第四十八話「合流」
太郎との繋がりをアイザックに感じたアリスは、ユグドラシルの木の下、その幹に寄りかかる。
ジャンボもようやく警戒を解き、地面に看板を差し込んでその看板に両の肘を置いている。だがアリスよりは前に立っているので完全にアイザックに気を許した訳ではないようだ。
アイザックは視界の端にジャンボを捉えながらアリスに話しかける。
「太郎とは同業者でな、よく連んで仕事をしていた。育ちも同じ孤児院でな、三十年近いマブダチってやつよ」
「タローから少し話を聞いた事がある。確かにその時聞いた名前も……アイザック」
「へぇ、ジャンボのにーさんも太郎を知ってるのか?」
「まぁな」
「わ、私そんな話聞いてないわよっ!?」
「そりゃアシッドを倒しに向かう途中で聞いたんだからな」
「そ、そう……」
「まーそういう訳で太郎とは長い付き合いなんだよ。やっぱりこっちに来てたのか。で、あいつは今どこにいるんだ?」
アリスは少し考えた後ゆっくりと口を開いた。
「……大地の国、アスランにいるわ」
「おいおい、範囲がでけぇよ。もうちょい詳しく教えてくれよ、な?」
「このナイフを見てタローの物だとわかったのなら、確かに貴方はタローの知り合いだって事はわかるわ。でも、友人かどうかは判断がつかないでしょう? なら全てを教える事は出来ないわ」
「へぇ」とジャンボが呟く。
太郎の安全を考慮したアリスに感心したのだ。
「……確かにその通りだな。俺が太郎と親しい仲だという証拠はない。あいつの胸に四つの四角い黒子があると言っても、実は甘い物が好きだと言っても、女装して仕事をした事があるって言っても信じてもらえないだろう」
アリスがピクリと反応する。そしてほんのりと頬を赤く染めた。
アリスの反応にアイザックとジャンボも首を傾げるが、その答えは出なかったようだ。
「……? しかし、あんた達もその様子じゃユグドラシルの葉が欲しいんだろう? 太郎の情報と交換にユグドラシルの葉をゲットする方法を教えてやってもいいぜ?」
「ほ、本当っ?」
「おいアリス、タローを売る気かよ?」
ジャンボが少し怒り気味に話す。
アリスはジャンボの影に入り小声になる。それに伴いジャンボも大きな背中を丸めるように聞く姿勢になった。
「背に腹はかえられないわ。悪くない条件のはずよ?」
ぱちりとウインクをするアリスを見て、ジャンボが少したじろぐ。小悪魔のようなその微笑に負けたのだろう。
「い、いいんだな?」
「任せて任せてっ」
「話はまとまったかい?」
「あぁ。それで、どうするんだい?」
「よし、それじゃミッションの説明をしよう。ちょうど俺の連れ達も買い物から戻ったようだしな」
アイザックがその方向へ金色の眼差しを送ると、ジャンボとアリスがその視線を追った。
顔を向けた先には二人の子供、レティーとエメラルダの姿があった。
「なははははは! ロープなのだロープなのだー!」
レティーは長いロープを身体にぐるぐると巻き付け、その端をエメラルダが持ち、まるで犬の散歩のような……そんな光景を目にしたアリスとアイザック。
エメラルダはその小さな肩に細かい目の網を持っている。
その表情は既に疲れ切っている。レティーの相手に疲れたのか、重い網を持つのに疲れたのか。しかし、視界にニヤニヤしたアイザックを捉えると、その瞳にも力が宿る。
不思議と湧くその力に、エメラルダはふんと息を吐く。
「よぉ、ご苦労だったなっ」
「と、当然ですわ」
「アイザツクアイザツク!」
「あん?」
「引っ張るのだ!」
「はっ、どりゃっ!」
ニヤリと笑ったアイザックは、レティーに巻き付けてあるロープの端をエメラルダから受け取り、それを思い切り引っ張った。
「お、お、お、お、おぉおおおおぉおぉおぉおぉおぉっ!!」
緩やかに、そして凄まじい速度に、やがて宙を高速回転で回ったレティーの声が響く。
「ぐるぐるなのだぁああああぁあぁあぁあぁあぁあっ!」
「なんださっきからそのビブラートは?」
「ちょ、ちょっと、まだ小さい女の子なのになんて事してるのよっ!」
アリスが怒鳴り気味にアイザックに言った。
「基本的に女の頼みは断らない主義なんだ。それにあいつは既にレギュラーランクの戦士だ。戦士に歳は関係ねーよ」
「う、嘘でしょっ!?」
幼少の頃から戦闘や戦争に明け暮れたアイザックにとって、その言葉は事実だった。
それを理解出来ないながらも重みのある言葉にアリスは押し黙り、レティーのランクを聞いて目を丸くした。
「私の稽古の時は頼んでも全然手を抜いてくれませんでしたわ」
ぼそりとエメラルダが呟く。
「だから言ってんだろ? 死なない為の訓練なんだよ」
「ふん。……ところでこの方々は?」
「ステファニーとジャックだ」
「ステファニー様、ジャック様、私、ウインズ二十貴族の一つ、アルデンヌ家長女のエメラルダと申します」
軽装ながらも優雅な一礼。
その外面の変わりように、アイザックは噴き出す。
「うふふ、ステファニーのアリスよ」
「はっはっはっは、ジャックのジャンボだ」
「へ?」
「目もぐるぐるなのだぁああああぁあぁあぁあぁあっ!」
ユグドラシルの木の下にレティーの声がこだまする。
これがアイザック、アリス、ジャンボ、レティー、エメラルダのファーストコンタクトだった。
――イグニスからウインズへの貿易ルート――
数日前にアリスとジャンボが通った山道。彼女達が倒した魔物達の死骸は別の魔物に食い尽くされ、その日中に骨と化す。勿論、その中に人間も含まれているのは言うまでもない。
その山道を、まるで近所に遊びに行くかのような軽い足取りで進む男がいた。
襲い来る魔物を次から次へと倒し、彼の通った道はその屍で埋め尽くされている。
「アハハハハハハッ!」
顔を血で真っ赤に染め上げ進む姿はまさに破壊神。
格下である魔物も、デュークのその姿に怯えながらも吸い込まれるように引き寄せられて行く。
それもそのはずで、彼の腰には強烈な血の臭いを放つ香草、「ブラッド」が大量に巻き付けられている。これは、以前太郎がリンマール南の森で使ったものと同じ野草である。
その知識から魔物をおびき寄せる手段として用い、そして経験を積む。
強制的に自身を死地に追い込むようなやり方だが、過去、レウスが知らなかったデュークの鍛錬法の原点は、もしかしたらここにあるのかもしれない。
ウィンズへの貿易ルートが魔物の死骸で埋まり切った頃、デュークの動きがピタリと止まる。
(反対側から…………何か来るねっ)
山道が下りに差し掛かり、彼の向かう先から気配を察知したのだ。
腰に携える剣に手を置かないところを見ると、危険という事ではないようだ。
デュークが遠目で見える曲がり道に焦点を合わせる。
その瞬間、
「何者です?」
声が聞こえたのはデュークの背後。
穏やかな声ながらも芯のある男の声。年の頃合いはそこまで高くはないだろう。
突如真後ろに現れた男に、デュークは振り返らずに返答する。まるで後ろの男が予め背後に回る事がわかっていたという様子だ。
「何者だと聞かれても、なんて言っていいかわからないねっ」
「むっ……それもそうですね。ウインズに何の用です? と聞いた方がいいですね」
「あはははっ、勇者トーナメントに参加する為にって言ったら信じてくれるかいっ?」
くるりとデュークが振り向く。
その先にいたのは、腕を組みながら立つ精悍な顔つきの男だった。背は高くもなく低くもなく、内地に革をあてがった赤いマントを羽織り、白いシャツに茶色のベストを着、朱色のパンツを穿いている。
パンツには幾重ものベルトが着けられ、そのどれもに投擲用の小さな匕首が装着されていた。
背中には柄が黄金の直剣が真っ直ぐに納められている。
「あなたが勇者? ……どうにも信用出来ないですね」
「あははっ、別に信用してもらおうとは思ってないよっ。それじゃあねっ」
簡単に済ませるようにデュークが歩を進める。
――一歩、そう踏みしめた時、正面にはその男が剣をデュークの首に当てながら殺気を放っていた。
「まだ話は終わっていません」
「僕は終わったよっ」
「…………この殺気の中、よくそれだけ陽気に喋れますね?」
「殺気は出すものじゃない、隠すものだよっ」
男が気付く。自分の顎下に当たる冷やりとした感覚に。
「なっ!?」
いつの間にか首に突き付けられていたデュークの曲刀が、男の呼吸によって皮膚に食い込む。
一瞬にして硬直した男は理解した。
――初めから自分は生かされていたのだと。
「その動き、おそらくプラチナランクだねっ。足運びと殺気で折角のスピードを無駄にしてるよっ」
「あ、あなたは一体……」
自分を殺さない時点でデュークへの見方を改めた男は冷たい汗を首に伝わせながら剣を引いた。
にこりと笑い、デュークも曲刀を納める。その手慣れた動きに男が驚く。
「納刀が……見えませんでした……」
「あははは、慣れてるからねっ」
「……失礼しました。私は勇者の《リック》。是非あなたのお名前をお聞かせ願いたい」
「デュークっていいますっ」
間髪入れずに返答するデューク。
彼はリックを挑発し、その実力を簡単に測ったのだろう。自分の実力と、格上ランクとの差を。
結果はこのようになったが、実際にはデュークはリックより実力が劣るだろう。
この結果に至ったのはデュークの駆け引きとその智謀によるものだと言える。
それに気付いたリックはデュークに敬意を払い謝辞を述べたのだ。
「勇者デューク殿、この先も危険が続きます。道中気をつけて下さい」
「はいっ」
勇者リックとの奇妙な出会い。
統一トーナメントでいずれは戦うであろう人物を、デュークは軽くかわして先を急いだ。
目指すは風の国ウインズ。




