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第六話「不和」

 竜神チャールズと名乗った黒い竜は、太郎の3分の1程の大きさであったが、その威圧感はオークレプリカとは比べ物にならなかった。

 太郎は洞窟内にあるテーブルにゆっくりと降り立つチャールズに、未だに剣を向けている。


「1週間だけの(あるじ)だが、(あるじ)(あるじ)。宜しく頼むぞ」

「……はぁ」


 太郎は小さく溜息を()く。


「……太郎で構わない」

「では太郎、今後の方針について聞きたいものだな?」

「念の為の確認だが、盗人達は3人であっているのか?」

「左様だ。我が捕まってからあの3人以外に会った事はない」

「了解だ。……ではチャールズ」

「何だ?」

「今後ここを根城にする。俺が戻るまでにここを片付けておけ」


 チャールズを使役する事を決めたのか、何か吹っ切れてからの太郎の指示は迅速かつ的確だった。


「全く……竜使いの荒い主人だ」

「利用出来るものは利用するだけだ」

「それは(もっと)もだな」

「俺は依頼主とギルドに報告がある。留守を任せたぞ」

「切り替えの早い主人でもある……」


 太郎は返答はせずその場を後にした。

 外に出ると、太郎は思わぬ人物に遭遇する。息を切らせたアリスと、バールザールだった。

 アリスは倒れた盗賊の死体を見ている。やや怒気に満ちているのか……悔しがっている様にも見える。


「何だ、お前達か」

「……なぜ……」

「なんだ?」

「なぜ……」


 アリスの声が小さく、聞き取りづらい。俯いているせいか声もどことなく暗い印象だ。


「何故殺したっ!」


 今度はハッキリと聞こえた。声には明確な怒気を込めて。


「盗人の討伐依頼だろう? 何が問題なんだ?」

「リンマールにも自警団がいる! そこに引き渡せば良かったんだ!」


 太郎はバールザールの方を向く。


「元来討伐とはそういうものなのか?」

「んや、お主のやり方も間違っておらんよ。依頼内容が捕縛だった場合は別じゃがの」

「ではアリスは何故怒っている?」

「人の命は尊いものだ、それを簡単に消して良いはずがない! 最近ではそういった判断も増え、討伐依頼でも身柄を引き渡す事例が多々あるんだ! そ、それを何故……っ」

「悪いがアリスの考えは一方的過ぎて俺の価値観にそぐわない。討伐なのだから討伐する者もいる。そういう事だ。……ではな」


 太郎が2人の間を通り抜けようとする。瞬間、アリスは太郎の腕を掴み、組み伏せようとした。しかし――


 ダンッ!


「キャッ!」


 意外にも組み伏せたのは太郎だった。

 アリスは自分の身何が起きたのか理解していない。バールザールも驚きを隠せない様子だった。


「合気術という技術だ。俺の場合柔とサンボをブレンドしているがな」

「な、なにをっ!」

お前(・・)、世界を舐めてないか?」

「なっ!?」

「人間が尊い命だと言ったな?」

「あぁ、言ったっ!」

「ならば何故森を焼くのを躊躇う? 何故人間は尊くてオークレプリカは尊くないんだ? 言ってみろっ」

「……っ!」


 アリスは答えない。いや、答えられないのか。太郎の深い瞳はアリスを見透かす様に見つめる。

 抑え込まれている状況から逃れたくても、太郎に向けて使った力が全て自分に返ってくる摩訶不思議な技術に困惑する。


(何で……逃げ出せないのっ? 何で……そんな眼で見つめるのっ!?)


「俺はな、お前みたいな甘い考えは持ち合わせていないんだ。例え身柄を引き渡せる事を知っていたとしても俺は奴等を殺す。何故だかわかるか?」

「わ、わからないなっ……わかってたまるもんか!」


 組み伏せる太郎の腕に力が入る。


「俺も奴等と同じだからわかるんだ。奴等の眼を見た……奴等は根っからの悪人だ。ビギナーが3人殺されたと聞いたが、奴等はそれ以上に殺しているだろう」

「っ!?」

「身柄を拘束し、一定期間捕えたとしても奴等はその後また人を殺すんだ。わかるか? お前の言う通りにするとまた人が死ぬんだよ。だから殺したんだ」


 太郎の悲しい眼を見てなのか、アリスの憤りからなのか、アリスの目からは次第に涙が溢れてくる。とめどなく溢れとめどなく流れ落ちる。しかし、アリスは泣き叫ばない。意地でも太郎の前で泣きたくなかったのだろう。

 その時、頃合いと見たのか、太郎の肩にバールザールの手が置かれる。


「タロー、もうその位で勘弁してやってくれぬか?」

「……あぁ」


 太郎はアリスの胸倉からゆっくりと力を抜き、そして立ち上がった。


「すまん、騒がせたな」

「お主は……」

「何だ?」

「お主は……背負っているのじゃな? 今までも、そしてこれからも……」

「…………何の事を言っているのかわからないな」

「リンマールでのわし等の仕事は終わった。明朝出発するだろう。……本当に世話になったな」

「あぁ……」


 アリスは起き上がれない。涙を堪えるのに精一杯なのか身体に力が入らないのか。ずっと手の甲で視界を塞いでいる。頬にはまだ涙と思われる滴が垂れている。


アリス(・・・)


 太郎の声にアリスの身体がビクンと反応した。


「そのナイフはやる。安心しろ、そのナイフで人を殺した事はない。捨てるもよし、使うもよしだ。…………道中気を付けろ」


 そう言い残して、太郎は林の中へ消えて行った。


 アリスの身体が震える。拳に力が入る。唇を噛み切ったのか口から血が流れている。

 バールザールは太郎の背中を見送り、その姿が視界から消えるとアリスに言った。


「……よう我慢したのう」

「うぅ……うぅううう……ぁあ、あっあぁあああ……」


 その言葉が引き金となったかのように、アリスは声をあげて泣いた。喉が枯れる程、長く大きな声で泣いた。

 バールザールはその場に腰掛け、アリスが泣き止むのをただひたすら待っていた。









 ――ハチヘイルの農場――


 太郎はハチヘイルの家の扉を叩き、先程の件から学習したのか、ハチヘイルはゆっくりと扉を開けた。


「タローさん!」

「待たせたな、ミッションクリアだ」

「あ……ありがとうございますっ! 本当に……本当にありがとうございます!」


 ハチヘイルは目に涙を浮かべ、何度も何度も太郎に礼を言った。

 事実現在の状況が続いていたら、農場は死活問題となり、ハチヘイルに残された道は首を吊るしかなかったのだろう。

 太郎は盗人達のアジトより持ってきた金銭とエネル玄をハチヘイルに手渡す。


「エ、エネル玄はわかりますが、このお金は……?」

「盗んで行った量と盗みに来る周期がどうも合わないと思っていたんだ。おそらくそれはエネル玄を売った金だろう。足りないとは思うが足しにすると良い」

「そんなっ、元来盗人の金銭はよほどの事がない限り討伐者のものです! 命の危険の対価としては当然なんです!」

「気にするな。あぁ無論、報酬は頂くぞ?」

「そ、それは勿論ですが……」


 ハチヘイルが困った様子で俯く。それを見て更に困った表情をする太郎だった。


「そうだな……。ハチヘイル……俺は……その、腹が減った」

「へ?」

「飯を食わせろと言っている」

「は、はい! 喜んで!」


 太郎はやや強引な物言いをして、ハチヘイルに恩義を感じさせない様に振る舞った。

 ハチヘイルに明るい表情が灯り、家の中に上がり太郎を椅子へと案内した。


「さぁタローさん、座ってください。こう見えても料理は得意なんですよ!」

「あぁ、楽しみにしている」


 実は太郎は空腹とも戦っていた。昨晩アリスからもらったエネル玄2粒以外、太郎は何も口にしていなかった。


「喉も乾いたでしょうっ」


 無論、水さえも。


「あぁ、すまない。水をもらえるか?」

「えぇ、秘蔵の葡萄酒があるんですけど……」

「すまないが酒は飲まないんだ。判断が鈍くなり死に繋がる恐れがある」

「はぁー、ここまでキッチリしてる冒険者の方は初めて見ました……」

「ふっ、そうかもしれないな」

「あ、今から作りますね。あぁ、ご飯と言わず今日は泊まって行ってください。嫌だと言っても帰しませんよ!」

「……あぁ、助かる」


(あの竜、チャールズと言ったか? 明日まで待っているだろうか? まぁいい、いたのであれば契約について信憑性が増すというだけだ)






 ――盗人達の根城、洞窟前――


 嗚咽が治まり、アリスはようやく落ち着きを取り戻し、近くの岩に腰掛けている。バールザールもまた、その隣に座っている。


「……「お前の言う通りにするとまた人が死ぬんだよ」……か」

「あまり深く考え込むでない。そうなるとも限らんじゃろう?」

「ううん、多分タローが言ってた事は事実だと思う。事実更生する悪人は稀だからね。……爺や、タローは……何者なのかな?」

「おそらく、幼き頃より闇の世界で生きる住人だろう。先ほどの武術、知り合いにあれと似た様な術を持つ人間がいるが、その極みに達したのは60を超えた頃じゃ。タローはそれ以上の技術をあの歳で体得していた。並の修練ではあの域に辿り着けまい……。我々では想像もつかない世界を体験していたと見るべきじゃろう」

「…………そっか。……だよね、あの死体の切り口を見て、私も思ったよ」

「うむ、とても静かで……迷いのない切り口だった」


 アリスはすっと立ち上がり空を見上げる。

 泣いて少し腫れてしまった瞼を今一度こすり、太郎からもらったナイフを強く握りしめる。


「なんじゃ、元気が湧いてくるまじないでもかかっておるのか?」


 バールザールがアリスを冷やかす。


「ち、違うわよ! ……次会ったら、絶対引っぱたいてやるんだからっ!」

「ほっほっほ、そりゃ楽しみだのう」


(強く……強くなるんだからっ!)

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