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第五話「契約」

 以下は、殺し屋太郎の本日のミッション、「盗人討伐」に関する脳内レポートである。



 ――討伐ミッション初日、日の落ち具合からミッション開始時間(ハチヘイルに依頼書を渡した時刻)を二○○○(ふたまるまるまる)と仮定する――



 二○○○(ふたまるまるまる)

 ハチヘイルにシャベルを借り受け、1番見晴らしのいい場所に掘を設る。

 同時刻、掘より双眼鏡を使い周囲の動向を探る。闇夜に近く視認は困難を極めた。



 二○三○(ふたまるさんまる)

 前方よりたいまつと思われる火の光を視認。……素人が。

 人数は2名、葡萄(ぶどう)状のエネル玄を1房刈り取っている。先刻ハチヘイルに確認したが、1房につき20粒程のエネル玄が生るそうだ。

 1房のみ刈り取った後、たいまつは遠ざかって行った。これより追跡に移行する。

 火の加減具合より実行犯の1人は非常に小柄な男、もう1人は痩せ形の男だった。



 二○四五(ふたまるよんご)

 アリスが気配を察知出来た故、発見される事を考慮をしたが、どうやら敵方にそういった能力はない模様。

 闇夜が幸いし、平原での尾行は容易だった。魔物や動物の気配もない。

 実行犯2名はゆっくり歩きながら北上。途中道を変える事はない。……素人が。



 二一○○(ふたひとまるまる)

 実行犯2名に変化が現れた。

 小柄な男が近くの木に近づいた。まさか、秘密のアジトか?

 痩せ形の男も近づいた。……どうやら催したようだ。

 火に照らされ綺麗な放物線を描いている。実行犯の2名の膀胱は健康である可能性が高い。繰り返す、実行犯の2名の膀胱は健康である可能性が高い。



 二一一○(ふたひとひとまる)

 2名が林の奥へ入って行く。木のカモフラージュが出来た。これより尾行位置を標的に近づける。

 これにより2人の声の聴取に成功。ターゲットの暗殺確率が上昇。

 茂みに潜伏しつつ、2人のイントネーションやアクセントの癖を探る。

 ……実行犯2名の名前の聴取に成功。小柄な男は「トリニィ」、痩せ形の男は「スコッチ」だ。



 二一一五(ふたひとひとご)

 小さな入口の洞窟を視認。入口には2名の持つたいまつと同様の物が灯されている。素人が。

 洞窟の上部に丁度良い潜伏スペースを視認。

 ……潜伏開始。



 二一二○(ふたひとふたまる)

 別の男が洞窟から出てくる所を視認、大柄な男だ。ブツブツと小言を言っている。

 器は小さそうだが、「オレ様」等と呟いている事から主犯、もしくは主犯の1人と考えられる。この男の声、利用出来ると見た。

 同時刻……暗殺開始。



 どうやら大柄な男も催したらしく、近くの茂みに排尿している。汚い放物線だ。膀胱、陰部に異常がある可能性が高い。

 背後より近付く。こちらの気配を読み取る気配が全くない。素人が。

 口を封じ、背後より喉を切り裂く事に成功。そのまま体を崩し心臓を一突きする。

 目標(ターゲット)の鎮圧に成功。

 男の腰のベルトには何かの鍵が付いていた。これを回収し、死体を茂みに隠す。

 木の陰より大柄な男の声を利用する。


「おい、トリニィ! 話があるから出て来やがれ!」


 目標(ターゲット)の誘導作戦を実行。

 長年の訓練の成果により、俺はかなり高いレベルで声帯模写が可能だ。先程のスコッチの声は低過ぎて無理だが、 トリニィの声やこの大男の声であれば出す事が可能だ。

 数十秒後、トリニィを補足。思惑通り一人で出てきた様だ。


「林の中だ、入って来い!」


 俺の声に怯えながら、トリニィが林の中へ侵入。トリニィの動きに合わせ、死角へ移動。

 目標(ターゲット)が潜伏ポイントを通過。トリニィの背後へ回る事に成功。


「後ろだ」

「へっ?」


 トリニィが振り返り死角へ移動、トリニィの首を切断。

 目標(ターゲット)の鎮圧に成功。

 すぐに死体を茂みに隠す。

 今度はトリニィの声を利用する。


「スコッチ、お前も呼んでるぜ!」


 トリニィ同様、数十秒後にスコッチを視認。どうやらこの洞窟はやや深さがある様だ。

 同じ手口で林の中までおびき寄せる。あえて残したトリニィの血をスコッチが発見ししゃがみこんだ。

 木の上より降下速度を利用し、スコッチの首を切断。

 目標(ターゲット)の鎮圧に成功。

 死体を茂みに隠す。

 洞窟内の敵の数が不透明な為、再度トリニィの声を利用する。


「た、助けてくれぇ!」


 洞窟上部の潜伏スペースにて待機。様子を伺う。

 ……1分経過。……2分経過。再度トリニィの声を利用するが、反応無し。これより洞窟内へ潜入する。




 二一三○(ふたひとさんまる)

 洞窟内の曲がり道毎にたいまつが設置されている。数十メートル程進むと、洞窟の最深部と思われるスペースに到着。人の気配は無し。金品や、盗まれたとされるエネル玄の回収に成功。

 一際目立った場所に布がかけられた正方形の箱を発見。細心の注意を払い布を撤去。

 布の下は小さな鉄製の檻だった。そう、人の気配は無かった。

 檻の中にいたのは………………魔物だった。



 ――二一三三(ふたひとさんさん)。本時刻を以てミッションを終了とする――





 太郎が注意を払い布を取り除くと、そこには鉄製の檻があり、中には魔物が確認出来た。

 洞窟内にあるたいまつの火の光により魔物がピクリと反応する。合わせて太郎が剣を構える。しかしすぐにには攻撃に移らなかった。

 なぜならば、盗人達はこの魔物に殺されていなかったからである。その状況がある以上、檻の中からの攻撃の可能性は極めて低かった。

 魔物には羽が生えており、身体は漆黒の様に黒かった。

 太郎の殺気に反応したのか、魔物は黄金の瞳をギロリと太郎に向けた。


「なんだ、殺すのか? 我を売って金にすると言っていたではないか?」


 魔物が喋った。太郎はこの事実に驚愕したが、異世界という特異性故何とか状況を飲み込んだ。


「……喋れるのか?」

「む……我を捕らえた者ではないな? 新入りか?」

「お前を捕らえた者共は俺が制圧した。お前、人を襲うのか?」

「いや逆だ。我は人を襲えぬ。故にこの檻の中にいたのだ」

「……どういう事だ?」


 太郎は、得体の知れない魔物の情報を探る様に質問していく。


「疲れて寝ている所を捕らえられた。この檻から出る事は可能だったが、ブレスを吐き、ここから出ると、この洞窟内にいる者が死んでしまう。爪や牙も制御が効かない可能性があるのだ。

 我には人を殺せぬ……まぁ、一種の呪いの様なものがかかっているのだ」

「面倒な呪いだな」

「左様。若いの、早々にここを去ると良い。去った後、我のブレスでこの洞窟は煉獄と化すだろう」

「いや、ここの調度品は役に立つ、出来れば燃やさないでもらえると助かる」

「ではどうすると?」

「檻のカギはおそらくこれだ」


 太郎は大柄な男から入手した鍵を魔物に見せた。


「では開けてくれぬか? そうすれば檻から出た後何もせず立ち去ると約束しよう」

「お前が俺を襲わない証拠はあるのか?」

「今ここで殺さない事が証拠だ」

「確かに殺気はないが……」

「……やれやれ……檻を外に持って行ってもくれなさそうだな……」

「先程と同じ事が言えるからな」

「ふむ……お主、名前は?」

「……太郎だ」

「ふん、偽名か……まぁ、良い。偽名でもその者が使っていれば契約は可能だ」


 太郎の名前が偽名。この発言に太郎は大きく目を見開いた。偽名というのは事実だったのだ。魔物が瞬時に見抜いた故に、太郎はこの魔物がただ者でない事を感じ取った。

 そして、「契約」という言葉を太郎は無視せずにはいられなかった。

 耳に慣れた言葉であるが、魔物が発する「契約」と聞くと、いくら浮世離れした太郎でも、脳が勝手なイメージを作り出してしまうのである。

 偽名だからこそあえて名乗ったのである。その偽名が契約に使えると言うこの魔物に、太郎は一瞬の恐怖を覚えた。


「契約の最短期間、一週間……この一週間お主に仕えると約束しよう」

「断る」

「いや、もう無駄だ。我はお主の……太郎という名前を知った。これほど簡単な契約なら偽名で十分だ」


 次の瞬間、魔物の身体が、赤く……紅く光り、その光が太郎と魔物を一本の線で繋がる。

 太郎の身体に異変はない。ただ紅い光に包まれているだけである。

 ……やがて光は消え去り、魔物は「ふぅ」と息を吐いた。


「契約完了だ」

「何をした?」

「ふっ、たった一週間の主従契約……お主が(あるじ)で、我が(しもべ)だ」

「……それでお前に何の得がある?」

「なぁに、(あるじ)(しもべ)に給金を与える事が出来る。その前借りをするだけだ。これがどういう事かわかるか?」

「…………」

「簡単な事だ。我を働かせるにはこの状態では無理……即ち、鍵を開けなくてはならぬのだ」


 そう言い終えると魔物の目が金色(こんじき)に光り、太郎の鍵を持っている右手が、ゆっくりと鉄の檻に向かう。

 太郎は必死で抵抗する様子を見せるが、右手の進行速度に変化は見られなかった。


(な、何なんだこの力はっ!?)


 やがて鍵穴に鍵が入り、少し右手が捻られると、檻から「ガチャリ」と音が鳴り響く。

 すると鉄製の檻から羽を広げた魔物が、太郎の前へ飛んで来る。羽をパタパタと羽ばたかせ、太郎の目線位置の高度を維持している。


「すまぬな(あるじ)。しかしこれで主を殺さぬ事がわかったであろう?」

「今のは一体……?」

「神との契約による制約の力だ」

「……誰が神だと?」

「我だ」

「なんだと?」

「我が名は「チャールズ」。偉大なる空の支配者と、大地の支配者の間に生まれし子……即ち竜神である」


 チャールズと名乗った魔物は竜であり、自らを神と名乗った。神を認知したばかりの太郎にとってはこの言葉は非常に受け入れ難く、理解するのに時間が必要である。

 竜はニヤリと笑い、太郎をジッと見つめている。


 不可思議な自体に動揺を隠せない太郎を前に、竜はなにか見透かした面持ちである。

 これが竜神チャールズと、殺し屋太郎の奇妙な出会いであった。

息子いた!

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