V 大地の恵みに感謝
V 大地の恵みに感謝
――団長が、頬に返り血が付けながら包丁を持って立ってたから、もしや襲撃事件かと慌てたら、その背後に切り裂かれた肉の塊と臓物の山が見えた。その時点で、俺の脳内の演算処理スペースはキャパシティーをオーバーし、またしても思考回路がショートしてしまったわけだ。何だろう。この男は、他人を気絶させることに長けすぎだ。しかも無意識でやってることだから、余計に性質が悪い。
「いやぁ、すまなかった。野兎を食べたことがなかったんだな。ハッハッハ」
林檎酒の酔いもあってか、男は仄かに赤い顔をしながら、大きな声で言った。
――そう。俺が立ち会ったのは、野兎を下処理している場面だったのだ。冷静に考えれば思い当たりそうなことかもしれないが、いきなりあの光景を見たら、誰だって驚くに違いない。だって、現代日本では見慣れない光景だろう。
「まぁ、被害に遭ったのが、ヤヨイじゃなくてキサラギで良かった。――まだまだあるから、どんどん食べろよ」
そう言いながら、ニッシは鍋の中身を、木の玉杓子で自分の椀によそう。
――良くない。パニックを起こすこと自体が、大問題だ。あと、昨日のシチューでも思ったことだけど、食事量が多すぎる。来客だからなのかと思ってたら、二人も同じくらいか、それ以上に食べるから、ビックリしてる。とてもついていけない。
「そろそろ限界なんだけど」
キサラギがニッシに向けて言うと、横から男が言う。
「遠慮すること無い。三人分と思って、いつもより多めに作ったんだ。若いんだから、いっぱい食べなさい。よそってやろうか」
男がキサラギの椀を取り上げようとしながら言うと、キサラギは椀を手前へ引きながら言う。
「自分でやりますから。お気持ちだけで」
「おぉ、そうか。そうだな。余計な世話だった」
男は、納得したように大きく頷きながら言った。
――ありがた迷惑というか、何というか。この、エンドレスおかわり強制コースは、夏休みに田舎へ帰ったときの婆ちゃんを髣髴とさせる。若者の胃袋は底無しだと過信して、次から次に料理を出してくるアレだ。うっかり一皿目を完食してしまったら最後、食材が尽きるか、第三者の制止が入るまで解放されない。
*
「もう、駄目だ」
――これで、一生分くらいの兎肉を食べた気がする。ごちそうさま。明日の朝に、こめかみの上あたりから長い耳が、尾骶骨の先から梵天のような尻尾が生えてないことを祈るばかりだ。十七歳にもなってバニーボーイとか、シャレにならないからな。
キサラギはソファーで腹を上にして寝転がりながら、苦しそうに言った。そこへ、コンポートを盛り付けた皿を持ったニッシがやってきて、キサラギの頭側の肘掛けの上に腰を下ろしつつ、片手を振りながら言う。
「起きあがれ、キサラギ。狭いから、詰めろ」
「はいはい。これで良いか」
キサラギは、肘掛けからはみ出していた足を床に降ろし、上体を起こす。ニッシは、空いたスペースに座ってから言う。
「どうも。――一口、食べてみろ」
ニッシは、言外に有無を言わさぬ雰囲気を醸し出しつつ、キサラギに皿を差し出す。キサラギは、渋々といった様子で一切れつまむと、ためらいがちに口へと運ぶ。
「いただきます」
「どうだ、美味しいか」
口に入れてすぐに訊いてきたニッシを恨めしそうに睨みつつ、キサラギは言う。
「瑞々しくて美味しい。けど、もう食べられない」
「食が細いな。キサラギは、野雀か」
――黙れ、ニワトリ野郎。これで小鳥扱いされるなら、日本人の大半は小鳥だ。




