第七話「異変」
――太郎が盗人達を倒した翌日――
太郎はハチヘイルから報酬を受け取り、ハチヘイルの家を後にして、昨晩の洞窟前まで来ていた。
太郎が周囲を見渡すと、盗人達の死体は無くなっていた。近くに土を掘り起こした様な跡が見られる。おそらくアリスとバールザールが遺体を埋めたのだろう。
洞窟内に入ると、あの竜は自分が入っていた鉄の檻に座りしっかりと待っていた。
「戻ったか太郎。どうだ? 太郎の好みに合うかどうかはわからぬが、中々良い配置だとは思わぬか?」
チャールズが一室を見渡す。荒れていた部屋は片付けられ、簡素だが箪笥やベッド等の調度品も見受けられた。
太郎は激変した部屋を見て不可解に感じたようだった。
「ベッドはともかく、箪笥はなかったはずだが?」
そう、昨晩には無かったものがこの一室にはあった。それを不可解とし、太郎はチャールズに尋ねたのだった。
「何を言う、箪笥等、一晩あれば、我に作れぬ訳がないだろう。我が父は木工芸術を極めていたのだから」
「ほぉ、中々の父を持っているようだな」
「我より子供だがな」
「……どういう意味だ?」
「言葉通りだ。まぁ、この世界にはおらぬから話に出しただけで、気にする事でもない」
「そうか。……しかし、本当に逃げなかったんだな」
「やれやれ、まだ信じていなかったのか? 残り6日、しっかりと勤め上げるつもりだ」
「そうか、それなら勝手にしてくれ」
「そういえば、この部屋に金品がまだ残っていたぞ。そこの机の上に置いてある。我は使わぬ故、有意義に使うと良い」
チャールズはベッドの隣にある机に目をやり、金品の存在を知らせる。
「そういえば鞘の代金を払っていなかったな」
「盗みは良くないぞ?」
「ツケで借りているだけだ。今回の報酬で払う事が出来る」
「そうか、では人里に向かうのだな?」
「あぁ、来るのか?」
「近くまでは同行しよう」
太郎は机の金品を回収し、チャールズと共にリンマールを目指した。
――リンマールから東へ約20キロ、火の国「イグニス」への貿易ルート――
アリス、バールザールは次の町、イグニスへの中継地点「ドードーの町」を目指していた。
貿易ルートなだけあって人通りが多い為(それでも少ないが)、今のところ魔物に襲われていない。言わば順調な旅路である。
昨晩よりもう機嫌が直ったのか、アリスは鼻歌を歌いながら歩いている。
バールザールはやや呆れた様子でアリスの様子を見守る。
(やれやれ、本当に立ち直りだけは早いのう。……無論、傷が癒えたという訳でもないがな)
「んん~、ふっふーん♪ 爺やー、イグニスに行ったらどうするのー?」
「これ、前も言ったじゃろう。イグニスの王、「フリート」様に謁見し、レウス様より勇者の天職を賜った事を報告するのだ」
「フリート様かぁ~、爺やどんな人だか知ってる?」
「うむ、豪気な方として有名じゃな。数年前まで執政についても名高い王だったのだ」
「数年前まで?」
アリスがそれ以降の情報をバールザールに求めた。
「最近はのう、悪い噂はないんだが……いや、噂自体出回らなくなってしまっているとの事だ」
「むー、何かキナ臭いわね?」
「異常な事態になってないと良いが……まぁ、これも勇者の仕事じゃて」
「何事も無ければ一番良いんだけどねー」
「そうも言ってられん。各国から勇者出現の情報が出ている以上、これは何かが起こる前触れだと見るべきじゃ。努々油断するでないぞ?」
「はーいっ! ……っ?」
大きく返事をしたアリスだったが、瞬時に顔が険しくなり腰を落とす。
バールザールの錫杖を握る力が増す。アリスとバールザールは、背中合わせに周囲を警戒している。
「……どこじゃ?」
「わからない。……気配は感じるんだけど」
「という事は――」
バールザールが錫杖を両手に持ち空を見る。
「う、上じゃっ!」
その時、2人は上空より急降下してくる何かの接近に気付いた。
空から現れたのは蛇の頭が2つの体長4メートル程の大鷲の様な魔物だった。
「スニーグル!」
バールザールがそう叫ぶと、アリスの顔が豹変した。驚きと不安が色濃くなっている表情だ。
「冗談でしょ!? ブロンズからメタルの冒険者が討伐隊を組んで倒すレベルよ!?」
「回避じゃっ!」
スニーグルは2人を目掛け大爪を振り下ろす。辛うじて回避に成功する2人。その一振りで砂埃が舞い上がり、同時に2人は互いを見失ってしまう。
本来、スニーグルの討伐ランクはシルバー。アリスが言った様に、討伐隊を組めば下位のランクでも討伐が可能だ。
しかし、アリスのランクはレギュラー。バールザールはブロンズである。
状況は絶望的、2人は一瞬にして全滅必至の状況に追い込まれた。
「こんな所に此奴が現れるとはっ……。アイスニードルッ!」
バールザールの錫杖の先から氷の針が発生し、スニーグルに向かい飛んで行く。スニーグルは、その場で瞬間的に羽ばたき、風圧によりアイスニードルを落とした。
(やはり無理か。しかし此奴は炎を吸収する……氷系の魔法しか対抗手段はないっ!)
「アップ!」
アリスの戦闘準備が完了し、盾を強く叩きスニーグルを威嚇する。
「アリス、時間を稼ぐのじゃ! わしが魔法を放ったら真っ直ぐ東へ走れ!」
「バカ爺や! そんな事したら爺やが死んじゃうわよ!」
「心配せんでもやりあうつもりはない! 逃げ前提の戦闘だと思え!」
「りょーかい!」
「牙には毒がある、爪は絶対に受けるな! そんな盾簡単に切り裂かれる!」
スニーグルがアリスに牙を剥く。アリスが後退するが、もう1つの頭が追い討ちをかける。アリスが盾で上手く薙ぎはらう。
「アップ!」
バールザールが錫杖にフォースを施す。
盾で頭を叩かれたスニーグルだったが、アリスへ更に猛追をかける。再び大爪による攻撃。
(やっばっ!)
アリスは苦し紛れにその場で跳躍。幸か不幸かかわす事に成功……しかし、着地した場所はスニーグルの腕の上だった。
スニーグルがすぐに反応し、再びアリスに噛みつきかかる。
「アリス、飛べ! アイスストーム!」
掛け声と共に錫杖の前に現れた氷の結晶達は、スニーグルに嵐となって襲いかかった。次第にそれは渦巻き、スニーグルを囲んでいった。
「今じゃっ!」
バールザールの掛け声と同時に、2人は東へ駆け始める。しかし――
パリーンッ!
間も無くスニーグルを凍らせる、といった所だった……。しかしスニーグルを足止めするには威力が足りなかったようだ。
(万事休す……かっ!)
スニーグルが2人に向かい走り出し、決死の戦闘を覚悟したその瞬間だった。
ゴォッ!
一筋の光が2人の目の前に現れた。それは……1人の男だった。
男はガタイが良く、黒いクンフーシューズのような靴に、紺色のパンツを履いていた。橙色のシャツを着て、何故かサスペンダーを装着している。
豊かな髭を蓄え、頭部は歴戦の傷なのか十字型の大きい傷があった。
「エラーを確認。直ちに修正すんぜ」
アリスとバールザールは目の前の男の速度に気付けなかった。そして、男のその言葉の意味も……。
「シャーッ!」
そう、2人は勿論、2人を圧倒していたスニーグルまで気付けなかったのだ。
「ったく、人使いの荒い神様だよなぁ……。スンやリボーンは本当偉いぜ」
男はブツブツと小言をこぼしているようだった。
「あ、あなたは……?」
アリスが言葉を振り絞り、男の背中に声を掛ける。
「おぅ、嬢ちゃん無事か? 爺さん、嬢ちゃんを頼むぜ?」
「かたじけない」
バールザールはアリスを連れ後方へ退避した。
その2人を追おうとスニーグルが反応するが、男がそれをさせなかった。スニーグルは感じたのだ、男が放つ圧倒的重圧を。
「生体番号25045、スニーグルか。……確かにお前はここにいちゃいけねぇな。大人しく自分の生息地に逃げるなら逃がすが……どうする?」
「キシャーッ!」
「そうかい、しゃあねぇな……」
男はそのまま腰を落とし地面に拳を振り下ろした。
「剛遠拳っ!」
ゴゴゴゴンッ!
男の拳打が地中を伝わったのか、衝撃が疾走し、スニーグルの足下で爆発した。それに伴いスニーグルは弾け飛ぶように絶命したのだった。
アリスとバールザールはしばらく動けなかった。
男がホッと一息吐いた時、2人の緊張は解けたのだった。
「あ……ありがとうございます」
「よぉ、嬢ちゃんに爺さん大丈夫だったか?」
「本当に感謝致しますぞ。それで……貴方は?」
「ハッハッハッハ、名乗る程のもんじゃねーよ!」
「そういう訳には参りません!」
アリスが食い下がる。バールザールも両手を前で組み、男の名を求めた。
「まー、名前位大丈夫か。トゥース、俺の名前はトゥースってんだ!」