Reconfirm
いつも、誰かに見られている気がする。
だけど覗き見されているような気分じゃなくて、嫌な感じではない。
むしろ、優しく見守ってくれているような、そんな暖かい感覚。
いつからか感じているそれは、冬になっても変わらなかった。
「さ、さむ……」
黒いトレンチコートに手袋、冬用のデニムを履いて外に出る。
それでも寒さを感じて、思わず口を衝いてしまう。
雪が降っていないのが不思議なくらいな、真冬の寒さ。
まだ夕方だと言うのに、日は完全に落ちていて、辺りは暗い。
でも、気分は明るかった。
今日はクリスマスイヴだ。
学校は冬休みで、憂いは二つを除いて無い。
街はカップルで賑わい、人が多い商店街は煌びやかなイルミネーションで彩られる。
だがしかし。
それが理由で浮かれているという訳ではない。
別に、恋人が居ない訳でもないが。
年に1回限定で、俺だけのイベントがあるから浮足立っているのだ。
それは目の前にある高い石の階段を登り、古びた鳥居を潜った先にある。
毎年、見る度に肩を落とす程の高さ。
そして急さ。
しかし。何としてもこれを越えなければ会えない。
「よしっ!」
悴む指先で頬を叩き、喝を入れる。
そして俺は、建物4階分もあろうかという階段を登り始めた。
横目には、ゆっくりと流れる雑木林。
今年の旅行で買った、お土産の紙袋を揺らしながら。
徐々に大きくなる、苔生した鳥居。
あれを潜れば、1年振りに会える。
最後の階段を登り切るまで、俺は高揚した気持ちを隠せずにいた。
肩で息をしながらも、ようやく頂上に辿り着く。
木蘭神社。
無人かつ古い大きな建物は、拝殿と本殿しかない小さな神社。
昔は人が居たらしいが。
目の前に見えるのが拝殿で、右手奥に見える小さな建物が本殿だ。
左手には手水舎があり、手を清めるための水が入った水盤と柄杓、屋根がある。
俺は声を張り上げて言う。
「木蘭! 今年も来たぞー! お土産もあるよー!」
右手に持つ紙袋を、高く掲げて。
「おおう朱彦か。久しぶりじゃのう」
返って来た、幼く高い声、対照的に老いたような口調。
「それで、今年の土産はなんじゃ!!」
拝殿の方、どこから出て来た少女がゆっくりと歩み寄る。
落ち着いた色のはっぴのような和服を着ていて、見た目は小学生くらいに見える。
特徴的なのは耳だ。狐のような耳が、濡烏の髪からぴょこんと飛び出ていた。
前髪は座敷童のように、直線で途切れている。
その短い黒髪が揺れ、耳は、嬉しそうにしていた。
「あはは、毎年話よりもこっちの方が目当てなんじゃないの?」
俺はそう返しながらも、袋から箱を取り出した。
「今年は九州、福岡まで行ってきたお土産だ」
箱を開けて中身を取り出すと、何故か少女のテンションは少し落ちる。
「……なんじゃこれは。まさか朱彦が戯言を言うようになろうとは」
俺は見当も付かない事を言われて、唖然とした。
「ん? 俺がいつそんな事を言った?」
間抜けな声色を聞くなり、少女は得意げになって、前屈みになりながら言う。
「この"ひよ子"は東京のお菓子じゃろ!! これくらいの嘘を見抜けないと思うたか!」
「……あぁ」
何だ、その事か。
確かに、ひよ子は東京で有名だ。
香ばしい皮に黄色い餡を包んだ和菓子であるそれは、東京のお菓子と紹介される事も良くある。
だがしかし。
「嘘じゃないよ。 これは勘違いされがちだけど、元は福岡の名菓だ」
「なに……? 何じゃと……?」
俺の言葉で、一瞬にして立場が逆転した。
きょとんとする少女。
「そうか……知識不足は妾だったか……」
肩を落とす。
ビニールに包装されたひよ子を手に持ったまま。
何もそこまで落ち込まなくても……
「確かに、どちらかと言うと東京の方が有名だけどね」
「改めて。久しぶりだね木蘭」
俺が仕切り直すと、落胆していた木蘭も向き直る。
俺の吐く白い息で、少しだけ視界が阻まれた。
「全くだ朱彦よ! 1年というのはこんなに長いものだったかの!」
お互いの変わらない姿を見て、二人して笑った。
少女は、木蘭と言う。
神社の主であり、自称妖精という不思議生物だ。
俺もその実態は良く分からないが、会ったのはもう4年も前になる。
にも関わらず、見た目は全く成長しない所を見るに、妖精と言うのはあながち嘘ではないのだろう。
そして、俺は朱彦。
高校3年生の男子で、大学が決まってようやく落ち着いた時期だ。
行事委員の委員長を務めていたぐらいが取り柄の、普通の高校生。
「今年は家族で行ってきたんだ」
俺も拝殿の縁側、木蘭の隣に腰掛ける。
ぎしり、と、朽ちた檜が呻いた。
「ほう。それでこのひよ子か」
木蘭は足をぶらぶら遊ばせ、ひよ子を頬張りながら相槌を打った。
「そういうこと。光明禅寺に行って来てね、枯山水の庭園がすごく綺麗だったよ」
毎年こうして、木蘭に身の回りであった事を話している。
理由があって、そう決めているのだ。
「あそこは嫌な奴がいるから嫌いじゃ。他には無いのか?」
俺が寺か神社の話を出すと、毎回そこにいる何かがどうとか返される。
もしかすれば、そういう所にはどこも妖精がいるのかも知れない。
まぁそれはどうでもいいし、訊いちゃダメな気がするから訊かないが。
「福岡に居たのは短かったから、それがメインだったね。あとは副産物だよ」
「他には……委員会の引退式があったね。俺が入ってた行事委員会の」
「ほうほう。……泣いたのか?」
足と口の動きをピタリと止め、目を細めて訊いてくる。
「泣きそうにはなったけど、泣きはしなかったね。後輩への礼儀として」
返事を聞いて、母親のような表情になってのけぞり、木蘭は諭すように返してきた。
「そうかそうか。中学の時に比べて成長したのう」
「まぁ、あの時のテニス部には相当入れ込んでたからね」
「引退式の時にボロボロに泣いたのを、妾は知っておるぞー」
悪い顔をして見つめてくる木蘭。
「は!? な、なんでそんな事まで……」
「妾はいつも見ていると言ったじゃろ」
ニヤリとして、鼻を鳴らしながら、そう言い放った。
そんな木蘭を見て、もう少し他愛もない話を続けたくなる。
聞いた事がない事を、聞いてみたくなった。
「木蘭はさ、何でずっと俺に付き合ってくれてるんだ?」
木蘭は少し驚いて、呆れたような悪い笑顔をする。
「別に、何となくじゃ。まぁでも、朱彦のような面白い人間はそうそういないぞ?」
褒めてるのかそうじゃないのか、良く分からない事を言った。
俺は困惑して、でも嫌われてない事にお礼を言う事にした。
「何て答えたら良いか分からないけど、とりあえず、ありがとう」
そういうとこじゃよ。朱彦が面白いのは。そう、呟く声が聞こえた気がした、
木蘭は息を吐いてベンチから腰を離し、立ち上がる。
そして、俺に真っ直ぐな瞳を向けて、訊く。
「それより、朱彦の恋人を狙う拓緑君とやらはどうなったのじゃ」
二つの憂い事。
その一つの憂いとは、これだ。
「そこまでお見通しだって言うのか」
「そりゃもちろん。どうなのじゃ?」
何の力か分からないが、木蘭には全て見透かされているみたいだ。
一番訊かれたく無い事でも、それを分かった上で訊いてくる。
「彼とは……距離を置いてる」
「そうか。しかしな、このままでは何れ瑠璃との関係が壊れてしまうかも知れんぞ?」
俺の恋人である瑠璃に想いを寄せている、2年生で後輩の拓緑くん。
同じ演劇部で瑠璃に惚れたらしく、表沙汰にならないようにしつつも密かにそうしていたらしい。
とても真面目かつ真摯な性格で、恋敵にはしたくない相手だ。
今年に入って瑠璃が告白されて、断られてもなおそれは変わらない。
これらは瑠璃から話を聞いた時に初めて知った事で、出来れば見ないフリをしていたい。
彼とは、そんな関係。
「俺は……彼を嫌いたくない。嫌われたくもない」
「自分の恋人を必死に守り庇うような、過保護で単純な人だと思われたくない」
「それに、瑠璃は断り続けると信頼してる事を証明したい」
俺が一通り言うと、木蘭は納得がいかなそうな顔をした。
そして、一拍置いて言葉を返す。
「自分のカノジョが取られそうになっても、何とも思わんのか?」
「それは……」
「もしこのまま瑠璃の気持ちが曲げられて拓緑に傾いても、何とも思わんのか?」
「そんな訳はあるはず無い! 考える度に気が狂いそうで、でもどうしようもない事で……!」
俺は木蘭に訊かれて、気持ちを抑えきれなくなっていた。
瑠璃の両親に認められるためにした、幾重もの努力。
その結果を、拓緑くんは初めから持ってる。
だから、もし瑠璃の気が変わればそれまでなのだ。
しかし、俺が介入すれば、瑠璃を信頼していない事になる。
それはとても情けなくて、格好が悪い気がしてならない。
だから……
「だから避けるのか?」
「どうしようもなくなんか無かろう」
「朱彦がやめろと釘を刺せば良いだけの話じゃ」
「瑠璃の気が変わってからでは手遅れじゃぞ?」
何も言い返せない。
そんな自分に、心底腹が立つ。
結局、俺の意思はその程度なのだ。
4年前、初めて木蘭に会った時もそうだった。
クラスメイトだった瑠璃を好きになった時。
瑠璃の両親が厳しく、交際を認めない家だと知って、俺はこの神社に祈りに来たのだ。
告白が成功して、両親が交際を認めてくれますように、と。
今日と同じ、クリスマスイヴの夕方に。
返事は、ちゃんと返って来た。
その時は声だけだったが。
「なんじゃ、交通安全と商売繁盛の神社に色恋沙汰とは」
「え……ご、ごめんなさい知らなくて! 筋違いですよね! 僕、帰りますから!」
「いやいやいや。こんなボロい神社によく祈りに来たもんじゃよ」
「この近くに、他の神社も無いしの」
小さい声で、忌々しく呟く。
「物好きで努力家なその性格も嫌いじゃないぞ。せっかくだから、話くらいは聞いてやろう」
その台詞を聞いた直後、俺は初めて木蘭と対峙した。
青かった俺にとって、口調と見た目が合っていないことはどうでも良かった。
それどころか、頭から人間のそれではない耳が生えていることすら、些細なことだと思っていた。
そして、俺は話した。
今どうなっていて、今後どうしたいか、瑠璃に関することは全て。
返って来た言葉は、あまりにも単純だった。
「無理じゃ」
「な……なんで! どうしてそう決めつけるんだ!」
俺には理解できなかった。
万事に解決策があって、自分がそれを知らないだけだと思っていた俺には。
「今の朱彦では無理じゃよ」
「だから、どうしてそう……」
「理屈に話の腰を折られるような青二才が、そんな大事は成し遂げられんよ」
「……」
俺には、反論する言葉は見当たらなかった。
今あるルールを無視してまで、物事を実行する傲慢さは無かった。
「……確かに、僕は青二才かもしれない。でも、瑠璃にもっと近づきたい」
「教えて欲しい。木蘭、どうすればそうなれる?」
「良かろう。教えよう。一つ、条件を認めればな」
木蘭は真剣な顔で、そう返してきた。
「毎年今日の日に、その年あった出来事と、瑠璃との関係を隠さず全て話せ」
「そう約束するなら、瑠璃と結ばれる祈りは叶おう」
俺は、無言で頷いた。
「良い返事じゃ」
「道は一つ」
そう言ってから、木蘭は息を吸って話した。
「意思を強く持つのじゃ。誰にも、何にも曲げられないような、好きと言う意思をな」
その言葉を聞いて、その時の俺はハッとしたのだ。
それから、死ぬほどの努力を続けた。
今までにないくらい勉強して成績を上げ、必死にマナーなんかを他人から盗んだ。
辛い時はここへ来て、全てを話した。
聞いてくれた木蘭は、いつも的確なアドバイスをくれた。
それが、1年続いた。
そうして俺はようやく瑠璃の両親に認められて、告白したのだ。
返って来た頷きは、今までに無い達成感と幸せを感じさせてくれた。
4年前と似たような出来事が、今また起こっている。
傍から見れば別物かも知れないが、俺にとっては似たようなものだ。
自分だけで解決できない、他人に介入する事。
俺が最も苦手で、目を背けたくなる出来事。
「俺は……成長したんだろうか」
木欄に返事を返さず、独り言のように呟く。
「背丈は伸びたな。顔つきも男らしくなった。格好も悪くない。なんじゃ、それだけでは不満か?」
「目に見えない成長は……」
俺が続きを言おうとした時だった。
「朱彦……?」
右から聞こえた声に、咄嗟に階段の方へ顔を向ける。
鳥居の下に人影があった。
整った清楚な顔立ちに、流れるような黒髪のポニーテール。
モノトーンと呼ばれるような、単調ながらも良く似合っている服装。
俺の恋人、瑠璃だ。
「瑠璃……」
何故ここに来ているのか、何をしに来たのか。
俺は思わず縁側から立ち上がって、目を丸くした。
驚きと訊きたい事で頭はいっぱいだったが、それよりも大きい気持ちが、全てを覆っていた。
お互いに、言葉を交わす事も無く、俯く。
今は話したくない、と言うように。
今現在の憂いの二つ。
その、もう一つの憂い事。
「……なんじゃ」
「お主ら、喧嘩でもしておるのか?」
俺は黙った。
瑠璃も黙った。
距離を置き、縁側を立った木蘭を挟んで。
「これじゃあ……拓緑以前の話じゃな」
木蘭は瑠璃に聞こえないように、ぼそっと呟いた。
俺は俯いたまま、どうする事も出来ない。
瑠璃は木蘭だけを見つめて、歩く。
「木蘭さん、また相談に来てごめんなさい。私……演技が上手く行かなくて」
瑠璃の口調で、木蘭を何故知っているかなど、思考の外に追いやられていた。
この言い方。相談内容。
普段なら、間違いなく俺に相談している事だ。
中学の演劇部を経て、今は高校の演劇部に所属し、舞台女優を目指している瑠璃。
この手の相談は、よく受けたものだ。
「それは、いつもは朱彦に相談している事であろう? 朱彦に訊けば良かろう」
木蘭は、俺が考えている以上に意地悪だった。
「なっ、木蘭……」
思わず、声を漏らす。
瑠璃の方に目を向けると、ただただ下を見ているだけだった。
以前の俺なら、これはピンチと捉えただろう。
他のアクションを待って、チャンスが来るのを延々と待ったことだろう。
だが、今は違う。
相手が動かないならば、自分が動けば良いのだ。
俺は、成長した筈なのだから。
仲直り出来るチャンスだ。
自らを棚に上げ、自分を必死に奮い立たせた。
そして、勇気を振り絞る。
「瑠璃」
「は、はいっ!」
突然呼ばれた瑠璃は裏返った声で、驚きを隠せず返事した。
そして、俺を見つめる。
そう、これでいい。
俺は、見つめ返しながら、続ける。
「瑠璃は言ったね。俺は瑠璃に心を開いてない、と」
瑠璃は大人しそうに見えて、言いたい事は言える人なのだ。
深く知らなければ、他人にずかずか踏み込んでくる不躾な人だと思うかもしれない程に。
俺はそれで喧嘩をした。
隠し事などしてないし、心は開いている、と。
白い息で、瑠璃が霞む。
「認める。今までは、間違いなくそうだったと思う」
一瞬だけ視線を逸らしてから、再び目を見つめた。
「だけど、これからはもうやめるよ。木蘭の事も話すし、拓緑君の事もちゃんと話そう」
俺が話し終わると、瑠璃が息を飲む音が聞こえた。
そして、消え入りそうな声で話す。
「私は……」
瑠璃が続きを言おうとした直後。
大きな声が、冬の空に木霊した。
「瑠璃さん!!!」
肩で息をしながら、膝を抑えてこちらに目を向ける少年が、鳥居の下に居た。
男にしては小さ目の背丈と、大きく真っ直ぐな瞳。
制服に明るめの紺のピーコートと、黒いマフラーを合わせた服装。
少年は、拓緑君だった。
「瑠璃さんが見えたので、追いかけて来ちゃいました」
「ずっと会う機会が無かったもんだから、これは運命だー、なんて、考えちゃって」
ぜぇぜぇと荒い呼吸をしながら、瑠璃を見て笑顔を作る。
俺が目を向けると、拓緑君は気づいたようだった。
「あ、朱彦さん! こんばんは! あ、あと木蘭さんもこんばんは」
こいつも木蘭を知ってるのか……?
そう思わずにはいられない。
しかし、この緊張した空気で、そんな事を気遣う余裕も無かった。
「どうも、こんばんは」
自分の声色が分からないまま、返事を返す。
木蘭は挨拶を返さず、ただニタニタと笑うだけだった。
拓緑君は自然な動きで瑠璃だけを見つめ、瑠璃に駆け寄る。
「瑠璃さん。伝えたいことがあります」
「追いかけて来たのもそのためです」
強く、誰にも負けないような瞳。
映るのは、ただ一人のみ。
「何度でも伝えましょう」
さっきよりも、更に大きく息を吸う。
「瑠璃さん、好きです」
「願わくば、その瞳が僕だけを見つめる事を祈ります」
拓緑君は頭を下げて、返事を聞くまで上げるつもりはなさそうだ。
瑠璃は拓緑君が諦めていると思っていたのか心底焦っていて、何かを言おうとして、でもどうしたら良いか分からない状態になっていた。
この電撃告白の行動力と、周りを気にしない圧倒的な根性。
腑抜けな俺では、来世が有ったとしても出来ない芸当だ。
だが、潔く彼女を譲るのも、また絶対に出来ない事だった。
瑠璃を見るに、このままでは埒が明かない。
勇気を出せ。
一声出せば、その後は余裕だ。
目をつぶってから、声を上げた。
「拓緑君」
彼は、顔を上げようとしない。
それは決して無視している訳ではなく、あくまで瑠璃の答えを聞きたいからだ。
今までの拓緑君の振る舞いから見て、そういう邪道な事はしない人間だと言うのは良く分かっていた。
今なら分かる。
釘を刺すというのは、必ずしも攻撃的に言う訳じゃない。
言葉を選べば、上手く行くはずだ。
「まず、ありがとう。瑠璃に想いを寄せてくれて」
冬の乾いた空気に、声が響き渡る。
さっきまでは無理だったかもしれない事を、俺は言い切る事が出来る。
「でも、俺は瑠璃を好きで、瑠璃は俺を好きだ」
口に出して、その事を証明して、再確認した。
「悪いけど、譲ることは絶対に出来ない」
「諦めて……くれないか」
俺がどれだけ残酷な事を口にしているか、良く理解している。
俺がもし逆の立場なら、耐えられなくなってその場から逃げ出すだろう。
だけど、それを言う他無い。
拓緑君はゆっくりと顔を上げて、泣きそうな弱弱しさで返した。
俺を映し出すのは、切なげな輝きを放つ瞳。
「朱彦さん、ありがとう」
それでも、感情的にはならない心の強さ。
瑠璃と同じように名家の厳しい両親に育てられた拓緑君は、人並み以上に強い心を持っている。
「でも、僕は。瑠璃さんの答えを聞きたい」
瑠璃に、眼差しを向ける。
ようやく落ち着いたらしい瑠璃は深呼吸をしてから、静かに答えた。
「ごめんなさい。朱彦の言う通り、私は朱彦を選ぶ」
「もし……来世で会う事があれば、その時はよろしくね」
ロマンチックで酷く残酷な答えを、瑠璃は言った。
「……はい。予想は、していました。僕は、これで諦められる」
「お二方、ありがとう。そして、どうかお幸せに」
泣きそうな声。
そして、捲し立てるように言い放って、歯を食いしばっていた。
「拓緑よ」
今まで黙って見ていた木蘭が、唐突に声を掛ける。
「どうしても、どうやっても叶わぬ恋というものはあるものじゃ」
「それを、妾は再確認した」
「慰めの言葉は必要無かろう。拓緑ならばな」
「木蘭さん……ありがとう。じゃあ僕はこれで……失礼します」
言って、拓緑君は走って神社から出て行った。
涙は最後まで見せなかった。
俺は……酷い事をした。
風の音が煩わしい。
耳に刺さるような沈黙が、場を支配している。
「私はね」
瑠璃がそれを破り、口を開けた。
背中を、向けたまま。
「ずっと待ってた。朱彦がそう言ってくれるのを」
「だからね、こんなに…こんなにも嬉しいの」
振り絞るように言う。
振り向いたその瞳に、涙を浮かべて。
俺は、無言で瑠璃を抱き寄せた。
冬の寒さは、もう気にならない。
華奢な体は暖かく、灯火のようなその温もりを、深く噛み締める。
「もう妾の役目は終わりじゃな」
二人の世界の外から、声が響いた。
「妾の願いは叶ったが、妾の恋は叶わなかったのう」
「それじゃあの。くく、次に会うとすれば、来世というやつかもしれんな」
「……?」
今まで、木蘭がちゃんとした別れを告げたことは一度も無い。
一体、どういう事だろう。
俺がその意味を理解する事には、致命的な遅れを伴った。
「待って、木蘭……!」
瑠璃から離れようとして、不意に瞬きをした瞬間。
その時には、肩越しに見えるはずの木蘭は見えなくなっていた。
それから、木蘭は何処にも居なくなってしまった。
それでも。
お礼と土産は、毎年欠かさず持って来て、報告もしている。
いつも見守ってくれていたような感覚は無くなり、代わりに、いつも見守ってくれる人が出来た。
俺は神社に居た不思議な妖精を、ずっと忘れる事は無いだろう。
ここまでお読み頂いてありがとうございます!
いかがでしたでしょうか!
初の短編作品です!
そして初にして表紙付きなんていう豪華すぎる仕様です!
描いて下さったホタテさんには感謝してもしきれません!
ありがとうございました!!
朱彦を中心とした、ロマンチックな恋とか、ファンタジックな生物とかが、最大限魅力的に伝わってれば幸いです。
恋って、素敵ですよね。
では、またの機会に!