第八話「無線」
「トゥース……はて、どこかで聞いた名前だの?」
バールザールがトゥースの名前に反応し、顎に手を添える。対してトゥースはその反応に対しギクリという反応で返す。
「そ、そうかいっ? まー、よくある名前だからな!」
「そういえばさっき……生体番号がどうとか?」
「あーあー、気にすんな。たまに変な事言っちまうんだよ」
トゥースは困った様子で2人に応対する。バールザールがかしこまりながらもトゥースに問いかける。
「貴方は……もしやマスターランクの冒険者では?」
「あ、あぁ……そういう事になってんな」
「おぉ、やはりそうでしたか」
「マスターランクってあんなに強いのね〜」
「強い奴は世の中に一杯いんぜ。俺なんかまだまだだ。……まぁ、スニーグルは倒したしもう大丈夫だろう。道中気を付けてな。じゃ!」
「「あ……」」
2人が口を開くより早く、トゥースは西へ西へと逃げるように走って行った。不意を打たれた2人は互いに顔を見合わせる。そしてスニーグルの亡骸を見つめ、先程の戦闘を思い出す。
トゥースが現われなかったらどうなっていたのか。自分達だけで勝てたのかと。
「……九死に一生だったわね」
「我々も早く強くならねばな」
「勿論よっ!」
アリスは再び気合いを入れ直し、ドードーの町までの道を急ぐのだった。
――リンマール北、ハチヘイルの農場付近――
太郎はチャールズにチャールズをここに置いていく話をしていた。
チャールズはパタパタと太郎の周りを回りながら辺りを見回している。
「ほぅ、もう間も無く村か」
「正確にはもう入っている。そこら辺に隠れているといいだろう」
「合点承知だ」
「どこでそんな言葉を覚えたんだ……」
「まぁ、あまり気にするな。……そうだ太郎よ、渡した金品の中に銀の指輪があっただろう? 我の見立てではおそらく太郎の中指に合うだろう。着けると良い」
「何故だ?」
「悪い事ではない。いいから着けるがよい」
チャールズに害意がないのがわかったのか、太郎はポケットに入っていた銀の指輪を右手中指にはめた。
チャールズの口尻がほのかに上がり、ゆっくりと目を閉じる。
数秒の後、チャールズの眼が紅に光る。そして、太郎が着けた指輪も同様の光を放つ。
チャールズの眼と指輪が紅の線で繋がりそしてゆっくりと消えていった。太郎は一連の行動を見守ったが、自分にとって異質な体験だった為、
「今のは何だ?」
「ほぉ、太郎は異界の者だったか。なぁに、ただのホイッスルだ」
「ホイッスル?」
「心で我の名前を呼べば、我の心に届く。逆もまた然りだ」
「簡易無線というところか」
「なるほど、科学の発達した異界だったか」
平然と太郎の話に付いて来るチャールズに少なからず親近感を抱いたのか、太郎はふっと声を出し笑って見せた。
「わかった、了解だ」
「そういう事だ、用事が終わったならそれで我を呼ぶといい。場所も特定出来る」
そう言うと、チャールズは羽を羽ばたかせどこかへ飛んで行った。
チャールズの後ろ姿を見送った後、太郎は右手の銀の指輪を見つめる。
「……この世界にしてはかなり役に立つが、あいつ専用という事か。残り6日と言う事だし、使える日が来るかどうかはわからんな」
太郎は歩き始めハチヘイルの農場を後にする。中央広場を越え、リンマールの南側まで歩き、武具店の店主エッジの元に着いた。
「この鞘はいくらなんだ?」
「へぇ、払いに来たのかい? いや、もう金が出来たのかって聞いた方がいいかな? ははは」
店主は盾を磨きながら笑って答えた。
「どちらでも構わん。いくらだ?」
「埃が被ってるようなもんだ、60レンジで構わんよ」
「では100レンジから頼む」
「あいよ、盾は買って行くかい?」
「いや、結構だ。金品を換金してくれる店を知らないか?」
「うちで出来るよ」
「ではこれを頼む」
太郎は盗人達のアジトで手に入れた指輪や腕輪、金の皿を出して見せた。
エッジはそれを手に取りルーペの様なもので覗き込む。
「こりゃ盗品じゃねーか。盗人達から巻き上げた口か?」
「……ハチヘイルの農場のエネル玄を盗んでいた盗人達から手に入れた」
太郎はエッジに、エッジは太郎に驚いて見せた。何故盗品だとわかったのか、あの依頼をこなしたのは太郎だったのか。2人のその理由は明白だった。
「まずかったか?」
太郎は盗品だと問題があるんだろうと思ったのか、エッジに控えめに聞いた。
「いや、構わないよ。盗人から盗品を巻き上げるのは、特別な事がない限り合法だ。ただし買い取り価格が下がっちまうがね」
「構わない。しかし盗品だとわかるものなのか?」
「これが俺のジョブでありスキルだからね。勿論、にいちゃんが盗った物じゃないって事もわかるよ」
「それは便利だな」
「んで、買い取り価格が安くなってしまうのには理由がある」
「何故だ?」
「元の持ち主が安価で買う為さ」
「どうやってここで売っているとわかるんだ?」
太郎は当然とも言える疑問を投げかけた。
「そりゃにいちゃん、レウス様の前で聞くのさ。その時に買うかいらないか決めれるのさ。勿論俺もその情報をレウス様に聞く事が出来る。だから教会への訪問は週に2、3回は行った方が良いよ。ま、いらないって言ってくれた方が俺は儲かるんだがな」
「盗られた上に買わなくてはいけないとは、盗まれた者にとっては泣き寝入りみたいなものだな」
「ははは、確かにね。しかし、大切な物が返ってくるのであれば買うって人もいるし、いらない人もアッサリしてるもんだよ」
「そういうものか」
「それに盗品が見つかった際は元所有者に徳が配分されるんだ。悪い事が起きたが、良い事も起きる。それがレウス様のお考えなんだろう」
(レウスはあの時、徳が溜まるのは善行と魔物討伐の話しかしていなかった。忘れていたのか手抜きなのか……困った神だな。いやしかし全てとなるとやはり――)
困った神に呆れはしたが、エッジの詳しい話を聞いていると、そこまで手が回らないのかもしれないと推察してしまう太郎の本質は、もしかしたら優しいのかもしれない。
「ところで、悪人というのは徳が溜まるものなのか? どうしても悪人が優位に感じてしまうんだが?」
「あぁ、盗みを働いた時点で徳はなくなってしまうよ。まぁそのランクで溜めた徳が無くなるだけでスキルが失われるわけではない。それに、1回盗みを働くと、ある程度善行を積んだり、魔物を倒さないと徳が溜まらなくなるんだ。だから盗人……というより犯罪者のうちは徳は溜まらない。したがって犯罪を犯す者ってのは大体ある程度の強さをもっているものなんだ」
「言い換えれば一定の強さを得てしまえば犯罪は容易で、それ以上の強さを求めなくなってしまうというところか?」
「楽して稼ぐ様な奴等だからな。がしかし、一概にそうとも言えねぇから犯罪者討伐は気を付けた方がいいぜ? 逆に奴等は【悪徳】を溜める事が出来るんだ」
「悪徳だと? それはレウスが許してる事なのか?」
「良い神もいれば悪い神もいるって事だ」
「……なるほど、邪神というやつか」
「まぁ、そんなところだな。教会と違って至る所に邪神像がある訳じゃないんだが、根っからの悪人はそこへ行き着く事が出来るそうだ。ま、俺は見た事はないけどね。あ、これ買い取っていいのかい?」
「あ、あぁ頼む」
意外な情報に眉をひそめた太郎だったが、すぐに切り替えた様子でエッジの鑑定結果を待つのだった。
――ハチヘイルの農場付近の林――
チャールズは木の葉をムシャムシャと食べている。器用に葉だけを食べ、誤って口に入ってしまった枝は咀嚼の後に口から出している。
「不味いな、やはりユグドラシルの木には及ぶまいか」
文句とも小言ともとれる発言をブツブツと言いながら、複数種類の木を飛び渡っている。
その時、チャールズが葉を食べている木の下に何者かが現れた。
「ぬ……何だ天使長か」
「チャールズ、てめぇチャッピー泣いちゃって大変なんだぞ! さっさと神界に戻って来やがれ!」
「あんな駄目な父親の元へ帰るつもりはない。母上には社会見学と言って出てきたから問題なかろう」
「あー、そういや騒いでたのチャッピーだけだったな。オバルスの通達より早く来すぎちゃったのか……」
太い枝に掴まっているチャールズを見上げながら話す男は、先程アリスを助け、逃げる様に去って行ったトゥースだった。
トゥースは頭を掻きながら自分の記憶を遡っている様子で答えた。
「そういえば、誰と来たのだ?」
「チャッピーと舞虎さんだ」
「そうか、舞虎殿には悪い事をしたな……」
「おい、俺はどうなんだよ!」
「まぁ、そう言うな天使長。我は今、面白い奴と契約中だ、従って帰る事は出来ないと伝えてくれ」
「へー、期間は?」
「1週間、しかし父上には数年と言っておいてくれ」
「調べられればバレちまうぞ? ……あー、チャッピーならそれはないか」
「ほぉ、よくわかってるじゃないか天使長?」
「その代わり、レウスには伝えるぞ」
ピクリと反応したチャールズは、強く目を瞑り、頭の中で何かと戦っているかのような面持ちだった。トゥースはニヤリと笑い、チャールズの回答を待った。
「魔神殿にか……。何か嫌な予感もするが、これもあの父親から離れる為……仕方ないだろう」
「そんじゃ俺等は帰るから、戻る場合はキャスカかビアンカにコンタクトをとってくれ」
「ほぉ、この時期の担当は奥方達であったか。合点承知だ」
「最近バグが多い、途中で2回も遭遇したぜ。社会見学するならそれも併せて報告してくれや」
「まぁその位はな」
「くれぐれも人間に手を出すなよ」
「それ位の戒律は知っている」
「そんじゃあな」
「さらばだ」
挨拶をかわし、トゥースは一筋の光となって走り去って行った。その後ろ姿を見送った後、チャールズは空を見上げ小さなため息を吐くのだった。