第四十四話「道程」
――ヒダールの町――
ヒダールの教会では、デューク徳の確認を行っている最中だった。
『ランクシルバーですね。デュークさん本当に凄いです!』
『あははははっ、フォースを使わないでも倒せる魔物は多いからねっ。同ランクの魔物でも特性さえ把握してればフォースはいらないんだよっ。戦闘での恐怖がフォースへの「逃げ」に繋がっちゃうのさっ』
『べ、勉強になります』
『ケミナちゃんも落ちて来たら? 結構楽しいよっ』
『はは、そういう訳にもいきませんからね……』
『あはははっ。うん、そうだねっ!』
ケミナとの当たり障りのない話を済ませたデュークは、旅支度をする為に、近くの雑貨屋へ訪れた。
適当な鞄を見繕い、会計を済ませようと店主にお金を払おうとしている時、デュークの目には銀と黒の鉄の塊が映った。
(これは……デザートイーグル? あー、太郎さんのか。チャールズと一緒にいるっていう話だから……うん、買っていこうっ)
「すみまんせん、これもくださいっ」
「なんだい、こんなガラクタ買ってどうするんだい? ま、買ってくれるなら何でも良いけどね。合わせて……900レンジだ」
「はいっ」
この世界では役に立たない拳銃だが、愛着のある武器というのは、仕事をする者にとって大事なものだ。
これはデュークなりの優しさかもしれない。
「ふぅ、勇者トーナメントにも出たいし、まずは……アクアタかなっ。イグニスの王は体調不良って話だから……アクアタ、ウインズ、アスラン、イグニスの順か。時間もないし、これは……動きっぱなしだねっ」
そう言ったデュークの顔は、不思議と困っておらず、笑顔で満ちている。
そしてデュークは食糧等の買い物を済ませ、イグニスの東にある水の国、《アクアタ》を目指し始めた。
ヒダールからは北東にある為、同国と言えどかなりの距離がある。しかしデュークは涼しい顔で走り始める。
道行く先々で現れる魔物にもその表情は崩さず、そのほとんどを初手で倒していく。
神界の時の情報とは別に、デューク本来の天性の才がその行動に拍車をかけているのだろう。
――イグニスの北西 ウインズへの貿易ルート――
アリスとジャンボは、聖樹ユグドラシルを目指し、山越えをしていた。急な傾斜ではないが、遠目でも確認出来る程の魔物の群れは、冒険者達の侵入を固く拒んでいる。
休みなく現れる魔物達に、アリスが肩で息をし始めていた。
「おっしゃあああっ!」
大剣でリトルガルムを払い飛ばしたジャンボが気合いを入れる。
「おし、一掃出来たな。……大丈夫か、アリス?」
ジャンボが気遣うも、アリスはイグニスで購入した鋼鉄の剣を地面に突き立てて休み、その声は届いていない様子だ。
見れば左手には太郎のナイフを持っている。
「やっぱり盾の方が良いんじゃねぇか? 特攻型って意味で悪くはないけど、慣らしてねぇと危険だぞ?」
「はぁはぁはぁ……い、いいのよこれでっ。今から慣らしておかないと、ト、トーナメントで上は狙えないわ! ……はぁはぁ……そ、それより、何でジャンボは疲れてないのよっ! わ、私は常時スキルの強靭なスタミナがあるっていうのにっ」
「そりゃ魔物の特性をよく知ってるし、効率良く動いてるからさ。それに単純な体力で差があるだろう?」
「……ふぅ、どういう事?」
ようやく息が整ったアリスが剣を納めながら言う。ジャンボも背中に剣を納め、再び傾斜を登り始める。
アリスがそれに続き、歩きながら周囲への注意を払う。
少し間をおいてジャンボがその回答を話し始めた。
「知ってる奴しか知らねぇんだが……ランクが上がる度に身体能力が向上するのは知ってるだろ?」
「勿論よ。レウス様の恩恵あってこそだけどね」
「それ以外に、身体の成長範囲も上がるんだよ。成長の限界突破って言うのかな? だから日々の鍛錬がここで生きるんだ。そいつをおろそかにした場合……」
「…………」
「ゴールドランクでもブロンズランクに負けるらしい」
「す、凄い……」
「勿論これは戦術とか作戦次第ってのもあるが……俺やタローやチャールズが、あのアシッドに対抗出来たのは、そのせいもあるんだろうな。限界まで鍛えたゴールドランクはあんなもんじゃねぇって事さ」
改めてジャンボの博識に感心するアリス。「へぇ」と零しつつも、その眼は決してジャンボを下に見ていなかった。
「俺も長年鍛えてるっちゃ鍛えてるしな。タローも元々鍛錬を怠らない奴だからそれが幸いしたんだろうな。今回シルバーランクに上がったが、やはりまだまだ伸び代があった事で確信したよ。本当につえーヤツってのは努力したヤツなんだってな。レウス様もよく考えるぜ」
「……それじゃ私は……」
「そ、まだまだ努力が足りねぇって事だな! はっはっはっは!」
ジャンボの大笑いが山彦となる。
それを聞き付けてか、またもや二体の魔物が現れた。
「もうっ、声が大きいのよ!」
「はん、お前もな!」
「スニーグルとオークファイターか……厄介だな。スニーグルは任せろ!」
「わかったわ!」
「「アップ!」」
二人のフォース操作の掛け声に寄って戦闘が開始された。
オークの巨体に銀色の甲冑を纏ったオークファイター。手には黒い剣を持ち、その眼光がギラリと光る。
(オークファイター。討伐ランクはシルバー。格上だけど疾風と剛力を発動すれば問題ないわっ)
「はぁっ!」
青と赤の淡い光がアリスの体を包み、ぼんやりと陽炎を残し消えていく。
左右から抜いた武器を手に、アリスは正面から立ち向かう。相手のオークファイターは待ち構えるように剣を振り下ろす。
それをアリスが剣とナイフで十字受けすると、そのまま武器を滑らせて懐に潜る。武器の接近に手元が危険だと判断したオークファイターが剣を振り上げて身体を捻る。
瞬時に斬り払いへと移行し、しゃがみこむアリスの首が狙われた。
すぐにアリスは立ち上がり、身体を回転させる。そして、あえて黒い剣を背中で受けた。瞬間、鈍い金属音が響き、オークファイターが怯む。
アリスの背中にあったのは盾。二刀流スタイル以前に愛用していた鉄の盾だった。
手が痺れる相手に、アリスはそのまま剣を振り払った。ナイフで首に一太刀。その後を追う鋼鉄の剣の二連撃。
斬れ込みの入った後に長物でそれを拡大し、押しこむ。
オークファイターの首が宙を舞う。アリスは残る回転力を使い、胴体を蹴り飛ばした。
これは、首を刎ねた後でも胴体が動く可能性を考慮したアリスなりの戦闘方法だった。
「ふぅ、今のは悪くなかったわ」
「おう、終わったかっ?」
スニーグルと対峙するジャンボが背を向けながら聞いた。
「ええ、手伝う?」
「いんや、もう終わる……よ!」
既に何撃か攻撃を加え、フラフラだったスニーグルの首をジャンボが刎ねた。
「せぇーのぉっ!」
先程のリトルガルムのように、大きな剣を振り払い、スニーグルの胴体を押し倒す。
「おーし、終了だ!」
「しっかし魔物が多い山ねぇ……」
「あのな……だからそう言っただろう? 確かにここの魔物と渡り合えれば相当な鍛錬にゃなるが、ユグドラシル目指すってなると相当きついんだからな? 徳目的で、日帰りで来るヤツは来るが、俺達ゃこの山を越えなきゃいけないんだから。アリスのわがままの為に無理して来たって事、忘れるんじゃねぇぞ?」
「うぅ……それを言われると何も言えないわ……」
「悪く言えば考えなし、良く言っても無鉄砲だぜ? 勇者目指すんだったらそこら辺もしっかりしといた方が良いぜ?」
数十倍しっかりしているジャンボにそう言われてしまうと、アリスは黙るしかない。
言い返そうにも、かつての失敗は自分の思慮深さが足りなかった事で起きたと思いだしてしまう。
太郎に言われた事、ジャンボに言われた事、バールザールに教えられた事がアリスの中で徐々に大きくなっていくのは、今しばらくの時間が必要なようだ。
(しっかりしなくちゃ。そしてタローを見返すんだからっ! 爺や……見ててねっ)
再び火のついた決意を胸に、アリスとジャンボは聖樹ユグドラシルを目指す。




