誕生日コール
意識がぼんやりと浮上しかけていた。
夢現状態で、重い瞼を開ける気にもならないが、耳に届くのはピアノの音。
だがそれは、どこかの部屋から聞こえてくるものではなく、すぐ横の枕元から聞こえてくるものだった。
メールではなく電話。
しかもこのメロディはあの人だ。
目も開けずに片手で枕元を探り、指先に当たる固く冷たい機械を掴む。
「……ふぁい」
欠伸混じりに返事をすれば、深い溜息が聞こえた。
現在深夜で草木も眠る丑三つ時。
「寝てたか」
「起きてた……ふぁ」
欠伸を噛み殺せないまま、無意味な嘘を付けば鼻で笑われる。
別段機嫌が悪いわけでもないようだが、彼の声はいつもより少し低くて掠れていた。
深夜だからだろうか。
そんなことを考えていると、二度目の溜息と共に彼が祝いの言葉を吐いた。
「誕生日おめでとう」
私はちゃんと目を開いて笑う。
誕生日の日に切り替わった瞬間に祝う、なんてことは小説でもリアルでもある話。
だけど、私はそれに対して疑問を持っていたのだ。
何故、まだ生まれてもいない時間に祝うのか。
その話を彼にしたことから、この祝い方が主流になり何年も続いている。
お互いの生まれた時間に電話をして祝う。
お礼を言いながらプレゼントの催促をすれば、ふざけんな、という喧嘩腰な口調が返ってくる。
私の声もいつもより自然と低く小さくなっていて、でも、すぐ近くに感じられる彼の存在に自然と笑みが溢れた。
そして何より、面倒くさがりな彼が毎年毎年その時間に電話をくれることが、一番嬉しかったのだ。
彼の口から出る「誕生日おめでとう」も「生まれて来てくれて有難う」も、全てが愛おしくて大切なものになる。
気だるげだけれど、どこか照れくささを感じさせる彼の声に、意識が本格的に覚醒してしまう。
学校あるんだけどなぁ、と思ってみたが、電話越しの彼の様子だと一睡もしてなさそうだ。
私よりも彼の方が辛いんじゃないか。
「……どうかしたのか?」
少しだけトーンの落ちた声。
心配するような声音にきゅ、と胸が締め付けられるような気がした。
「何でもない!今日も迎えに来てよねっ!!」
オールをしていそうな彼に対して、なかなかに酷なことを言っているようだが、私が迎えに行くとキレるので仕方が無いだろう。
なるべく考えていることが分からないように、テンションを高めに話せば、面倒くさそうな返事が返ってくる。
それでいい、これでいい。
……このままでいい。
付き合っているわけでもない、友達以上恋人未満な私達は俗に言う幼馴染み。
曖昧かつ不安定な、まるで掴めそうで掴めない雲のような関係。
祝ってくれるだけで、嬉しい。
この思いに嘘はない。
だけど、伝えたいって口が動きそうになるのも事実。
覚醒した意識はあまり良くない方向に動いているようで、無意識に首を横に振っていた。
早く電話を切って横になろう。
そうすれば彼も少しは眠れるはずだ。
無言になっても、電話を切らない彼に胸が締め付けられながらも、言葉を口に出そうとする。
だが、彼の口から出る言葉は、私の口から出る言葉よりも早かった。
「まぁ、今年のプレゼントは俺でいいしな。即日受け取り出来るし、いつもの時間に迎えに行くから用意しとけよ」
言うが早いか、私の返答を待たずに通話が終了した。
ブツッ、という音の後には無機質な機械音が響く。
あれ?と首を傾げた。
今彼は何を言っていたんだろうか、それはどう言う意味なのだろうか。
冷や汗をかくような、心臓が締め付けられるような、血の巡りが早まるような、顔に熱が集中するような、ぐちゃぐちゃとした感覚と感情を持った私。
完全に頭が冴えている。
寝られる気がしなかった。