第30話
「…勇者殿。」
「あー、いや、申し訳ないです。ちょっとこの体にまだ馴染んでなくて。」
私の変化を未だ戦闘中の神経過敏なベルナーさんは感じ取ったらしく、咎めているのか驚いているのかわからない声で私を呼ぶ。
私は謝罪しながら口許を手で覆って隠した。
今すごいにやにやしてるから完全に不審者。
「バーサーカーであったか…。」
「ふ、ふふ…私も驚いてるとこで、いかん、これ。」
待って、すごく待って。
女神ほんとどうなってんの。
やばぁ。
ゾクゾク体が痺れ始めた。
どうすれば収まるんだ?
舌でも噛んでみようかと思ったけど、ベルナーさんが改めて構え直したから私も反射的に剣を強く握り、構えた。
「バーサーカーを止めるには勝敗を決するか、戦闘を離脱するしかない。戦闘を離脱しても暫くは興奮冷めやらぬ。勇者殿は顔立ちが良いゆえその状態で出歩かれるのは他の者の目に毒だ。」
城の風紀が乱れるのは捨て置けないと、ベルナーさんは私のバーサク状態に付き合って戦闘継続してくれるらしい。
本当申し訳ない。
多分だけど、ベルナーさんには私が女だとこの戦闘でバレていることだろう。
ベルト掴んだだけのラインバードがわかるんだから剣叩き合ったベルナーさんがわからないはずがない。
男社会の城の中、中性的なイケメン顔で実際は女である私が興奮状態で出歩くのは確かに色々と心配ですよね。
戦闘狂ってだけでも不安しかないのに。
騎士団を取りまとめる団長として責任もあるだろうし、なんていうか本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
今度大天使に会ったら苦情申し立てなきゃ…。
私は顔を隠すのを諦めて、とっととケリをつけようと剣を両手で握った。
鏡のような聖剣の面に映った私の顔は、赤みを増した唇と頬がニンマリ釣り上がった美人だった。
あ、はい、これは目に毒ですね。
他人だったらナンパしてた。
ちょっと中性め悪女顔なのがポイント高い。
私は剣の柄を手の中で返し、鏡を伏せた。
「行きます!」
今度は私から声を上げ、さっきよりも軽々と地面を蹴って加速する。
戦闘時間が長くなるほど私の脳はアドレナリンと快感物質を垂れ流すようで、周囲の動きも益々スローに見える。
ベルナーさんの動きは確かに速いけれど今の私には精々木刀で基本の素振りをしている動きとそれほど変わりはなかった。
金属同士が甲高い音を立てて、一瞬火花が散る。
けれどそれは一回では終わらない。
両手剣で器用に防ぐベルナーさんに、上から下から左右から何度も剣をぶつける度、火花が散る。
その明るい橙が脳を焼き、私はもっとその色が見たくなる。
ベルナーさんは僅かに顔を顰めた。
私の剣は益々速くなり、重みも少しずつ増していく。
どこまで耐えられるのか?なんて遊びはない。
けれど私は彼がこの攻めを破って反撃に出てくれることを望んでいる。
そうしたら私はもっと速く反応して、強くなれる気がした。
「はぁッ!」
ベルナーさんが気勢を上げて両手剣を横に振るい、私を遠ざける。
私はそれを防御して、後ろに下がって距離を取った。
しかし間を置かずにベルナーさんは距離を詰めてきて、三連撃。
左からを剣でガード。
斜め下からを側転で回避。
斜め上からを再び剣で受け流し。
体勢が崩れたところに剣を振るう。
しかし素早くガードされ、その押収を何度繰り返したか。
鋭い音が周囲に響き、その音が澄んでいてとても心地が良い。
思わず剣に魔力を注いでしまう。
もっと速く、もっと楽しく。
「ふっ…アハハ!」
私が堪えられずに声を漏らして笑ってしまうと、ベルナーさんは一度苦い顔をした。
その直後、ベルナーさんの姿が一瞬ブレて見えた。
「…!」
澄んだ高い音。
遅れて来る手が痺れるような衝撃。
ここまでよりもよっぽど素早く力強い、見えない剣速。
急にスピードアップなんて聞いてない。
私の剣は跳ね上げられて宙を舞う。
完全に無防備になった私の胴に、鋭い剣先が迫った。
「っヒノメ様!!」
悲鳴に近いロリーナの叫びが耳に届いた頃には、勝敗は決していた。
ポタリと私の血が地面に落ちる。
でもそれは胴からじゃなく、手のひらから。
私は剣先が届く前に左手で掴んで強引に止めた。
漫画とかだとよくあるけど、これ相手に力負けする人は絶対やらない方がいいと思う。
女神ボディでよかった。
そして私の右手は、ベルナーさんの首筋に聖剣の刃を添わせている。
聖剣はこの手を離れても、私が呼び出せば戻ってくるって本当だった。
咄嗟に強張った体が拳を握った瞬間に、手の中に柄を握り込んだ感覚があって。
よく考えもせずに振るい、他に防御の術も思い付かずに手のひらで受け止めたわけだ。
つまり、この勝負。
「…見事。」
私の勝ちだ。
やったあああぁ!!
思わずそう叫んで高らかにガッツポーズも決めたかったし跳び上がりたかったけど抑える。
流石に敗けた人の前でそれは空気読まなすぎというか。
でも表情にはうっかり歓喜が出ていたのか、ベルナーさんはやんわり苦笑して剣を下ろした。
私も剣を消して、ベルナーさんに腰を折った。
「お手合わせありがとうございました。」
「いや、此方こそ貴重な経験であった。場数も剣技も未熟が垣間見えるとも、そのスピードと咄嗟の判断力には目を見張るばかりだ。元より勝ちを狙っていたのだが、まさかここまでとは。」
褒められて調子に乗りたい気分。
後に残った高揚感はともかく、戦闘中の狂的な渇望は感じなくなったので私は少し大きめにほっと息を吐いた。
「超焦ったー!!すんごい殺意高い攻撃何度も仕掛けてきてましたよね!?グーパンで土が抉れるとか殺意高すぎません!?ビビる!」
「そのくらい意気込まねば当たらぬかと思ってな。」
「なおさら必死で避けるんですけど!?」
当たったらもう一回死ぬよね!?!?
百万回死んだ勇者とかになりたくないですけど!!
「ていうか最後消えませんでした?速度は完全に付いていけてると思ってたのでめちゃくちゃ焦りました。」
「貴殿が仕掛けてきた攻撃に魔力が込もったのを感じてな。あのままでは手合わせどころではなく危険と思ったゆえ、此方も身体強化を使わせてもらった。」
私の目がそれまでの速度に慣れていたため、瞬間的なスピードアップに脳がついていけなかったのではないかということだった。
身体強化なんて奥の手を残してるなんて流石騎士団長。
一筋縄じゃ行かないね。
あと勢い込んで魔力込めるとかうっかりやってしまって申し訳ないです。
これは完全に私の過失なので素直に謝っておきました。
ごめんなさい。
「ヒノメ様!お怪我は!?」
観客側からロリーナが焦った様子で駆け寄ってきて、心配そうに私の手を取る。
私の手のひらにはさっき剣を受け止めたときの切り傷が出来ていたけど、もう血は止まってるみたいだった。
早い。
「お痛わしい…、今治癒魔法をお掛けしますね。」
ロリーナは心底哀しそうに目を伏せて、私の手のひらを包むと治癒魔法を詠唱した。
自分の手が血で汚れるのも厭わないとか、聖女かな。
これはもう全国行脚してロリーナの聖女振りをアピールする旅に出るのもいいかもしれない。
「ヒール。」
ロリーナが魔法を使った瞬間、私とロリーナの手が重なっている部分から淡い光が溢れてまるで水のように零れ落ちた。
零れた光は地面に触れ、そこに緑が生まれる。
え?これはちょっと頑張りすぎでは?
思わずロリーナを見ると、ロリーナも驚いている様子だった。
よくよく感じると、この辺り少し魔素が過剰なんじゃないかと気づく。
さっきまではそんなことなかったはずだけど。
「……あの、えーっと、もしかしてだけど精霊さん?もしくは精霊主様お近くにいらっしゃる?」
まさかね、と思いながら言ってみたら、呼応するように光がじゃばじゃば溢れ出した。
…マジかよ。




