな」
紙袋を覗き込み、グレイは小さく声に出しながら買ったものを確認していた。
「あとは、宿に戻るだけか」
――あんまり待たせて不機嫌になると敵わないから、さっさと帰ることにしよう。
グレイが紙袋の口を三つ折りにして封をしていると、路地から女が姿を現し、紙袋を抱えたほうの腕を引き、グレイを人気の無い通りへと連れ込む。
「いい話があるんだ。聞いていきな」
下品な笑みを浮かべて女が言うと、グレイは軽蔑を込めた視線を送り、吐き捨てるように言う。
「あいにくだが、宿も女も間に合ってるよ」
「どこかへ連れてこうってんじゃない。こいつを渡すだけだ。それは、お試しだから、お代は結構だよ」
そう言って女は、グレイの手を取り、掌の上に五角形に折られた薬包紙を載せる。グレイは薬包紙を鼻に近づけてニオイを嗅ぐ。
――これは、アレだな。この女は、これに手を出してないようだが、こいつが何か知って上でばら蒔いているのだろうか。
グレイは、すぐに顔を顰め、女に向かって冷たく言う。
「嫌なニオイがする薬だな」
「そうかな。煙管に詰めて吸うと、この世の憂さを忘れられる、甘美な香りがするよ」
――間違いない。そうしたら最後、どうなるか分かってて売ってやがる。それなら、俺にも考えがあるぞ。
「そいつは、いただけない使いかただな。でも、ありがたく受け取っておこう。こいつを煎じて薬効を弱めれば、麻酔に使えるんでね」
そう言って、グレイは薬包紙を上着の内ポケットに仕舞いこむと、大通りのほうに戻っていく。すると、女もあとからついて行く。
「ちょいと、待ちな。やけに薬に詳しいが、医者か何かなのかい」
「まぁ、そんなような者だ。用は済んだだろう。ついて来ないでくれ。それとも、一緒に自警団まで行くか」
グレイが自警団の話を持ち出すと、女は嘲笑うかのようにヘヘッと笑って言う。
「行ったところで、あんな腰抜け共に、私を捕まえられやしないよ。みんな、首領の機嫌を損ねたくないのさ。それじゃあ、お邪魔さん」
そう言って、女は無造作に積んである雑多なアレコレを器用にすり抜け、路地の向こうへと消えていく。
――また、ドンが出てきたな。何者なんだ、そいつは。
「あっ、いけない。考えてる暇は無いんだった」
グレイは紙袋を小脇に抱えると、宵闇が迫る街を走り出した。