Z 旅立ちの駅にて
Z 旅立ちの駅にて
「凄い、凄い。本物の蒸気機関車だ。間近で煙をはいてるところを見ると、やっぱり迫力が違うな。博物館に飾ってあるのとは、全然比較にならない」
リュックサックを背負ったキサラギが、瞳を爛爛と輝かせながら、興奮を隠しきれない様子で鼻息荒く言うと、ボストンバッグを持ったヤヨイが窘める。
「ちょっと、キサラギ。先に大きな荷物を赤帽に預けてからにしてちょうだい」
キサラギは、少し興が醒めた様子でヤヨイに言い返し、ヤヨイのあとについていく。
「はいはい。仰せのままに」
――まったく、ロマンを解さないんだから。この重厚感と機能美が目に入らないのかよ。
*
「二等車は空いているな」
「そうね」
区分座席車の一部屋で、ヤヨイとキサラギが横並びに座って話している。窓際がヤヨイ、ドアに近いほうがキサラギである。
「隣の部屋は、空いてるみたいだな」
座席の上に膝立ちになり、壁にべったりと耳朶をくっ付けて様子を窺うキサラギを、ヤヨイは眉を顰めながら注意する。
「やめなさいよ。盗み聞きなんて、みっともない真似をして」
「心配するなよ。これで話し声が聞こえるほど、壁板は薄くないし、それに周りも静かじゃない」
キサラギは前を向き直って座ると、ウーンと伸びを一つしてから言う。
「三等車で充分かと思ってたけど、エコノミークラス症候群にならずに済むほうが良いか」
「そうね。狭そうだったものね、三等車」
ヤヨイがキサラギに同意したとき、ドアが開き、頭に山高帽、肩に二重回しを羽織り、栗毛で色眼鏡をかけた人物が、次のように断りを入れてから、二人の向かいの席へ優雅に腰掛けた。
「ごきげんよう。若き二人が睦み合うのを邪魔する気は無いが、警戒心を抱かぬよう、名前だけは明かしておこう。コホン。僕の名前は、ラサル。戦前まで、公名はサビクと言った。よろしく」
言い終わるやいなや、ラサルと名乗った人間は、腕を組んで静かに俯き、やがて微かな寝息を立て始めた。
――何者か知らないけど、ただならぬオーラを放ってることだけは確かだ。次の駅に着くまで、迂闊に刺激しないようにしよう。
この先、ヤヨイとキサラギの二人は、偏屈なラサルに振り回されることになるのだが、その物語は、また機会を改めてお話しよう。
ラサル・サビク:年齢不詳。職業不明。栗毛。色眼鏡を常用。
*
グレイとフィア、それからニッシとキサラギを巡る物語は、ひとまず、これで完結とします。しかし、彼ら彼女たちのドラマは、これからも続いていきます。それでは、みなさん。機会がありましたら、次回作でお会いしましょう。




