第五十二話「手術」
「ど、どういうつもりだ……?」
俺の声に反応してか、それを聞きつけたと思われるセシルと丸い球体が近付いて来た。
あれは……スライム? 最弱故、大地の国アスランでも滅多に見る事がかなわない魔物だ。
「きゅっきゅいー」
鳴いた。
こんなゼリーのどこに声帯があるというのだ。まさか身体のどこかを振動させて音を出しているのか?
どうやらこのスケルトンも害意はないみたいだが……。
「タローさん、おかえりなさい。さ、チャールズさんはスンちゃんに任せてあなたも休んでください」
どんと胸を張ったセシルが聞き慣れない名前を言ってきた。「スンちゃん」……謎の名前だ。
するとスライムが身体から腕を生やし、万歳をするかたちで腕と腕を結合させた。次第に長方形になっていくその両手はブリーフィングの時に使われるホワイトボードのようだった。
《初めましてスンと申します。彼はリボーン。チャールズの知り合いです》
「カコカコカタカタッ」
「きゅいっ」
リボーンという骸骨は腰を曲げ、スンというスライムは球体をくの字に折って頭を下げた。未だこの二匹の意図が読めない為、警戒を怠る事は出来ない。しかし礼には礼で返さねばならない。急ぎではあるが目礼で返す。
「太郎だ、すまないがチャールズの身体を最優先だ。まずは中へ運ぼう」
「きゅきゅーい!」
スンはそう鳴くと大きく息を吸い込んだ。呼吸での膨張なのか身体がどんどん大きくなっていく。
「一体何を…………これはっ……ストレッチャー?」
救急医療用の搬送型寝台だ。ご丁寧にキャスター付き。一体どういう仕組みで動くんだ……?
「スンちゃんすごーい。あ、太郎さん、チャールズ乗せてあげてください」
キャスターがどう回転するのか気になるところだ。チャールズの容体も深刻だ、ここは甘えさせてもらおう。
「きゅいっきゅきゅっきゅー!」
ザッザッザッザッザッ
……普通に歩いたぞ?
なるほど、キャスターは飾りという事か。確かにそこまで繊細な変形が可能ならば人間の声帯を模して喋る事が出来る
セーフハウスに入り、俺とリボーンでチャールズをベッドへと移した。
《これよりオペを始めます!》
意志のこもったアツい眼をしながらスンがボードを掲げた。オペ……という事は、医術の知識があるのか。
「麻酔は俺がやろう。前にチャールズが怪我した時に経験した事がある」
《お願いします》
チャールズの右目のやや上に痛覚を麻痺させるツボがある。俺はそこへチャールズ手製の木針を刺し、呼吸の安定を図った。
「…………大丈夫そうだな」
《ありがとうございます。後は任せてください》
スンはそうボード見せると、目にも見えない速度で外傷を縫い始めた。幸い大きな傷は予め俺が手当てスキルを施していた為、手術はすぐに終わった。
驚嘆すべきはスンの技術とその速度、そして糸に使っていたのは自分の身体だ。縫う程にスンの身体が小さくなっていったが、こいつの話によると、どうやら回復した段階で自分の身体に戻ってくるらしい。
真摯な対応に、チャールズを労わる想い。
……警戒等愚行だったか。
俺はスンとリボーン、そしてセシルの厚意によりそのまま休む事にした。いつもならばチャールズと交代で見張りをするところだが、その両者とも満身創痍であるなら話は別だ。
一体この二人はチャールズとどういう関係なのだろう……。
そうこう考えを巡らせている内に昼が過ぎ、そして夜になるまで俺は寝てしまっていた。
二二四五。
いつの間にか縫われていた肩の傷口の痛みにより目を覚ました。多少の疲労は残っているが、フォースもかなり回復したので問題ない。
セシルは下か? スンとリボーンの姿が見当たらないが、おそらく外で見張りをしてくれているのだろう。
「起きたか太郎?」
「なんだ、目が覚めていたのか。待ってろ、今手当てをしてやる」
「いや、構わん。自然に治るものだ。折角回復したフォースを簡単に減らすものでもあるまい。この非常時に……」
「非常時?」
「外へ出てみろ。嫌な臭いがする……」
チャールズに言われるがままに俺は外へ出た。洞窟の前にはやはりスンとリボーンが立っていた。しかし二人の様子は昼間と同じではなかった。
《太郎さんは中に》
そう背中で、文字通り語ったスンだったが、ここまで出てくれば俺もその異変に気付く。極限まで練り込まれた殺気。周囲を支配する悪意。腐臭のような臭気。なんだこれは……。
「へっへっへっへ、ようやく追いついたぜ……大天使スンに剣神リボーンか。ただの魔物のくせに大層な名前だぜ」
闇夜の林の中から堂々と現れたのは二人の人間。包丁のような武器を片手にもった、顔を包帯で巻いている男。そして深緑のフードを被った性別不明の人間だった。
低い声で喋っていたのは包帯男の方か?
「それに……おやおやー? 同業さんを思わせるどっちつかずな男を発見。シルバーランクってとこか? ま、どっちにしろ俺達の敵じゃねぇ」
「口が臭い、黙れジャギッド」
フードの奴は女か。背が低いからそうではないかと思っていた。ジャギッドというのは包帯男の名前だろうか?
「悪かったよロディ。しばらく風呂に入ってないもんでな」
「死ね、今すぐ死ねっ」
「後十六億秒程待ってくれ。見事に大往生してみせるぜ?」
「秒数にすればすぐだと思ったのかいっ? さっさと死ねっ!」
それは唐突に始まった。
仲間同士のじゃれ合いと思われたそのやり取りは当然終わりを告げ、ジャギッドに向かって振り上げたロディの拳は、いつの間にかリボーンに向けられていた。
瞬時に距離を詰めたロディは体相応の拳をリボーンに放った。即座にかわしたリボーンが立っていた地面が抉りとられる。足下に響く強烈な一撃だった。
「あーらら、かわされちゃった〜」
「破壊激のロディがざまぁねーぜ」
「あんたも後で破壊してやるよ」
「へへへへッ、怖いね〜」
自身の衝撃で被っていたフードがめくれ上がる。それはアリスと左程変わらない年?
額に横一直線の傷がある。それ以外は至って普通の茶髪ツインテールの女だった。ラティーナに似て多少口は広いか。
下品な女は皆こうなのだろうか?
「カコカコッ」
リボーンは背中に下げていた剣を抜く。
スンもそれは同じで、腕を硬化させたのか手を出現させ鋭い刃を形成した。二本……という事は二刀流という事だらう。不思議と剣の形がレウス像が持っている剣の形状と似ている。
しかしこれは一体どういう事なんだ?
この二人が狙われているという事なのはわかるが、狙われる原因と狙う原因が読み取れない。
チャールズなら何か知っているだろうか?
「ヘッヘッヘ、そうこなくっちゃねー」
「ジャギッド、あの可愛い方は私がもらうよ!」
「りょーかいだぁー」
そうこうしているうちに戦闘が始まった。打ち付ける拳と剣。剣とゼリー。常軌を逸しているその状況を整理しているとチャールズからの入心があった。
『太郎、始まったようだな』
『あぁ、状況が飲み込めていない。何か知っているなら教えろ』
『あのお二人は魔神殿のご友人だ』
『つまり神という事か?』
『いや、あのお二人は特別だ。二人とも生身、一度も天界に来た事がない』
『……どういう事だ?』
俺がそう聞くと、チャールズは思い出すように語り始めた。
『……今から約数千年前、魔神レウスはその生涯を終え、そして神になった。先に逝った者、後から寿命で逝った者は神格を得た魔神殿と破壊神殿によって霊格を与えられた。主神が二人に与えた特権だ。がしかし、スライムであるスン殿と、アンデッドであるリボーン殿には寿命という概念が存在しなかった』
『つまり……』
『そう、死ねない身体だったのだ』
2015/7/10 壱弐参の別作、悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめの書籍化が決定致しました。
詳しくは活動報告にて!!




