第五十話「蛇龍」
以下は、殺し屋太郎の本日の自己鍛錬に関する脳内レポートである。
――ミッション初日、ライトが去った翌日――
◯四◯◯。
起床後外に出てストレッチを始める。
外には稀に魔物を発見する事もあるが、周囲にはチャールズが縄張りとするマーキングをしている為近付く魔物は少ない。
ストレッチを終えると、俺とチャールズはアスラン有数の危険地帯「大地の破れ目」へと足を運ぶ。
リンマールより西にある山脈地帯。その山と山の間に地割れの影響で出来たと思われる場所がある。
本日はこの中にいる魔物を殲滅する予定だ。
時刻は○五三七。未だ日の入りは見えない。山の近く故か気温はかなり低い。
体温調節法を知っている俺には問題無いが、一般人であればコートが欲しいところだろう。
「本当にやる気か?」
「ここまで来てそれを言うか?」
「ここはランクメタルからシルバー、ゴールドの魔物まで見かけると聞くぞ? それを一人でとなると相当な覚悟が必要だ。我は本当にここで待機していいのか?」
「殺り零した魔物を仕留めてくれればいい」
「聞き慣れない単語だな」
「そうか? 俺がいた世界ではよく聞いたんだがな」
「ふっ、我もまた甘やかされて育てたられたという事か……」
「では頼んだぞ……」
侵入開始。
暗視を発動し、まるでダンジョンみたいな奥底へ入っていく。
遠目にランクメタル相当の魔物、ミドルガルムを発見。血の色の皮膚に銀色の鬣が生えた狼。隣にはシルバーランク相当のアサルトデュラハンがいるな。首無しの漆黒の鎧の魔物で黒馬に跨っている。気配ゼロを発動し接近。
急襲……成功。アサルトデュラハンは騎士の方を倒したら黒馬も消えた。排便は馬の方が行うのだろうか?
メタルゴブリン、ワーウルフゴーストに感知された。どちらもフォース無しでは倒せない相手だな。
「アップ」
二匹ともランクシルバーの魔物だがそこまで手こずる事もなく倒せた。
鍛錬を続けているうちにシルバーランクの中でもかなり力がついたようだな。
『太郎、早くもメタル相当の魔物が零れてきてるぞ』
『そうか、少し殺気を出し過ぎたかもしれん』
『香草ブラッドを巻き付けられた我の身にもなってほしいものだな』
『ここから更に増えるぞ』
『ふん、望むところだ』
○七四九。
粗方魔物の掃除が完了した。
最後の魔物はここの主のようだ。ランクゴールドの魔物、ヒュドラ。
巨大な胴体に九つの首を持つ大蛇。……ふん、毒も持っていそうだな。グリーンメタルの鱗が靡きながら奇妙な耳鳴り音を出している。
B級映画では出せなさそうな繊細さだ。
既にターゲッティングされてるみたいだが、向こうも警戒しているのか動こうとしない。
「ヂヂヂヂヂヂッ」
「アップ」
俺のフォース操作と同時にヒュドラが動く。S字にうねりながら進み距離を詰める。速度、ライトの速度を上の上とするならば中の上というところか。がしかし俺とほぼ同じ速度となると厄介だな。
「……っ!」
暗殺者のユニークスキル「殺気」。闇色の光が一瞬俺を包み、そして消えていく。
殺気を剥き出しにするが、その分過剰に体力が向上する。
ライトやジャンボみたいな人間にはあまり通じないが、魔物相手には中々使えるスキルだ。俺の殺気力ならば疾風や剛力を使うより効率的だろう。
「ヂャアアアッ!」
ヒュドラの灰色のブレス攻撃。これは食らったら被害は甚大だろう。
「くっ!」
岩に囲まれながらも左へ回避する事に成功。そのまま距離を詰める。
ヒュドラが別の首から今度は赤いブレスを吐いた。典型的な炎の攻撃だが、これも当たると一瞬で灰となるだろう。跳んでかわすが、蹴った地が一瞬で黒くなり、チリチリと燃えている。
恐ろしい温度だ。大きくかわさないと余波で気化するかもしれん。
尻尾での攻撃にも警戒していたが、どうやらメインの攻撃はブレスと時折交ぜてくる噛み付き攻撃だけだな。これならば……。
「首がそこまで長くないのは弱点だな……ふっ!」
「ヂビィイイッ!?」
首を二つ落とす事に成功。残り七つ……なっ!?
切った首が瞬時に元の位置に戻り接合された……これが再生というやつか。高位の魔物の中にはこういった能力を持つヤツも存在するとライトが言っていた。戦闘力より戦いにくさが原因でゴールドに位置付けられているようだな。
辛抱強く攻撃して弱点をあぶり出すしかないか。
『太郎』
『どうした、今かなり忙しい、ぞっ』
『ほぉ、手こずってるようだな?』
『ランクゴールドのヒュドラが相手だ、再生能力が厄介だ。弱点を探すのに手間取っている!』
『ヒュドラか、正攻法では倒せんな』
『どうすればいい?』
『神話のおさらいだがな、傷口を火で炙ればいいのだ。なんなら手伝いに行ってもいいが?』
『いや、それがわかれば後は簡単だ』
『ふっ、武運を祈る』
チャールズとの交信が終わった後、俺は防戦体勢に入った。
「ヂィイイイッ!」
ようやく放ってきた尾撃もそこまでの速度はなく、振り向き様のブレスも期待しているものではなかった。
「それじゃない、もう一度だ」
「ッヂ!」
尾撃の連続攻撃、そして振り向いてのブレス。なるほど、首へのダメージで噛みつき攻撃を控えたのか。多少は頭が回るようだ。
「これでもない、さっさと吐け……っ」
何度かの攻防を終えた時、やっと目当ての攻撃をしてきた。紅蓮に燃える赤いブレス!
「アップ!」
フォースを重ね掛けし強度の上がった鉄の剣に熱を帯びさせ、その流れで首を裂く。傷口は火傷となり、再生が不可能となる。
これが決まれば後は楽だ。徐々に攻撃頻度の下がるヒュドラの全ての首を刈り取ると、大きな身体は動きが鈍り始め、緩やかに生命活動が止まった。
○八一二。
全ての魔物の討伐を確認。これよりチャールズと合流しセーフハウスへ帰投する。
○八二○。
チャールズと合流した時、問題が発生した。
「太郎……お、遅かったな……」
どういう事だ? チャールズが無数の傷を負い、漆黒の竜燐を赤く染めている。
「……何があった?」
すぐに近づき手当てのスキルを施し始める。薄白く光る手の平を傷口に当て、深手の傷口から順に回復を図る。
「奴だ……近くに勇者がいる。それも……おそらくゴールド、いや、プラチナランクのな」
「勇者が……何故お前を?」
「ふっ、なんと心地の良い事か……」
「何を言っている?」
「太郎よ、我が竜の姿をしているのを忘れてやいないか? いつも害意がない事を伝えていたのは太郎伝いだったはずだ……」
「そういえばそうだったな」
「知らず知らずのうちに同格として扱われるとは、これは嬉しい事だ」
「……付き合いは短いがお前は俺の相棒だ」
傷口が大きい。これはすぐになんとかしなくては……どうする?
「それで、その勇者ってのはどこにいる?」
「攻撃を受けた瞬間空高くまで飛んで難を逃れたが、まだ近くにいるだろう。なんとか話が通じればいいが、それは難しいだろうな」
「そう言うだけの根拠があるという事か」
「殺気というより恨みに近い気を感じた。おそらく魔物に属する者を滅するタイプの勇者だろう。我をかばうとなると太郎も相対するかもしれぬぞ……」
「よし、もういい。必要な情報は得た、休め」
「ふ……すまぬな」
チャールズは黄金の瞳を閉じ、呼吸を整えながら気を失った。
ここから一番近いのはダリルだが相手はそれをさせてくれそうにないな。辺りを支配する強烈な気配。ライトのそれを彷彿させる。
「……出て来い」
「なーんだ、背を向けた瞬間に斬ってやろうと思ったのに」
その一言でわかる下種い笑いが混じった嫌な声だった。
現れたのは純白の衣に身を纏ったキツイ顔の女で、その口は気味の悪い程開いていた。ジャパニーズホラーの口裂け女のような印象を受ける。
生気のない蒼白い肌、無造作に下ろされた長い黒髪。そしてこの殺気。
本当に勇者かどうか疑う程だ。しかしチャールズは竜神だ、それを見間違うはずもない。
「勇者が一介の冒険者に向ける殺気にしては危険過ぎると思うが?」
「ヒヒヒヒ、よく勇者だってわかったね? その竜に聞いたのかしらー?」
「この竜に害はない。手当てをしたいのでそこをどいてくれないか?」
「嫌よー。私はその竜に用がある訳。だからその竜置いてどこかへ消えてくれないかしら? ヒヒヒ」
話の通じない女だ。
こういった女は決まって性格が悪い。今まで組んだ事のあるエージェントや相棒は大体そうだった。
仕方ない。チャールズを背負ってどこまで行けるかわからんが、やるだけやってみるか。
「あらやる気ー? ヒヒヒヒ、いいわ~。遊んであげる」
「……あぁ、遊んでやる……」
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