J 成り上がり者【フィア】
J 成り上がり者【フィア】
――賽が転がり、円盤が回り、札が切られる。そんな賭博場を奥へと進むと、ボロを着せられ、首輪と鎖で繋がれた、覇気のない人間が閉じ込められている独房があり、そこを通り過ぎた先にある階段を降りた地下に、これでもかというくらい宝飾品でゴテゴテと周囲を埋め尽くされた部屋があった。窓は天井近くに細長く格子があるのみで、それと二ヶ所あるドアを除けば、煉瓦壁と石床ばかりで出来ている。ドアの前には、どちらも屈強な男が仁王立ちしていて、とても一人では逃げられそうにない。
「どうした。豚は嫌いかね。専用農場で丸々と太らせた、極上の肉を用意したのだが、食べられないなら、別の物を持って来させよう」
頬に十字の傷のある男が、テーブルを挟んで斜め向かいに居るフィアに、猫撫で声で話し掛けた。フィアは、手にしていたナイフとフォークを置き、冷たい声で言う。
「あいにくですけど、どうにも食欲が湧かなくて」
「フム。さては、一服盛られてるんじゃないかと思っているんだろう。無理もない。だが、その推理はハズレだ」
男は、立ち上がってフィアの皿を取り上げると、それを食べ終わった自分の皿の近くに置き、席についてナイフとフォークで肉の端を切って口に運んでみせる。フィアは、その男の様子を、一瞬たりとも逃すまいと観察する。男は、口の中のものを嚥下すると、おくびを一つ漏らしてから言う。
「失礼。どうだい。これで、毒など入ってないことが解っただろう」
――まだ、ナイフやフォークに毒が塗られてる可能性が残ってるけど、これが純銀製のものだとしたら、変色していないのは無事な証拠なのだろう。確かめようがないことを考えるより、聞くべきことを聞こう。
「どうして私を、こんなに厚待遇するんですか」
フィアが棘のある声で言うと、男は大口を開けて笑ってから陽気に言う。
「ハッハッハ。まぁ、性急に結論を求めるな。空腹で話し合ったところで、まとまる話もまとまらない。まずは、食欲を満たさねば。物事は何事も、秩序を守って当たらねばならないだろう」
そう言いながら、男は立ち上がり、フィアの皿を元に戻す。
――フン。自分の思った通りに進まないと、機嫌を損ねるだけじゃない。でも。
「良いでしょう。わがままに付き合ってあげます」
フィアは、再びナイフとフォークを手にし、肉の端を切って口に運ぶ。
――毒を食らわば皿までも。ここまで来たんだから、せめて美味しいものを堪能していこう。ドンが何を考えてるか、いまひとつ分からないけど、教えてくれるまでは、多少は従順なフリをしておかなきゃね。