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1 屑《クズ》の極み

 ―――黒く鈍い光を放つリボルバーの銃口が僕の眉間に押し付けられていた。


「俺の女とやったのはテメエか?」


 額に血管を走らせる金髪坊主の男、胸元が大きく開いた黒い開襟シャツに真白いボトムス、趣味の悪いシルバーアクセサリーを刺青の入った手や首にジャラジャラと付けている。その男を囲むように……、いや、正確には公園のベンチに座る僕の周りを三十人近い男の仲間たちが取り囲んでいた。みんな似たり寄ったりの横並びの〝個性〟を主張した退屈なファッションだ。

 街灯に群がる羽虫のように、僕の周りを害虫どもが群がっている。


「どの女だい? 悪いけど、多すぎて全員は覚えてないんだよ。詳しく教えてよ。スリーサイズから性癖までね」


 夜の帳が下りた小さな公園、ついさっきまで静かだった公園のベンチに座る僕は足を組んで硬い檜の背もたれに背中を預けた。


「あんまり調子に乗るなよ? カスが……」

 失笑。言ってて恥ずかしくないのかそんなセリフ……。 

「アハハ、さっきからオデコに銃口が当たって痛いんだけどな、撃つなら早く撃てば?」


「……ああ? 撃てないと思ってるのか?」


 ドスを利かせながら男は撃鉄に指を掛けた。威圧的な態度に僕は思わず苦笑する。


「君たちみたいのをさぁ、なんて言うんだっけ? ヤクザでもないし暴力団でもないマフィアでもなくカラーギャングでもない? ほら? ハンペン? ああ、そうだ、半グレだったね。半端モノの寄せ集め集団、群れてなければ死んでしまう醜いウサギたち……。ところでその銃、どこの誰にもらったか知らないけど撃つ覚悟もないのに持っているなんて恥ずかしいと思わないかな? アハハハッ!」


「ぶっ殺す!」


 唾を迸せて男は銃を振り上げた。どうやら銃のグリップで僕の頭を殴ろうとしているらしい。

 実に〝半端〟だ。さすが半端者、つまらない退屈な選択だよ。


「―――っ!」


 僕の視点から見れば当然ながら男の腕が振り下ろされることはなかった。振り上げたまま硬直している。男は他人の腕を見る様に、僅かに震えている自分の腕を驚愕と困惑が入り混じる眼で見つめた。


「な、なんで動かない……ッ!?」


 ニヤリと口を歪めた僕は悠々と組んでいた足を組み替える。


「動くさ。どう動くかはこれから決めるけど、結論から言えば君は仲間を殺すんだ。そう……、僕じゃなくてあくまで君が殺すんだよ」

 

 男の全身がギリギリと潤滑油の切れたロボットの様に動き始めた。不可視の糸に釣られた操り人形みたいに両肘が不自然に吊り上がり、両脚を蟹股に開いた男の身体がくるりと百八十度方向転換する。


 男の右手に握られた銃の引き金が無造作に引かれ、男は仲間に向けて発砲した。

 

 夜空に銃声が鳴り響き、鮮血が迸る。


 弾丸は後方に立っていた仲間の眉間を貫いていた。撃たれた男はなにが起こったか理解できず、しばらく呆然と立ち尽くした後、電池が切れたように白目を剥いて地面に倒れていった。


 公園に敷かれた砂利が見る間に濁った赤色に染まっていく。


「あ、ああ……、あぁぁぁああッ……」


 返り血を浴びた金髪坊主の男は悲鳴に近い唸り声を上げ、その手から銃が滑り落ちた。男は地面に両膝を付けて倒れた仲間の背中を茫然と見つめている。


 僕は錯乱する男の背中に語り掛けた。


「あれあれ? 撃つ覚悟があったんじゃないのかな? やだなー、これだから嘘つきはさ……」


 止まっていた時が動き出すように集団はざわつき始め、

「……う、うぁぁぁぁぁああぁぁっぁッ!」


 誰かが叫んだ。その後の展開はお馴染みのものだった。

〝クモの子を散らすように〟とは正にこんな感じのことを言うのだろう。男の仲間たちは死んだ仲間とリーダー格の金髪坊主男を残してあっと言う間に消えていってしまった。公園に残されたのは僕を含めた二人と一体だけ、辺りは一気に静寂に包まれる。


「儚い友情だな……、じゃあ僕はお腹が減ったんでこれで」


 ベンチから立ち上がった僕に特別な感傷は何もない。通り過ぎる通行人の顔をいちいち覚えていないようなものだ。これから夕飯を食べて風呂に入ればこの男のことも、この男に殺されてしまった可哀想な彼のこともキレイさっぱり忘れてしまうだろう。


 死体を見つめる男と死体の左側を横切ったそのとき―――、


 一人の少女が、こちらに向かって近づいてくることに気が付いた。

 

 あれは……、お嬢様が通うことで有名なセントエリナ学院の制服だ。

 しかしながら、世間的にはおしとやかで清楚なお嬢様として認知されるブレザーを着用した彼女の腰には、その華奢な身体とは不釣り合いの武骨なトンファーがぶら下がっている。

 

 月光を浴びて妖艶な輝きを放つエメラルドグリーンの翠瞳、美しいゴールデンロッドイエローのロングヘアをなびかせて、少女は僕から一定の距離を残して公園のほぼ中央で立ち止った。


 少女はこの状況に怯むことなく僕を見つめている。


 それはまるで刑事が犯人に警察手帳を見せるような仕草だった。


「異能取締法及び異能不正使用の罪であなたを拘束します」

 少女は手帳サイズのデバイスを僕に向けて突き出す。デバイスの画面には旭日章のマークが映し出されていた。


 こいつが噂に聞く異能を取り締まる国家機関か……。

「君が僕を捕まえるって? 君に出来るのかい?」


 丹田に力を込めて異能を発動させる。

「―――ッ?」

 おかしい……。異能が―――、


「効きませんよ」

 全てを見通しているかのように彼女は言った。


「は?」

「あなたの異能に付いては既に対策が取られています」


 その瞬間、彼女の姿が僕の視界から消えた。

 あまりのスピードに反応することができなかった。一瞬で間合いを詰めていた彼女のトンファーが僕のミゾオチに深く沈み、無残にもその場に蹲った僕はゲロを吐き出す。


 彼女は気にすることなく僕の両手に手錠を掛けた。手錠に内蔵されたモーターが駆動音を掻き鳴らし両手を締め付けていく。スっと音もなく立ち上がった彼女は腕時計を確認する。


「午後九時二分、拘束完了」



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