T 肩に圧し掛かる重み
T 肩に圧し掛かる重み
――俺は今、ニッシの軍服を着ている。いや、軍服に着られていると言ったほうが正しい。ちなみに、この軍服は歩兵時代のもので、騎兵になった今は着ていないのだとか。箪笥の肥やしになってたせいか、はたまた中古の軍服だからか、どこか黴臭いニオイがする。
「一回り大きかったか。鍛えて筋肉が付けば、ちょうど良くなるだろう」
キサラギが着ている服に、肩や胸、腰の周りにダボッとした余りがあるのを見てとると、男はキサラギの背中を力強くバシバシと叩きながら言った。
――痛いです、団長。その丸太のような腕は、都会育ちの俺には凶器でしかないのであります。
キサラギが腰を丸め、少しふらついていると、後ろから、ニッシが背嚢を持って声を掛ける。
「次は、これを背負ってみろ。持っててやるから、腕を通せ」
「こうか。――のわっ。おっとっと」
背負えたのを確認すると、ニッシは背嚢を持つ手を離した。するとキサラギは、
背嚢の重さに引っ張られ、背中を仰け反らせながら後ろ向きに数歩進み、そのまま尻餅をつく。男は、大口を開けて豪快に笑いながら言う。
「ガッハッハ。そんな弱腰では、とても行軍できないぞ、キサラギ」
――鉛でも入ってんじゃないか、コレ。重たすぎて、立ってられない。
「これで、基礎体力不足が良くわかっただろう。降ろして良いから、立て」
ニッシは、勝ち誇ったようにニヤニヤと口元を綻ばせながら言った。そして、キサラギが肩紐から腕を抜いてのを確かめると、涼しい顔で背嚢を抱え、部屋の隅へと移動させた。
――同い年なのに、全然、鍛えられかたが違う。あんな軽々と持てるなんて、どうかしてる。
「何だか、情けなくなってきた」
キサラギが落ち込んだ調子で言うと、男は肩を叩きながら、励ますように言う。
「ハハッ。そう、気を落とすな。本格的な訓練どころじゃないと分かっただけでも、現状を把握できたのだから良いことだ。弱点がハッキリすれば、改善点が見えてくる。そうすれば、あとは補うための鍛錬を積めば良いだけだ」
――前向きだな。同じ言葉を、俺の親父やお袋が言ったとしたら、下らないと言って切り捨てるところだろうけど、団員のすべてを預かる団長の言葉は、並みの人間とは重みが違うから、素直に受け容れられる。期待される人間には、それ相応の資質が付きものなのだろう。
*
――で。とどのつまり、何をすることになったのかというと、ナンテという名前の葦毛の雄驢馬と一緒に、畑を耕すことになった。筋肉が鍛えられて、作物の世話も出来るから、一石二鳥だというが、まさか異世界で農作業をするとは思わなかった。それにしても、都会民の俺には、土いじりのセンスも無かったようだ。
「イテテ、テ」
キサラギは犂から手を離し、苦痛に顔を歪め、掌を見ながら指を曲げ伸ばしする。その様子に気付いたニッシは、手綱を引いてナンテを止めると、キサラギのほうへ近寄り、その掌を見て言う。
「手だけで力任せにやろうとするから、そうやってマメができるんだ。あとは俺一人がやるから、向こうの小屋で休んでろ」
「はぁい」
片手に手綱、片手に犂を持って歩き出すニッシと、それに合わせて歩くナンテを尻目に、キサラギはトボトボと小屋に向かって歩を進める。
――ヘルム家は、三代前までは農家だったという。俺の家も、爺ちゃん婆ちゃんの代までは百姓だったから、境遇は似てるはずなのに、どうして、こんなに差があるのだろうか。おや。
キサラギが視線を上げると、小屋の近くに、オレンジに近い赤毛の少女二人が、腕にバスケットを提げて立っているのに気付いた。




