第四話「新人」
魔神レウスとの接触の後、太郎はリンマール村の東に位置するギルドまでやって来ていた。
大きな木造建築の建物で、外側の玄関口には赤い布地に白いハート型の模様の入ったギルドフラッグが掲げられていた。と同時にベッドの絵が彫られた看板も存在した。どうやら宿屋も併設されている様だった。
太郎はギルドの扉を開け、中へ入って行く。すると周囲の喧騒の中から白い頭巾を被った女が現れた。
「冒険者ギルド「太平」へようこそ。仕事、宿泊、食事のどれだい?」
ギルドの受付なのか、女は明るく太郎に訪ねた。
「仕事だ。それとギルドの説明を頼む」
「へぇ、その年でギルドが初めてかい? 珍しいもんだねぇ」
「やはりそうなのか」
「早い子だと子供の頃から来たりするよ。えーっと、説明だね。まず宿、1泊100レンジだ。こいつはどこのギルドも統一された金額になってる。勿論これは最低価格」
「最低価格?」
「まぁ、普通の部屋って事だよ。グレードを選べて200レンジ、300レンジの部屋もある。都会に行くと100レンジの部屋を選ぶ客は笑われちまうらしいよ」
受付の女はそれが気に食わないかの様に話す。
「ただ寝て起きるだけで何で笑われなくちゃいけないのかねぇ。……さぁ次は食事だ。食事は50レンジで飲み食いし放題だよ。制限時間はあるけどね。1泊するんだったら簡素だが、夜の料理を付けるよ。大味だが評判は悪くないよ」
「わかった」
「最後に仕事だね、お客さんはビギナーかい?」
「……おそらくそうだ」
「本当に知らないんだねぇ。ジョブにはランクがあって、そのランクはスキル量によって決まるんだ。1つのジョブを最後までしっかり務めると、10~15のスキルを習得出来るんだ。そして、ジョブのランクは十段階に分かれている。0~1はビギナー、2はベーシック、3はレギュラー、4はアドバンス、5がブロンズ、6がメタル、7がシルバー、8がゴールド、9がプラチナ、10以上がマスターだね。そして、ランクによって受けれる仕事が違うんだ」
「上位ランクの者が下位ランクの仕事を受ける事は可能なのか?」
「勿論さ、下位ランクの仕事は嫌って程あるからね」
「了解した。ではビギナーの仕事を紹介してくれ」
「あいよ! 現在ビギナーが受けられる仕事はそこの掲示板に張ってあるやつさ」
女はカウンター横に貼ってある掲示板を指差した。
掲示板には様々な依頼内容が貼ってあり、太郎は1つ1つそれを確認していった。
大まかな依頼内容は薬草採取やちょっとしたお使いだった。しかし、どれも報酬は50レンジ前後で、太郎の満足できる金額ではなかった。
太郎は、レウスに言われた「目的」について、以前より考えていた事があった。前提としてこの世界で生き抜く事だが、それに神から得たアイザックの情報が加わり、彼はアイザックとの合流を目指していた。
太郎とアイザックは莫逆の友と言っても差支えない程の仲だった。
それ故信じていた。アイザックも自分の事を探そうとするという事を。
(安全に、しかし効率的にいきたいところだが……ん、これは……?)
太郎は1枚の依頼書に目を留めた。内容は「討伐」の依頼だった。
(依頼:リンマール北の農場の夜間警備。複数人の盗人から作物を守ってください。報酬500レンジ……か)
「すまない、この依頼書は?」
「あー、大概1度は聞かれるんだけど……悪い事は言わない。やめといた方がいいよ」
「それは聞いてから決める」
女は小さなため息を1つ吐いた。
「……農場の作物「エネル玄」を狙う窃盗団がいるんだよ。アレは携帯食料として重宝するからね。収穫の時期手前のこの時期に被害が出る様になっちまったんだ。農場主のハチヘイルは涙目でここに依頼してきたのさ。しかしねぇ……」
「しかし?」
「これが最大の理由なんだけど……既にビギナーが3人死んでるんだよ」
「物騒だな」
「だから言ったろ、やめとけって」
「上のランクの者は対処しないのか?」
当然とも言える質問を女に投げかける。
「ランクが上がるとなると、この報酬は割に合わないんだよ。相手がどんな奴等かもわからないからね」
「……よし、引き受けよう」
「正気かい? おそらくレギュラークラスの依頼だよ?」
「魔物じゃなく、相手が人間なら戦い方は色々ある。手続きを」
「……命知らずは嫌いじゃないけどねぇ」
女は掲示板から依頼書を剥がし、受付台の様な物から四角い判子を取り出した。依頼書にそれを押し、太郎に手渡す。
「これをハチヘイルに見せな。教会より更に北にあいつの農場があるよ」
「了解した」
太郎は依頼書を受け取り、ギルドの扉を開け出て行った。
「心配だねぇ……」
「アンナ、おかわりくれぇ!」
「はいはい……。おい、そこのバカ! 吐くなら外で吐いとくれ!」
――リンマール北の農場――
簡素な木造住宅があり、その前方にはエネル玄の実が生ると思われる木が、二十数本生えている。
太郎はハチヘイルの家の扉を何回かノックする。辺りは既に暗くなっていた。
「失礼、ギルドの依頼で来た者だ」
「あ、はいはーい!」
扉越しに聞こえた声は若そうな男の声だった。
扉が開き、その先から出てきた男は、細身で坊主頭の色白の男だった。
男は太郎の首元の傷を見て少し驚いた様子だったが、その顔はすぐに明るくなり太郎の来訪を歓迎した。
「割の合わない依頼を受けてくれてありがとう」
「依頼書だ」
「うん、預かるよ。アンナから聞いてるかもしれないけど、僕はハチヘイル。宜しくお願いします」
(人の良さそうな男だな)
太郎が思ったように、ハチヘイルの笑顔には確かにそういった魅力があった。
「太郎だ、宜しく頼む」
「タローさんだね。それで……夜近くに来てくれたって事は、今日からやってくれるのかな?」
「あぁ、毎夜現れるのか?」
「ほぼ毎日だね。昨日は来なかったから今夜はおそらく……」
「了解した。やり方はこちらの自由で構わないか?」
「あぁ勿論だよ」
「では――――」
――リンマールのギルド「太平」――
部屋から降りてきたアリスは、1階でバールザールと食事をしていた。
大皿に盛られた野菜や肉を貪る様に食べている。その顔は何かを発散するかの様な表情である。
その正面に座るバールザールは呆れながらお茶を飲んでいる。
「何をそう荒れとるんだお前は」
「荒れてないわよ! 何、爺やもタローが正しいって言うのっ?」
「そんな事は言っとらん。考え方の違いだよ。気になるのであれば森を燃やさず全滅させる方法を模索すれば良いだけだろう?」
バールザールの言葉に、アリスがピクリと反応する。次の瞬間、アリス達の机に大きな振動が走った。
ドンッ
「だーかーらー、そんなに上手くいくようなアイディアがあると思ってるの!?」
アリスが席を立ち上がり、周囲の人間達の視線が集まる。
「全く……レウス様は何故この子を勇者にしたんじゃ……」
「聞こえてるわよっ!」
「聞こえる様に言ったんだがの?」
アリスが歯を食いしばる。
「むぅうう……」
「ならば、もっと相手を知ろうとすると良い。正解に行き着くとは思えんが、何かしら答えを出せるかもしれん」
「あ、あいつの行き先なんて知らないわよっ」
「誰もタローの事とは言っとらんがの?」
アリスの顔がほのかに赤くなる。
「わ、私だってタローの事だなんて言ってないわよ!」
「ほっほっほ、そうだったな。……では、アリスには関係ないかもしれんが、わしは先程タローを見掛けたぞ」
「そうね、私には関係ないかもしれないけど、あいつは何をしてたのっ?」
アリスが腕を組み、ツンとした様子で答える。
「ビギナーの依頼を受けていたよ。アリスが気にしてたあの依頼をな」
「嘘っ――」
アリスは椅子を倒しながら掲示板まで駆け、例の依頼の掲示がない事に気付く。
「アンナさん、あの依頼受けたのどんな奴だった!」
飲み物を作っていたアンナに語気を強めて言った。
「アリスちゃんの知り合いかい? 首に大きな傷のある優男だったよ」
「ありがと。爺や、行くよ!」
「アンナさん、お勘定頼むよ」
「気を付けるんだよ」
「ほっほっほ、心配性なだけじゃて」
バンッ!
バールザールが会計をする前にアリスは既にギルドを後にしていた。
バールザールとアンナは扉の音に目を瞑り、その後に顔を見合わせた。やがてアンナが口を開く。
「なんだい、アリスちゃんに春かい?」
ニヤニヤしながら聞くアンナに対しバールザールが首を振る。
「まさか、出会って間も無いしな。ただ心配なだけだろう。……今はまだなのう」
「今はまだ……ね♪」
「そういう事だ」
いつの間にかアンナのにやけ面がバールザールに伝染していた。
――リンマール村広場付近――
ギルドを出たアリスは、息を切らしながらハチヘイルの農場目指して走っていた。
アリスとバールザールは優先順位としてオークレプリカの討伐をし、その後、太郎が受けたクエストを受けるつもりでいたのだ。
「はぁ、はぁ……ったく、タローの戦力じゃまだ無理よっ! フォースも使えない癖に生意気なんだから!」
人間を相手取る場合、敵の中にフォースの使い手がいる事は常である。しかし太郎はまだ異世界に転移してから日も浅く、スキルは勿論、フォースも体得していない。
そんな素人が、狙われる可能性を考慮している敵に敵う訳がない。アリスはそう考えてた。
「はぁ……はぁ……み、見えた!」
ハチヘイルの農場が遠目に見え、そして家が見えた。
農場へ到着したアリスだったが、周囲には人の気配を感じられなかった。不可解に感じたアリスはハチヘイルの家の扉を叩いた。
「タローさんですか!?」
バンッ、ゴンッ!
「いっつぅううううっ!!!」
勢いよく扉が開き、その勢いはアリスのおでこを襲った。
失敗してしまった、やってしまったという表情のハチヘイルは、何を思ったか何も言わずにドアを閉めた。
パタンッ
「閉めるな!」
怒鳴り声に反応したのか、ハチヘイルは慌てて扉を開けた。
バンッ、ゴンッ!
「!?!?!?!?」
アリスは声にならない声を出し、遂に頭を抱えその場にしゃがみ込んでしまった。
先程とは別の意味で顔が真っ赤である。
「す、すみませんすみませんすみませんっ!」
ハチヘイルが何度も頭を下げるが、アリスの耳には届いてない様だった。
その痛みから回復する頃には、ハチヘイルの家にバールザールが追いついてしまったのだ。
「走った意味がないじゃない!」
「本当にすみませんっ」
「もうっ、まぁいいわ。さっきタローじゃないか確認したわね? タローはどこ?」
アリスはやや遠回しに太郎の安否を伺う。
「実は――」
ハチヘイルは、太郎が提案した作戦をアリス達に話した。何故盗人がいないのか、盗人がいないのに太郎が何故いないのか……。
そして――
「はぁああっ!?」
農場一帯にアリスの声がこだまする。