なんやかんやあって、死神長になりましたが、何か?
魂が幽世へと旅立つ音がする。
肉塊となったモノから離れていく。
現し世にしがみつく程の執着を見せたまま凍りついていた最期の顔を、
俺はまた、忘れられないのだろうと唇を噛んだ。
成仏を許されなかった希望と絶望に、
行き場など用意もない。
それは、風に吹かれてべりべりと剥がれ落ち、
ぱらぱらと欠片が地面におちていくのだ。
俺は、特務の大国 空子と、とある研究施設にいた。
東国 最期のフォルトゥナという二つ名を持つ、ぶっ飛んだ女だ。
「棺班が来るわ、霧人」
「……あぁ、わかってる」
吐息の交じる色っぽい声に、遅れて返事をする。
横たわる死に顔を覗き込んだまま、俺は動けなくなっていた。
しゃがんでいる足元には、被害者の血液が薄い膜を張っている。
命を動かすそれが、エンジニアブーツの靴底をじわじわと侵食していくのがわかる。
俺達が殺人現場に到着した時には、
被害者の山神 礼二はすでに息絶えていた。
首元を刃物でざっくりと刺されている。
即死だっただろう。円谷教授と同じだ。
空子は、サラサラのストレートのロングヘアを邪魔そうにばさりと横に流し、
「また変死、また化学者よ。
ご丁寧に殺す直前に無線までくれて、ね。
ほんとうに、悪趣味だわ、セーギノミカタさん」
そこまで一息で言ってから溜息をつくと、俺の隣にスッと腰を下ろす。
太ももにつけた道具箱から注射器を出してから、死体のうなじにプツリと刺した。
死体を見慣れているのか、その作業はとても単調に行われており、彼女からはなんの感情も読み取れない。
「また、変死、また化学者、か」
空子のセリフをリフレインする。
円谷教授の事件から一ヶ月が経った。
俺、壇 霧人は、空子をはじめとする特務の連中とともに、セーギノミカタを追っている。
『死神長』という肩書きをつけられての一ヶ月は正直言うと、記憶があまりない。
大学が夏休みに入ってくれて本当によかった。
第六区役所の役人として連続殺人事件の殺人現場に出向いては、死体を棺班に引き渡す毎日。
正直言っていい? いますぐやめたい。
……現状はと言うと、一ヶ月経っても、なんの解決の糸口も掴めないままだ。
あの、公衆電話群で出会った神風博士からも、なんの音沙汰もない。
いっそ、まぼろしであったのだろうかと思うくらいである。
伝えられた解除コードも、誰にも話さないまま時間が過ぎている。
「処置は終わったわ」
注射器に満たされていた赤い液体をすべて注ぎ込んでから、空子は立ち上がる。
「ありがとう。助かるよ」
機嫌をうかがうように礼を言うと、
「注射器くらい、扱えるようになってくれない?」
と、怪訝そうにディスられた。
「ごめん、苦手なんだよなぁ。人にそういうの刺すの」
言って、頭を掻いてみせる。
この赤い液体を注入すると、人間の細胞分裂が一旦強制停止するらしい。
死んでからも、人間はある程度の時間は細胞分裂をするそうだ。
「死んだのに、なぜそんなことをする必要があるのか」と問うたところ、
空子は「そういうの、キョーミないの」とすげなくあしらわれた。
動かなくなった死体を見やる。
冷たくなった手に触れると、背筋がぞっとした。
ーーーー『知っている』のだ。
ーーーー何度も、何度も見てきたのだ。
何度も何度も何度も何度も、そう、現実を思い知らされるには十分なほどに繰り返し。
「霧人? 大丈夫? 顔色が最悪よ?」
空子の声にハッとして、顔を上げる。
飲み込まれそうになっている闇を、頭を振って紛らわした。
ひどく、心が荒む。
胸の奥がチリチリと焼ける。
「大丈夫。ごめん」
「頼りないわねぇ? あんたが、伝説の死神長 キリトの生まれ変わりなのでしょう?
フフ、笑えちゃうわね?」
意地悪そうに空子は笑う。
「ほんとに、笑えちまうな」
はは、と笑い返してから、俺は立ち上がった。
俺は死神長になった。
そしてこの一ヶ月、俺は特務と共に、セーギノミカタを追っている。
これは、表向き。
この采配、マフィアの首領である鬼道 藍統が糸を引いている。
話は、一ヶ月前に遡る。