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2015年/短編まとめ

誕生日コール

作者: 文崎 美生

意識がぼんやりと浮上しかけていた。


夢現状態で、重い瞼を開ける気にもならないが、耳に届くのはピアノの音。

だがそれは、どこかの部屋から聞こえてくるものではなく、すぐ横の枕元から聞こえてくるものだった。


メールではなく電話。

しかもこのメロディはあの人だ。

目も開けずに片手で枕元を探り、指先に当たる固く冷たい機械を掴む。


「……ふぁい」


欠伸混じりに返事をすれば、深い溜息が聞こえた。

現在深夜で草木も眠る丑三つ時。


「寝てたか」


「起きてた……ふぁ」


欠伸を噛み殺せないまま、無意味な嘘を付けば鼻で笑われる。

別段機嫌が悪いわけでもないようだが、彼の声はいつもより少し低くて掠れていた。

深夜だからだろうか。

そんなことを考えていると、二度目の溜息と共に彼が祝いの言葉を吐いた。


「誕生日おめでとう」


私はちゃんと目を開いて笑う。

誕生日の日に切り替わった瞬間に祝う、なんてことは小説でもリアルでもある話。

だけど、私はそれに対して疑問を持っていたのだ。


何故、まだ生まれてもいない時間に祝うのか。

その話を彼にしたことから、この祝い方が主流になり何年も続いている。

お互いの生まれた時間に電話をして祝う。


お礼を言いながらプレゼントの催促をすれば、ふざけんな、という喧嘩腰な口調が返ってくる。

私の声もいつもより自然と低く小さくなっていて、でも、すぐ近くに感じられる彼の存在に自然と笑みが溢れた。


そして何より、面倒くさがりな彼が毎年毎年その時間に電話をくれることが、一番嬉しかったのだ。

彼の口から出る「誕生日おめでとう」も「生まれて来てくれて有難う」も、全てが愛おしくて大切なものになる。


気だるげだけれど、どこか照れくささを感じさせる彼の声に、意識が本格的に覚醒してしまう。

学校あるんだけどなぁ、と思ってみたが、電話越しの彼の様子だと一睡もしてなさそうだ。

私よりも彼の方が辛いんじゃないか。


「……どうかしたのか?」


少しだけトーンの落ちた声。

心配するような声音にきゅ、と胸が締め付けられるような気がした。


「何でもない!今日も迎えに来てよねっ!!」


オールをしていそうな彼に対して、なかなかに酷なことを言っているようだが、私が迎えに行くとキレるので仕方が無いだろう。

なるべく考えていることが分からないように、テンションを高めに話せば、面倒くさそうな返事が返ってくる。


それでいい、これでいい。

……このままでいい。

付き合っているわけでもない、友達以上恋人未満な私達は俗に言う幼馴染み。

曖昧かつ不安定な、まるで掴めそうで掴めない雲のような関係。


祝ってくれるだけで、嬉しい。

この思いに嘘はない。

だけど、伝えたいって口が動きそうになるのも事実。


覚醒した意識はあまり良くない方向に動いているようで、無意識に首を横に振っていた。

早く電話を切って横になろう。

そうすれば彼も少しは眠れるはずだ。

無言になっても、電話を切らない彼に胸が締め付けられながらも、言葉を口に出そうとする。


だが、彼の口から出る言葉は、私の口から出る言葉よりも早かった。


「まぁ、今年のプレゼントは俺でいいしな。即日受け取り出来るし、いつもの時間に迎えに行くから用意しとけよ」


言うが早いか、私の返答を待たずに通話が終了した。

ブツッ、という音の後には無機質な機械音が響く。

あれ?と首を傾げた。

今彼は何を言っていたんだろうか、それはどう言う意味なのだろうか。


冷や汗をかくような、心臓が締め付けられるような、血の巡りが早まるような、顔に熱が集中するような、ぐちゃぐちゃとした感覚と感情を持った私。

完全に頭が冴えている。

寝られる気がしなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読みやすくていいな~と思いました。なんとなくですが過去作と比べて少しづつ描写がうまくなってきてる気も…… そしてこんなシチュエーションいいなと思うとともに少し辛くなりました……笑
2015/04/23 00:54 退会済み
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